第24話
法子は、立花を招き寄せる。自分も前傾して顔を寄せた。
「クニノミヤ物産です」
「ああ、あの……」
「そうです。あのK物産です」
顔が近い。恥ずかしさを覚えて姿勢を戻した。
「でも、なぜ?」
「Kはふるさと納税制度に反対する財務省の人間です。そして十三年前、〝故郷応援団ふるふる〟が安価でウチの会社に譲渡された。それが謎の始まりです」
法子は〖〝故郷応援団ふるふる〟が安価で譲渡〗とメモに書いた。
「よく分からないな」
立花が顔を曇らせた。
「聞いてください。T社長は今になって、価値があるとも思えないK物産の経営権を握ろうとしていた」
「K物産側の噂だけどね」
「ええ、そして公衆電話で呼び出され、Kに殺された」
〖宝田社長、公衆電話で呼び出され、殺害される〗とメモする。
「直後、Kが殺人事件現場近くで投身自殺。彼はT社長の財布を持っていた」
立花が言った。
「Kのスマホにも公衆電話からの着信があった」
「そうだね」
〖葛岡、何者かと公衆電話で連絡。後に殺人事件を起こし、現場近くで投身自殺。宝田社長の財布を所持〗
「凶器の刃物はビルの屋上で見つかった……」
「それにはKの指紋がついていた」
「そうだね」
〖宝田社長殺害の凶器には葛岡の指紋〗
「もしKの凶行が計画的なものなら、凶器に指紋は残しませんよね?」
「殺害が目的で、最初から逃げるつもりはなかったのかもしれないよ」
「それなら財布は盗りません。Kは官僚、バカじゃない。物盗りの犯行に見せようと考えたのなら、指紋は残さない。手袋ぐらいは用意したはずです」
「遺留品に手袋はなかった」
「はい。いくつかの状況が矛盾します」
「そうだね」
「気になることがもう一つあります」
「なにかな?」
「刃物の指紋、所持していた社長の財布。それは、T社長殺しの犯人がKであることを証明するために用意されたように感じられます」
「T社長殺しには、別の犯人がいて……。それが公衆電話で話した人物……かな?」
「はい。同じ場所で同じ時刻、二人も殺すなんてプロの仕業ですよね? プロの殺し屋が効率よく仕事をこなすために二人を同じ場所に呼びつけ、T社長を殺害してからKが犯人であるかのように偽装した。でも、一つの仮説にすぎません。公衆電話で話したのは、それぞれ別の誰かかもしれない」
「仮説が収束しないな」
「すみません」
「いや、責めているんじゃないよ。仮説をつぶしていくのも捜査の一つだ。これまでそれらの仮説をつぶし切れていなかった。捜査が不十分だったということだ」
「K刑事は、それをつぶしていたのでしょうね」
〖九条刑事、溺死。肺の水と川の水の成分は一致。頭部手足に傷。生体反応アリ。手帳とスマホは所在不明〗
法子はメモした。
「それで口を封じられたとなると、Kさんは真犯人に近づいたということだな」
立花が腕を組む。
「でも、警視庁は事故死と決めてしまった」
「まったく、釈然としないよ」
彼は店員を呼んでウーロン茶のお替りとマルゲリータ・ピザを注文した。法子はフレッシュジュースを頼んだ。
「K刑事が核心に近づいたことを、真犯人はどうやって知ったのでしょう?」
「偶然、真犯人に事情聴取を行った。あるいは、その近くの誰かに接触し、真犯人に情報が伝わった……」
それは以前も話したことだ。
「システム・ヤマツミもしくはT社長の愛人の周辺に犯人がいるということですね」
「考えてみると、容疑者はもっと多いんだ。Kさんは広範囲に、……たとえばKの奥さんやA社長のことも調べていたはずだ」
「A社長?」
「K物産の社長だよ。彼は経営権を奪われたくはなかっただろうから、動機はある」
「あぁ、そうでした」
葬儀で見た綾小路寿明を思い出した。その上品な態度と殺人事件を結びつけるのは難しかった。
〖九条刑事の捜査対象 葛岡の妻、本庄華、逆井亜里子、篠田美緒、綾小路社長〗
「……この中に真犯人がいるでしょうか?」
立花が法子のスマホをのぞき込む。
「もう一人いるな。A社長の奥さんだ」
「何故ですか?」
〖綾小路社長夫人〗メモに追加する。
「K物産は、もともと奥さんの実家……」そこで彼は身を乗り出してささやいた。「……
「その人たちも、経営権を奪われたくなかったわけですね?」
「そういうことになるね」
役員以外の小早川家の面々を想像する。具体的な顔も名前も分からないけれど、同族会社ならその既得権益を享受している人物もいるだろう。
「容疑者が増えるばかりだわ。その役員の名前は?」
「ごめん、そこまでは……」
彼が自分の手帳を見ながら首を振った。
法子は〖役員兼燃料部の部長K〗とメモした。
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