Ⅲ 異色のバディ

第18話

 立花から私的な捜査協力の依頼があった日から、法子は仕事に集中できなくなった。宝田社長は、どうしてクニノミヤ物産の経営権を手に入れようとしたのか? それは事実なのか? 宝田社長と葛岡を公衆電話で呼び出したのは誰なのか? 九条刑事を殺害したのは誰なのか?……いくつもの疑問が浮かんでは消え、あるいは絡み合って妄想を紡いだ。

「アッ!」

 ぼんやり操作していたからか、パソコンのモニターが消えた。いわゆるブルースクリーンだ。

 アチャー、どこまで調べたっけ?……パソコンを再起動しながら手元の資料をめくった。昨年度の売掛金リストだ。その売掛先のひとつにクニノミヤ物産があった。毎月の取引量は多くない。入金は請求月の翌々月。請求書と帳簿を見る限り入金遅れはない。

 ――ブーン――鈍いファンの音と共にモニターに映像が戻る。

 ふと思いつき、クニノミヤ物産の年ごとの取引履歴を調べた。二十年に及ぶ取引状況だ。表計算ソフトで推移表を作り、それをグラフにすると取引の変化が視覚的になって理解しやすい。

 システム・ヤマツミは様々なITシステムを開発して納入していた。システムを納入すれば、その後もわずかながら管理費用が発生する。取引はコンスタントに続いていた。

「フーン……」

 十三年前まで、取引総額は倍ほどもあった。それが減ったのは、〝故郷応援団ふるふる〟がシステム・ヤマツミのものになったからだ。その管理費用は他のシステムより高額で、取引額への影響が大きかった。

 クニノミヤ物産にとって、その管理費用が負担だったのだろうか? そんなはずはない。〝故郷応援団ふるふる〟が生みだす売上高に比べれば、管理費用は微々たるものだ。

「あれ?」ふと気づいた。システム・ヤマツミは〝故郷応援団ふるふる〟をいくらで買い取ったのだろう? その取得費用はどこにあるのだろう?

 未払金のデータを開く。本来なら十三年前、〝故郷応援団ふるふる〟を譲り受けた月に取得費用が計上され、翌々月に支払われているはずだ。

 ない!……胸の内で叫んだ。未払金の計上がなかった。

 疑問を覚えて自社の固定資産リストを確認した。高額なソフトウエアはそこに金額が乗っており、毎年一部が減価償却される。しかし、そこにも〝故郷応援団ふるふる〟はなかった。

 十五年前、クニノミヤ物産に納入した際、研究開発費から原価に計上するのを忘れた? それなら利益の過大計上、粉飾決算だ。……危ぶんで研究開発費のリストを開く。十五年も塩漬けにされている項目はなく、残っているのは、現在開発中のアプリの原価ばかりだった。〝故郷応援団ふるふる〟をクニノミヤ物産に納入した際には、それにかかった研究開発費用は適正に原価計上されていた。

 そうすると考えられるのは、〝故郷応援団ふるふる〟を無償で手に入れた。あるいは、会計上の何らかの誤りがあって一括で費用処理した可能性だ。

「会計処理ミス?」

 首をひねった。会計処理の誤りは考えにくいからだ。〝故郷応援団ふるふる〟の買い取り額は高価に違いなく、経理担当が誤って経費の勘定科目で支払ったとしても、管理職や税理士が見過ごすはずがない。

 無償譲渡?……首をひねった。無償譲渡はクニノミヤ物産側にとって純粋な損失だ。社内はもとより税理士だって反対しただろう。

 どういうこと?……吐息が漏れた。

〝故郷応援団ふるふる〟の取得の謎には好奇心が抑えられなかったけれど、表立って調査するのは憚られた。それは、十三年前の経営陣の不正取引、あるいは経理部の重大な事務処理ミスを暴くことになるからだ。とはいえ、法的には時効が成立している。今現在、警察や税務署から罪を問われるような問題でない限り、寝た子は起こさない方が良いかもしれない。……法子は、部長の席に目をやった。都留は大阪支店の監査準備に勤しんでいた。

 チャンスがあったら十五年以上勤めている社員に、さりげなく経緯を訊いてみよう。問題を告発するのはそれからだ。……そう決めて、本来の業務に戻った。


〝故郷応援団ふるふる〟の謎を解くチャンスは意外に早くやって来た。その日は、大阪支店の監査で事務所を訪ねていた。支店長の田中は入社二十五年になる総務部出身の社員だった。

「田中支店長は本社総務部のご出身ですよね?」

 大阪支店の会議室、彼と一対一で向き合っていた。システム開発の請負契約書、増床した事務所の賃貸契約書、社用車のリース契約書、パート社員の雇用契約書など、法子は支店長権限で締結した契約書を点検しながら話題を振った。

 田中は、懐かしそうに目を細めた。

「ああ、七年前、ここに来るまでは総務部にいたよ。まさか、七年も大阪で暮らすことになるとは思ってもみなかった」

「水が違ってご苦労されたのでしょうね?」

「大阪人は率直でせっかちだからね。私のような田舎者は何かと笑いのネタにされたよ」

 彼は苦笑した。


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