第36話

「お嬢さん、正直に話さないと罪が重くなるぞ」

 刑事がさりげなく法子を脅した。

「私は正直に、事実を話しています」

 宝田や九条が殺害された事件に対する疑問、〝故郷応援団ふるふる〟格安購入に関わる疑惑、宝田兄妹ネグレクト疑惑……。法子が隠しているものは幾つかあるけれど、それは話さないことに決めていた。それらを口にしたら立花のことも話さなければならず、迷惑をかけてしまう。第一、それを話したところで、鈴菜を刺さなかった証明にはならないだろう。

 再び、二人だけの沈黙の時が始まった。それに疲れたのは法子の方だった。

「刑事さん。名前を教えてください。なんだか一方通行で面白くありません」

「面白くないだと……。ここは遊園地じゃない。しかし、名前ぐらい教えるのはやぶさかではない。御門一郎みかどいちろうだ」

「御門刑事ですね」

 名前を知ると中年刑事が身近に感じた。まるで九条のように。

「神宿署の九条刑事をご存じですか?」

「あいつなら川に落ちて死んじまったよ」

「知っているのですね?」

「ああ、同期だ。それがどうした?」

「父に似ているのです。宝田社長がなくなった事件の時に知り合いました。お亡くなりになって残念です」

 御門の瞳が法子をぎろりとねめつける。

 怖い!……肩をすぼめた。

「そうか。……茶でも、持ってこさせよう」

 御門が内線電話の受話器を取った。それから少しだけ待遇が良くなった。冷たい麦茶がお代わり自由、……ドリンクバー状態だ。

 記録係が戻ったのは一時間も経ってからだった。彼は御門の耳元で何かをささやいた。

「お嬢さん、確認したが、宝田鈴菜さんは一人だったと言っている。男性と一緒だった事実はないと」

「エッ、そんな、……嘘です。私見ました!……きっと男性といたことを子供たちに知られたくなくて、一人だったと言っているのだと思います」

 腰を浮かせ、強く抗議した。

「我々も駅の防犯カメラ映像を確認した。改札口のものだ。宝田さんは一人だった。あなたの見間違いではないのかな?」

「そ、そんな……」

 犯人にされてしまう。……目の前が真っ暗になった。

 ホッと彼が息を吐いた。

「しかし、お嬢さんが宝田さんを追っている姿も映ってはいなかった。今日のところはお帰りいただこう」

 御門が言うには、容疑が晴れたわけではないということだった。常に連絡が取れるようにしておくように命じられ、その日は解放された。

「荷物はトートバッグ。中身は財布とスマホと避妊具と……」

 事務の女性が返却する荷物の中身をいちいち声にして確認する。恥ずかしかった。同時に、缶ビールがぬるくなってしまったことに抗議の声を挙げたくなった。

 帰りの電車で自分の無実を証明する方法を考えた。知人に会ってもいないし、特別な出来事に遭遇してもいない。救急車のサイレンを聞いたのを思い出し、あれが刺された鈴菜を助けに来たものだと思い至った。事件があまりにも身近な場所で発生していた偶然に不気味なものを覚えた。

 神さま、悪戯が過ぎます!……天に向かって抗議してみる。もちろん返事はなかった。

 もし神さまの悪戯なら、その誤解を解くのは難しそうだ。本当に偶然だろうか?……考えれば考えるほど、それは偶然ではないと感じた。法子を監視していた誰かが、あるいは鈴菜自身が、法子を犯人に仕立て上げようとしているのに違いない。

 マンションに戻った法子は、立花に電話をかけた。便宜を払ってもらいたいわけではない。今回の事件も宝田社長殺害に始まる一連の事件の一つと感じたからだ。

「私、狙われているかもしれない……」

 法子が、宝田家を訪ねたことや事件の容疑者になったことを説明し、自分の推理を話した。

『宝田鈴菜が、法子さんを罪に陥れようとしたのかい?』

 彼の呼び方が〝剣さん〟から〝法子さん〟に代わっていた。どこか、くすぐったい。

「そうとしか思えません。もちろん、私によく似た人が刺した可能性もあるけど、犯行現場や時刻まで、私がいた場所と時刻に合致しているなんて……」

『確かに、ありえないな』

「はい。私、怖いです。また、見張られているのでしょうか?」

『法子さん、今は自分の部屋にいるんだよね?』

「はい、自宅です」

 彼が来てくれるかもしれない。……期待が膨らんだ。



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