第20話

 十三年前、田中支店長がクニノミヤ物産の〝故郷応援団ふるふる〟の買い取りにかかわっていた。……法子は会議室を出て行く彼の背中を感慨深く見送った。働き盛りの立派な背中だ。それは祭壇にあった宝田の薄っぺらな遺影とは結びつかなかった。

 死とはそういうものなのだろう。この世から存在感をなくしていく。……寂しいものが胸を占めた。そうして思い出した鈴菜の表情には、自分が感じている空虚なものを感じなかったけれど、並んだ息子と娘にはそれがあった。……それは血のつながりのためなのだろうか? ひと口に家族愛といっても、親子と夫婦では、そこにある愛情は異なるのだろう。

 夕方、法子は亀田と共に駐車場に足を運び、社用車の車検証やトランクルームを確認した。車検漏れはなかったが、ゴルフバッグなどの私物を積んだ車があった。

「業務の合間を見て打ちっぱなしにでも行っているのだろう。要改善事項だな」

 亀田はカーナビの記録から社員が立ち寄っているゴルフ練習場を特定した。

「息抜きに立ち寄るぐらい、いいじゃないですか」

 法子が言うと、彼は鼻で笑った。

「監査人がそんなことじゃ困るな。息抜きをするのは良い。しかし、公私混同は良くない。勤務時間に遊ぶのは、公の時間と私の時間が混同するということだ。すると同じ感覚で、会社の金と私の金の境界が曖昧になって金銭事故になる」

「接待ゴルフかもしれませんよ」

 鼻で笑われたのが面白くなくて強弁した。

「接待ゴルフは、ゴルフコースでするものだ。打ちっぱなしじゃ、やらないよ」

「そうなのですか?」

 法子はゴルフをやらないのでゴルフ好きの気持ちが分からない。が、営業社員の気持ちなら想像できる。一所懸命な営業社員なら、人間関係を作るために得意先のいるゴルフ練習場にも足を運ぶだろう。

 事務所に戻ると、亀田は社用車にゴルフバッグを積んでいた営業社員を呼んで聴取した。結果は、亀田の主張が正しかった。その営業社員は、ただ自分のゴルフの腕を磨くために隙間時間を使ってゴルフ練習場に立ち寄っていた。

 翌日、監査で判明した不備事項を一覧にし、支店の幹部を集めて報告会を行った。それは、社長に提出する正式な監査報告ではない。大小さまざまなコンプライアンス違反、将来のリスクになると考えられる事象、報告書には残さない心象も含めた評価だ。そこで法子の気持ちを揺さぶったのは都留の講評だった。

「……今回の監査で注目していたのは、宝田社長が被害にあった事件が、支店の皆さんに及ぼした影響です。幹部の皆さんは流石、動じておられませんが、聴取した若手社員の動揺は想像していたより大きいものでした。社長が支えていたような会社ですから、若手社員が将来を案じるのは自然なことです……」

 法子は彼の話を聞きながら自分に問いかけた。……私も動揺しているのだろうか? だから〝故郷応援団ふるふる〟取得の経緯や社長殺害に始まる一連の事件の真相が知りたくて調べているのだろうか? でも、私は知っている。〝故郷応援団ふるふる〟があるかぎり、システム・ヤマツミは安泰だ。

「……ふるさと納税制度がいつまであるのか分かりません。それがなくなったら、我社の売り上げは半減する。その時、頼りになるのが宝田社長だったのでしょう……」

 そうだ! そうなのだ。未来は安泰ではない。……愕然とした。

「……ここにいる幹部の皆さんは、若手社員の動揺を抑え、将来に備えてしっかり育てていただきたい」

 それは報告会における都留の〆の言葉でもあった。

 帰りの新幹線には駅弁を買って飛び乗った。食事を終えた後、隣の真子に尋ねた。

「ふるさと納税制度って、なくなってしまうのでしょうか?」

「報告会で部長が言ったことが気になるのね?」

「エッ、ええ、まあ……」

 自分の未熟さを知られたような気がした。

「ふるさと納税制度は総務省の所管でしょ。当時の総務大臣が人気取りのために打ち出した政策らしいわ」

「そうなのですね」

「もともと税金は財務省が所管なの。省庁の中の省庁と言われて絶対的な力を持っているのが財務省。ところが総務省の独断専行にも近いふるさと納税制度のために、税収が減る都会の区市町は不平を持っているし、今は制限されたけど、地方は地方で地域の産品とは思えない返礼品や過大な返礼品でふるさと納税を確保しようと躍起になった。……それはそうよね。返礼品をどれだけ増やそうと、地方にはデメリットはないのだもの。でも、財務省から見れば、自分たちの武器である税金が直接地方に流れ込んでいくだけに見える。おまけに最近は、ウチのような企業が取扱量を増やすためにポイント制度を強化したので、斡旋にかかるコストが過大なのではないか、と疑われ出している」

「たった数パーセントですけど」

「そうね。クレジット会社の手数料と変わらない。ただ、考えてもみて。それは全部税金なの。ふるさと納税制度がなければ、それぞれの行政が独自の判断で使用できたはずのお金。一円を笑うものは一円になく。数パーセントは小さくないのよ」

「外部に流れる税金をなくすために、財務省がふるさと納税制度を廃止に追い込むというわけですね」

「ええ、その可能性は考えておかないと」

「可能性、ですか?」

「都留部長はそう考えている。でも私は心配いらないと思う」

「そうなのですか?」

 都留の見解を否定する先輩社員が輝いて見えた。

「日本人って、一度始めたことは止められないから。ふるさと納税制度だって、多少形は変わっても、ずるずる残っていくはずよ」

「なるほどぉ。そうですよね」

 ほっとして、自分が不安を覚えていたことに気づいた。


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