第11話

 ペラペラと事件について語る九条は、刑事として失格ではないか? そして彼は、自分に何を求めているのだろう?……法子はいぶかった。

「剣さん、あなたは良く周囲のことを観察しておられる。宝田社長の周囲、……それはシステム・ヤマツミ内で、と受け止めていただきたいのだが、宝田社長を殺害する動機を持つ者、あるいは宝田社長が亡くなって得をする者について教えていただきたいのですよ」

「そんなこと頼まれましても……」

「葛岡は誰かに命じられ、あるいはそそのかされて宝田社長を殺害した。そう、私は推理しているのです。謎を解くためには、社内の方の協力が必要なのです」

「それなら秘書の五十嵐さんの方が相応しいと思います」

「いや、彼女は被害者に近すぎる」

 彼も綾子さんと社長が不倫関係にあったと考えているのだろうか?

「刑事さんは、社内に社長殺害を命じた人物がいると考えているのですか?」

 にわかには信じられない話だった。頭には木藤専務の生真面目な顔が浮かんでいた。

 九条は真剣な眼差しをしていた。ひと呼吸間を作って口を開いた。

「いいえ、そうとは限りません」

「ですよね。犯人は誰かの指示で社長に会ったのは間違いないとしても、殺害の意図はなかったのかもしれません。官僚が強盗をしたり、命じられて人を殺すとは思えません。今回の事件、社長は被害者ですが、犯人の官僚も被害者という可能性はないでしょうか? その官僚に恨みを持つ誰かが、罠にはめて汚名を着せた。当初からそれが目的だったのではありませんか?」

 思いつくまま、仮説を話した。

「ふむ……」

 彼が何かを考える様子を見せる。

「心当たりがあるのですね? 私ていどの推理、警察が検討しないはずがないですよね」

「いや、まあ。……葛岡の周囲は別の刑事が調べているので、詳細は分かりませんが……」

「どんな恨みを買っていたのですか?」

「……チョ、ちょっと待ってください。まるで私が聴取されているようだ」

 九条が苦笑した。

「すみません。刑事さんは父に似ているのです。それでつい図々しく話してしまって……。ごめんなさい」

「そうですか。お父様に……。光栄だな。おいくつです、お父様は?」

「五十五になります」

「エッ……」

 九条の目が点になった。

「あ、ごめんなさい。九条さんは、ずっと若いですよね」

「いやぁ、十歳ほど若いかな。でも、この歳になると誤差の範囲です……」彼は声を上げて笑った。「……すっかり荷物が片づけられたのですなぁ」

 彼は何もない机の上に目をやって話を変えてしまった。

「ここは秘書の方が……」

「ああ、五十嵐さんですね。彼女からは、剣さんも片づけに加わっていたと聞いたのですが……」

 彼女、話したんだ。……法子は、少し裏切られたような気分になった。

「ええ、私はそこの書棚を。仕事に関係のない本を、すべて撤去しました」

「なるほど。前の社長の香りは残さない。そんなところですな。宝田社長、女性にもてたようなので、プレゼントなども多かったのでしょうなぁ」

 彼の言葉に男性の嫉妬を感じた。

「女性からのプレゼントなんて、ここにはありませんでした。取引先とのコンペの景品とかイベントの粗品とかいったものばかりです」

 話ながら、DNAの鑑定書は女性から送り付けられたプレゼントではないか、と一瞬考えて否定した。親子関係を証明するものなら、それを理由に金銭的援助を要求することが考えられるけれど、全く無関係なのだ。それは通常、自分の子供ではない、と女性に対して送り付けるものだろう。

 宝田社長はそうするつもりで鑑定書を取り寄せたものの、送り付けることなく問題が解決したのかもしれない。あるいは、後に使用するために保管しておいたのかもしれない。

「そうですか……」

 九条が次の言葉を発しようとした時、ノックがあった。

「失礼します。刑事さんが……」

 顔を見せたのは動揺を隠せない綾子だった。その背後から、彼女を押しのけて神経質そうな顔の中年男性が前に出た。

「失礼するよ」

嶽宮たけみや警部補……」

 九条が中腰になった。

「何をしている?」

 嶽宮の口調は、質問ではなく叱責のようだった。

「いえ、……それでは、今日のところはこれくらいで……。ありがとうございました」

 九条は法子に向かって会釈し、出入口へ向かった。

 今日のところ? また来るの? やめてよ!……心の声を口にするのは抑えたが表情に出たのだろう。

「じゃましたね。もう来させないから、安心したまえ」

 嶽宮が恩着せがましく言った。

「はあ、どうも……」

 彼の言葉は上手くのみ込めなかったが、顔には愛想笑いが浮かんでいた。

「何なのかしら? 変な感じね」

 二人の刑事を見送った後、綾子がつぶやいた。それに対する答えを法子は持ち合わせていない。

「そうですね」

 同意して見せ、本来の仕事に戻った。


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