第17話
法子は立花に信頼を寄せ始めていた。彼が説く。
「万が一、葛岡の奥さんが真犯人だったとして、女性の手で九条さんを殺すのは難しいと思うんだ。あの人、何処か抜けているように見えて、実は良く周囲を見ていた。誰かが近づいたら、気配を察知するはずなんだよ。とても川に突き落とすのは無理だ」
「おおらかに見えたのは演出なのですね」
法子は、父親と九条の違いを知った。自分の父親は天然の呑気者だけど、九条刑事のそれは演技だった。
「おおらかかぁ、良い表現だね」
彼が天を仰ぐ。九条と過ごした日々を思い出したのだろう。
「九条刑事は殺害されたということで、間違いないのですか?」
「いや、まだ、事件と事故の両面から捜査しているよ」
「公衆電話からの呼び出しはあったのでしょうか?」
「そこに気づくのはさすがだね。通信記録はまもなく手に入る。プライバシー問題があって手続きに時間が要るんだ」
「スマホはどうですか?」
「見つかっていない。川に落ちたのかもしれないし、犯人が持ち去ったのかもしれない」
「社長の事件と九条刑事の事件が無関係ということもあるのですよね?」
「もちろん。すべてはまだ可能性の中だ」
彼はペンを指の上でくるりと回し、眉間にしわを作った。
「カッコつけてます?」
「アッ、いや…‥‥」
照れた様子は少しかわいい。
その時、終業時刻のチャイムが鳴った。
「アッ、長々とごめんね」
彼が謝り、二人の捜査会議は終わった。
法子が席に戻ると「長かったな」と都留に声をかけられた。会話の内容をすべて話すわけにはいかないので、宝田社長がクニノミヤ物産の経営権を得ようとしていたという噂があって、そのことを根掘り葉掘り聞かれていた、と答えた。
「ウチがクニノミヤを買収するということかい?」
「向こうでは、そういう噂があったそうです。実際、宝田社長が綾小路社長にたびたび電話していた記録があるそうです」
「クニノミヤ物産を買収するメリットなんてあるかな?」
都留が首をひねった。
「私もそう答えたのですけど」
「あるとすれば、クニノミヤ物産の社歴と含み資産ぐらいだが……」
「社歴に価値があるのですか?」
「それはそうさ。クニノミヤ物産は明治時代創業のはずだ。たとえば、クニノミヤ物産の経営権を取得し、存続会社をクニノミヤ物産にしてシステム・ヤマツミを合併する。そこでシステム・ヤマツミは一旦なくなるわけだが、そこで社名をシステム・ヤマツミに変更する。するとシステム・ヤマツミは明治時代創業の企業になるわけだ」
「長くつぶれなかった会社というだけで世間が信用してくれるというわけですね」
「小手先のテクニックだが、書類審査上は有利になるだろう」
「今のシステム・ヤマツミにとって、そうする必要があるのですか?」
「ないだろうな。二十世紀ならともかく、二十一世紀に社歴の重要度は低下している。ましてウチはIT企業だからな」
「ですよね。……宝田社長の個人的な理由で、クニノミヤ物産を傘下に入れる意味があったのでしょうか?」
「さあなぁ。今となっては何も分からないだろう。……いや、綾小路社長に訊いたら分かるな。宝田夫人も知っているかもしれない」
「幹部会では、合併の話はなかったのですよね?」
「ああ。……宝田夫人が新社長に綾小路社長を推したのは、そのことと何か関係があったのかな?」
都留は少し考え、「分からん」と首を振った。
「お先に失礼します」
都留の話に関心がなかったのだろう。真子がカバンを手にして立ち上がった。呼応するように亀田も立った。
「剣さんも帰るといいよ」
都留に促され、法子も席を離れた。今は働き方改革の時代だ。消費した時間に価値はない。求められるのは結果だ。頭の中にあるのは、真犯人は誰か、ということだった。
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