第10話

 翌日、九条刑事が単独でシステム・ヤマツミに訪れた。彼は宝田社長をよく知る役員や管理職、社長秘書を個別に呼んで聴取した。

 聴取を受けて戻った都留が、「剣さん、刑事が呼んでいるよ」と告げて法子を驚かせた。

「私、ですか? 私、社長のことは何も知りませんけど……」

「ああ、そうだね。でも間違いないよ。監査部の剣さんと、はっきり言ったからね」

「どんなことを聴かれるのでしょう?」

「もっぱら社長と犯人の関係に何か心当たりはないか、ということだったね」

「私なんて、犯人との関係どころか、社長のことさえ知らないのに……」

「それならそう言ってやるといい」

「もう、大阪支店の事前準備で忙しいのに……」

 文句を言いながら腰を上げた。


 聴取は社長室で行われていた。

「葬儀の際にはどうも。……心配をかけてしまったね。仕事があるだろうに、申し訳ない」

 応接椅子を立った九条が、にこやかに迎えた。

「いえ……」

 自席で文句を言っていただけに素直になれなかった。彼が父親に似ているのも、そうさせる一因かもしれない。

「まあ、どうぞ……」彼はソファーを指した。「…‥私が、どうぞ、もおかしいか。ここは剣さんの勤務先だ」

 彼がアハハと笑って腰を下ろす。法子は彼の正面を避け、ソファーの中央に腰を下ろした。見れば見るほど、九条が父親に似ていると思った。もっとも、父と最後に会ったのは三年も前だ。今はもう少し老けているかもしれない。懐かしい、会いたい、と思った。しかし、田舎は遠く、旅費を考えると簡単には帰れない。

「さて、事件のことだけど……」

「宝田社長と葛岡という官僚の関係なら、私は何も知りませんが」

 そう伝えると決めていたことをぴしゃりと言ってやった。

「そうですよね。実は私も、二人には何の接点もないと考えています」

「エッ?」意表を突かれた気分だ。

 刑事は笑みを消し、法子の言葉を待っていた。

「行き当たりばったりの強盗。金銭目的だったのですよね?」

「それなら金だけをとればいい。財布ごと持って行く必要はなかった」

「キャッシュカードとか、クレジットカードとか、それも欲しかったのではないですか?」

「犯人は官僚です。収入は十分あった。確かに葛岡は……」

 彼は言葉を切り、じっと法子を見つめた。

「な、何ですか?」

「本来、他人に話すべきことではないが、あなたは特別だ。だから話しますが、これはプライバシーですし、捜査上の秘密でもある。他言無用、いいですね」

 他言無用なら話さないでほしい。……考えたものの、口にできなかった。心のどこかで秘密を知りたいと思っていた。

「……葛岡はギャンブル好きでした。競馬や競輪に賭けていて、経済的余裕はなかった。それで奥さんはパートにも出ていた。けれど、住宅ローン以外に借金はない。強盗に及ぶぐらいなら、金融機関でも共済でも、金を借りればよかった。そう思いませんか?」

「ええ、まあ……」

「それに、です。あの繁華街は宝田社長にはなじみの場所でも、葛岡にはなじみのない場所です。普通の犯罪者は、逃走のことなどを考え、ある程度土地勘のある場所を選ぶものです」

「逃走経路は事前に調べたのではないでしょうか? そうすれば酔った社長から逃げるのは簡単だったと思います」

「あの日、宝田社長は酒を飲んでいませんでした」

「エッ?」

 意外だった。繁華街、しかも足しげく通ったキャバクラの近くだから飲酒したものと思い込んでいた。

「正確には、店に行くところだったようです。葬儀場で騒いでいた女性、覚えていますか?」

「本庄華さん、キャバクラの方ですね」

「さすが剣さんだ。よく覚えておられましたな。私が見込んだだけのことはある……」彼が満足げにうなずいた。「……あの日、午後九時ごろ、本庄さんが宝田社長に電話をかけている。遊びに来てほしい、と。営業ですな。その時は、十一時ごろに行く、という返事だったそうです。話しにくいのですが、その日は彼女の家に泊まるとも言った。ところが、宝田社長は予定を変えた。午後十時すぎ、スマホに公衆電話からの着信があった。それで予定を変えたのでしょう」

 話しにくいと言いながら、九条の舌は滑らかに動き続けた。

「実は、葛岡も呼び出された形跡がある。彼のスマホにも着信履歴がありました。時刻はかなり早いのですが、そちらも同じ公衆電話でした。周囲に防犯カメラのない場所なので、何者が呼び出したのか判然としない」

「ハァ……」

 法子は、雲をつかむような気持ちで話を聞いていた。


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