第23話
店内はほぼ満席だった。
「剣さん、こっちです」
立花が先に来ていた。法子が探すより先に見つけて手を上げた。テーブルの上にはウーロン茶とお通しがあった。
「すみません。来てもらって……」
「いえ、僕の方こそ巻き込んでしまって……」
「巻き込んだなんてそんな……」
言葉ではそう応じたけれど、実際、彼に引きずり込まれたという気持ちが半分あった。残りの半分は事件に対する好奇心で、それを満足させるために彼が持っている捜査情報を知りたかった。
「何にします? ビールかな?」
「いえ、私もウーロン茶を」
自分だけビールを注文するのは躊躇われた。脳裏を真子の渋い顔が浮かぶ。――剣さんも男性に媚びるのね――声が過った。
「僕は納得していませんよ」
突然、彼が言った。電話の続きだ。
「それなら、どうして?」
「今回の被害者は警察官だった。それで、当初から警視庁が捜査の指揮を執っていました。警視庁は警察官が殺されたとは考えたくなかったんだ」
「どうしてです?」
「それは自分たちの弱さ、あるいは誤りを認めることになるからだよ。一般市民より優れているはずの警察官が市民に殺されることなどあってはならないし、正義を体現する警察官が殺されるような恨みを買うはずもない……」
「理想ですね」
「ええ、それを
「刺し傷とか、……ですか?」
「そうですね。九条さんの死因は水を飲んだことによる溺死です。分析の結果、肺に残っていた水も、溺れた川のものだった。頭部や手足に生体反応のある傷もあったけど、それは流木や川底の石にぶつかってできたものという判断です。事件性を立証できるものではなかった」
「ウーロン茶と刺身の盛り合わせ、アサリの酒蒸しと餃子です」
突然、店員の声がして、法子は何かに打たれたような気持になった。いつの間にか前傾してテーブルを隠していた身体を、思いっきり反らした。
テーブルに料理が並んでいく。法子と立花は黙ってそれを見ていた。
店員がテーブルを離れた後に尋ねた。
「こんな店でよかったのですか? カフェとか、もっと静かな店の方が……」
「こんな店だからよかったんだよ。ざわついていて、僕らの話なんて誰の耳にも入らない。静かな店だったら、ほんの少しの言葉が、他人の注意をひいてしまうからね」
「それならいいんですけど……」
彼は大丈夫だと言うけれど、法子は心配だった。世の中には様々な人間がいて、他人の話に耳を傾けるのが得意な人物もいると思う。
「でも、念のために、これからはイニシャルトークにしよう」
「そうですね。それがいいです……」ホッとして、疑問を口にする。「……K刑事のスマホは見つかったのですか?」
「いいや。潜水夫が捜したんだけど、発見できなかった」
「川、広いですものね」
「あそこは広くて深いよ。そこでスマホを探すのは、砂漠で胡麻粒を探すようなものだよ」
ベタなたとえ話に、彼のセンスがうかがえた。お世辞にも良いとは言えない。
「通話記録は確認できるのですよね? 電話会社の」
「ああ、その日の通話相手は警察関係者ばかりだった」
「公衆電話は?」
「なかったよ。剣さんは、T社長やKの事件と、同一犯だと考えているんだね」
「いえ。今のところは、あくまでも可能性の話です」
前に立花が話したことと同じ言い方をした。それに気づいたのか、彼が「その感覚、いいねぇ」と微笑んだ。
「事件を時系列で整理してみましょう」
ドラマならホワイトボードに書いていくところだけれど、そうできないのでスマホのメモ帳を開いた。九条刑事のスマホにも何らかの情報が残っている可能性が頭をよぎった。でも彼は、紙の手帳にメモを取っていたことを思い出し、それは無視することにした。
「K刑事の手帳は見つかっているのですか? 誤って落ちただけならポケットにあると思うのですが?」
「それも見つかっていない」
彼が首を振った。
「それなのに事件性を疑わなかったのですね?」
「疑問に持つ捜査員はいたよ。……でも、理屈はある。手帳を見ながら歩いていて川に落ち、それは手を離れて流れていく。スマホは水の中でポケットから滑り落ちた。……それが警視庁のストーリーだ」
「都合のいい話ですね。……それじゃ、最初の事件から……」
「まずは、Kに公衆電話から連絡があったところだね」
「いいえ、十五年前、ウチの会社がK物産の求めに応じて〝故郷応援団ふるふる〟をつくったところからです」
「K物産?」
彼が首をかしげた。
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