Ⅱ 警察官の死
第12話
官僚が起こした殺人事件は世間の注目を集め、システム・ヤマツミの周囲にも頻繁にマスコミが現れた。――なぜ、財務官僚はふるさと納税サイトを運営する企業の社長を殺したのか?――彼らは被害者より加害者の葛岡龍斗に注目し、調査は執拗で報道は詳細だった。動画配信者も彼の住まいに突撃取材をかけた。そうして彼がギャンブル好きなことや、そのために妻がパートをしていること、彼のDV疑惑までがほじくり出され、雑誌の紙面や動画サイトをにぎわせた。
システム・ヤマツミは木藤専務の社長就任を発表、故宝田社長の社葬が執り行われた。木藤は前社長の遺志を継ぎ、株式の上場を目指すと公表した。社内の動揺は一掃、監査部の面々も胸をなでおろした。
社葬を終えた三日後の月曜日、新体制になった経営陣による幹部会議が開かれた。それには宝田鈴菜も出席し、警察の捜査が終了したと報告した。金銭目的による葛岡の犯行という見解は当初と変わっていなかった。
そんなものかしら?……都留の報告に、法子は釈然としないものを覚えた。
「九条刑事は、犯人は強盗をするほど経済的には窮していない、と話していたと思うのですが……」
九条には他言無用と釘を刺されたけれど、都留も同じ話を聞いているだろうと思って話した。
「九条?……ああ、以前、聴取に来た刑事だね。宝田社長と犯人の間に何らかの関係があるのだろうと疑っていたな。……きっと彼の見込み違いだろう」
「宝田社長と犯人のスマホに公衆電話からの着信があって、それぞれ呼び出されたのではないかと推理していましたが……」
「ほう、そんなことを」
法子は、宝田が自分に話したことを都留には教えていないと気づいて口を閉じた。
「仕方がないですね。警察としての判断なのでしょうから」
矛先を治め、大阪支店の監査準備作業に戻った。
その日、仕事を終えて帰宅する前に九条刑事に電話をかけた。彼の推理が見込み違いとは思えなかったからだ。
――ルルルルル――
呼び出し音を聞いたとき、少し後悔した。自分は迷惑なことをしているのではないだろうか? ただ、父親の面影を追いかけて電話をかけているのではないだろうか?
『はい、神宿警察、刑事課』
若い男性の声がした。
「あのう……システム・ヤマツミの剣というものですが、九条刑事はいらっしゃいますか?」
『九条、……どんなご用件ですか?』
法子は殺された社長に関することだ、と告げた。
『その事件なら……』
「分かっています。捜査は終了したと聞きました。それで、九条刑事に話しがしたいのです」
『すみません。九条は一昨日、亡くなりました』
「エッ、なぜ?」
心臓がバクバク鳴っていた。つい数週間前に会った九条刑事は陽気で、病気には見えなかった。
『それはちょっと……』
彼は苦しそうに、まだ話せないと言った。
法子は電話を切った。それから、どうして九条刑事は殺されたのだろう、と思った。病気や事故なら言えないはずがない。ならば、事件か自死だ。……自死はない。確信があった。不安と不審で胸がいっぱいになっていた。夕食を作る気分になれず、コンビニで弁当を買って帰った。
オートロックのワンルームのマンションには就職してから住み始めた。おしゃれな暮らしを夢見ていたからだ。しかし、現実は厳しかった。会社は成長しても給料が増えることはなく、働き方改革の名のもとに残業も抑制された。税金や社会保険などを差し引かれると手取りは額面の半額程度。そこから家賃を払うと、残りは生活費で消えた。
映画やドラマでお洒落な生活を楽しむ女性を見ると、嫉妬以前に空虚さを感じてしまう。かつて憧れていたそうした暮らしは、ダブル・ワークでもしなければ手に入れられないだろう。それともパパ活か! 時々、学生の頃のアパートに住み続けていたら、もっと豊かな生活ができたのに、と後悔もした。
九条刑事、どうして死んだのだろう?……コンビニ弁当を食べた後、居ても立ってもいられず、スマホを手にした。
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