第15話
「昨日はどうも……」
立花に向かって会釈する。
「僕こそ、夜遅くに伺って迷惑をかけてしまいました」
「お一人なのですね」
「はい、九条の敵討ちですから」
彼の表情がキリリと引き締まった。
「面倒なことになりませんか」
「ご迷惑はかけません」
「私じゃなく、立花さん自身のことです」
「ああ……」彼が苦笑する。「……ご心配いただき、ありがとうございます。首になる覚悟で、真実を暴くつもりです」
「大丈夫ですか? 宝田社長の事件を調べたことが原因で九条刑事が亡くなったのだとしたら、背後には……」
自分は、とんでもないことをけしかけてしまった。……法子は事の重大さに気づき、言葉を続けられなかった。
「アッ、そういうことか……」立花の表情が再び引き締まる。「……僕は刑事ですから、悪い奴を野放しにはできません。で、改めてお尋ねします。宝田社長と犯人の葛岡の接点に心当たりはない、ということでよいですね?」
法子は姿勢を正して答えた。「はい」と。
「葛岡と社長の奥さん、宝田夫人の関係はどうでしょう。何か、接点があると考えられませんか?」
「分かりません。奥様のことを知ったのは、社長が亡くなってからですから。社内では、奥様のことを知る人は少なかったと聞いています」
「なるほど……。宝田社長の携帯番号ですが、剣さんは知っていましたか?」
「私、ですか?」
疑われたことに驚いた。が、彼の瞳に猜疑の色はなかった。
「形式的な質問ですか?」
「アッ、ええ、そうです。剣さんを疑っているわけではないですよ」
ドラマにあるように、関係者のアリバイや可能性をつぶしているのに違いない。彼は、公衆電話を使って宝田を現地に呼び出した人物を捜しているのだろう。……思い至ると少し落ち着いた。
「いいえ。私は知りません。幹部でなければ、……あっ、それと秘書の五十嵐さんや総務課の人たちなら知っていると思います」
「なるほど。……逆井亜里子さんの名前は、何処で知りました?」
「葬儀で受付をしていましたから。私の目の前であの方が芳名帳に記したのです。最初は、あまりにも悲しそうな様子なので気になりました。それから亜里子という名を、何と読むのだろうと思って五十嵐さんに尋ねたので覚えていました。あのう、逆井さんにお子さんは?」
尋ねると、彼は一瞬躊躇した。
「いました。でも、ご主人もいます。もう離婚していましたが」
「その子を社長の子供だと偽って、何かを要求したということは?」
それなら社長が、その子供と自分の親子関係をDNA鑑定したと考えられる。
「そこまではまだ。……しかし、葬儀で泣くほど想っているのに、宝田社長に対して脅迫まがいの迫り方をするでしょうか?」
逆に、質問されて言葉に詰まった。
「……可愛さ余って憎さ百倍、そんなこともあるのでは?」
「だとしても……。正直、僕は恋愛経験が少ないものですから、そうした感情を覚えたことがありません」
「そうですね。私なら、そんなことはしないと思います……」
思いのほか立花が素直なので訊いてみることにした。
「……官僚の方の女性関係はどうだったのでしょう?」
「葛岡の女性関係ですか?」
「はい。宝田社長はルックスも良くて人たらしと言われるほど話が上手でしたから、女性にもてたそうなんです」
「幹部の方は口をそろえて、そう話していましたね」
「同じ女性を取りあって、といったことはなかったでしょうか?」
法子は気になったことを尋ねた。
「もちろん、そうしたことも調べましたが、葛岡がどこかの女性に入れあげているということはありませんでした。彼の女性関係は奥さんだけです。ただ……」
彼が言葉を濁した。
「ただ、何です?」
「いやぁ、プライバシーにかかわることなので……」
「……その葛岡さんもなくなっているのです。事件を解決するには、できるだけ多くの情報が要るのではないですか!」
思わず言葉に力がこもった。
「剣さんの方が刑事みたいだなぁ」
彼が苦笑した。
九条にも似たようなことを言われたのを思い出し、グッと胸がつまった。
「……すみません。私は監査部で、警察と似たようなことをしているものですから」
「警察でいうと監察官みたいな仕事かな。それは大変だ。……でも、それで分かりました。九条が多くの事実を伝えていたのは、剣さんを見込んで、のようです」
「そんな、私……」
九条刑事のために働いたつもりはなかった。ただ真実を一刻も早く解明したいと、必要以上に事件にのめりこんでいたらしい。
「僕も、剣さんを頼りにしていいかな?」
「え?……ハイ」
立花の愛くるしい瞳に見つめられ、うなずいてしまっていた。
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