第25話
「ざっくりだけど、事件の根底にあるのはT社長の女性問題か、あるいはK物産の経営権争い、ということになるね」
立花が法子のメモに視線を落とした。
「はい。そこにあって官僚Kが異質に見えます」
「それをつなぐのがふるさと納税制度なんだろう?」
「自分で言っておいておかしいですが、それはとても細い関係です。こじつけに等しいものです」
「そうなのか……」
「ただ、〝故郷応援団ふるふる〟はK物産とシステム・ヤマツミの関係を見るうえで鍵になるものと考えていいと思います」
何かを忘れているような気がした。が、それが何か思い出せなかった。スマホケースのふたを閉じた。
「となると、事件の背景にあるのはK物産の経営権争いが有力かな?」
彼が腕を組む。
「そうなのですが、それがちょっとピンとこないんですよ。K物産を支配下に入れてもシステム・ヤマツミにはメリットがないんです」
「でも、T社長の奥さん、鈴菜さんといったかな。彼女はK物産で働いているじゃないか」
「あ、名前」
「ごめん、つい。Sさんだ」
彼が頭を掻いた。
「Sさん、社長がK物産に送り込んだスパイだと思っていたのですが、どうやら、独身の頃からそこで働いていて、A社長が仲人だったそうなのです」
「へー、恩人の会社を乗っ取ろうとしていたわけだ。T社長、えげつないな」
彼は仕事の話は済んだと考えたのか、レモンサワーを注文した。
「私も」
法子は彼の目を見て言った。彼が飲むなら遠慮はいらないだろう。
「エッ?」
「えげつない、じゃありません。私も呑みます。レモンサワー」
「あ、うん……」
彼が注文を追加する。
これでいいですよね?……頭の中の真子に訊いた。
まだ媚びてる。……妄想の彼女が答えた。
どうして?
同じものを頼んだ。
良いじゃないですか。レモンサワーが好きなんだもの。
それなら許す。……頭の中の真子が笑った。
「おかしいんです」
「何が?」
立花が首を傾げた。
「Sさん、仕事を辞めていないんです」
「それが、どうしておかしいと思うんだい?」
「スパイをしていたのなら、もう、その必要はなくなったと思うんです」
「ずっと勤めていたんだから、収入のためじゃないのかな? 社長が亡くなったんだから、なおさら、生活費を稼がないといけないだろう?」
「そのくらいのお金、配当で十分だと思うんです。その気になれば、自分がシステム・ヤマツミの役員になることだってできたはずです」
「すると、生きがいのためとか、K物産での仕事が面白いとか……」
「K物産に好きな人がいるとか……」
「不倫を疑うのかい?」
「可能性の話です」
「すると、Sさんも容疑者?」
彼は運ばれてきたレモンサワーを受け取りながら訊いた。
「どうしてそうなるんですか?」
法子はレモンサワーに口をつけた。ウーロン茶より刺激がある。
「亭主がいなくなったら不倫相手と結婚できるじゃないか」
「……ああ、そうですね」
女癖の悪い夫に嫌気がさしていたとしても不思議ではない。
宝田鈴菜の周囲に独身男性はいるだろうか? 分からないことが多すぎる。……改めて考えた時、ゴシップを漁るような行為をしていると感じて自分が嫌になった。
「どうしたんだい? 浮かない顔をして」
「疑い出したら、何でもかんでも疑わしく思えて……。性格が悪くなりそうです」
「それは刑事に対する嫌味かな?」
彼が冗談のように言った。
「あ、そういうことじゃないです。私のことです」
「お互い、因果な商売だね」
彼が笑った。
因果な商売?……一瞬、何のことかわからなかった。それが刑事と社内監査人、どちらも事件や事故を疑って調査し、市民や社員に嫌われる仕事のことだと分かって納得した。
レモンサワーに手を付けたからか、それぞれの生い立ちや趣味の話になった。法子には格別趣味といえるようなものはなかったけれど、立花はアニメが好きだと言って、気に入っているSFやファンタジーアニメのことなどを熱く語った。そんな彼の様子を見るのが、楽しかった。
頭の片隅で、鈴菜を訪ねて話を聞こうと考えていた。立花のために、いや、自分のためだ。彼女の口から宝田社長がどうしてクニノミヤ物産の経営権を手に入れようとしていたのか、その真偽と、社長の死後も鈴菜がクニノミヤ物産にとどまる理由、綾小路夫妻が宝田社長に対してどのような感情を抱いていたのかなど、諸々の疑問をぶつけてみたかった。
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