第8話
「剣さんが熱く語るなんて、意外だわ。……まあ、私たちは色々学んでいるけど、浅く広く、だから」
真子が、ウフフと笑った。
「そうだな。それに、自分たちがやっているのは調査と分析で経営とは違う。都留部長が他部門にわたってどれだけ会社のことを詳しく知っているとしても、業績を上げるための能力や、社員を引っ張っていくリーダーシップとは、少し違うと思うな」
「それはそうですけど……」
亀田の言うことも分かるので言葉をのんだ。
パソコンに向かい、大阪支店のデータ分析に取り掛かる。システム・ヤマツミには名古屋と大阪、福岡にも支店があって営業活動を行っている。本社内の部署だけでなく、そうした支店組織も監査対象だった。
「新社長次第で、この作業も無駄になるかもしれないな」
亀田もそう言って作業を始めた。
彼の予想に反し、幹部会は一時間足らずで終わった。幹部たちがにこやかに話しながら事務所に戻ったので、彼らの意に反することなく議論が済んだのが誰にも分かった。
「お疲れ様です」
戻った都留を法子たちが迎えた。
「ああ、何もかも順調、……良かったよ」
「社長は誰に決まったのですか?」
亀田が身を乗り出す。
「木藤専務だよ。一つずつ繰り上げればいいんじゃないか、と大株主が仰ってね」
「大株主って、宝田夫人ですよね?」
「ああ、面倒な条件を付けられるのではと、みんな冷や冷やしていたんだけどね」
「何もなかったのですか?」
法子は訊いた。葬儀のときの印象では、彼女は利に敏感な人物だと感じていたからだ。
「最初はクニノミヤの綾小路社長を推薦したんだよ」
「クニノミヤって、うちの取引先のクニノミヤ物産ですか? 昔ならともかく、今はうちより売り上げも少ないはずですよ」
亀田が不審の声をあげた。
「そのようだね。常務がそのことを言ったら、あっさり意見をひっこめたんだ。もっとも、今の〝ふるさと応援団ふるふる〟は、十五年前にクニノミヤ物産が始めたものをうちが引き継いだそうだね。そういう意味では、システム・ヤマツミが成長した恩人みたいなものらしい」
「どうして綾小路社長を?」
法子は、葬儀で目にした綾小路夫妻を思い出した。
「宝田夫人は、クニノミヤで綾小路社長の秘書をしているそうだ。綾小路社長の人間性を高く評価していると言っていたな」
「専業主婦ではなかったのですね」
葬儀時の鈴菜の態度が腑に落ちた。彼女は夫に依存せず、自分の足でしっかり立っている。だから、社長の死に際しても動じなかったのに違いない。
「人間性はあっても、経営手腕はいまいちということですね。十三年前、クニノミヤ物産が〝故郷応援団ふるふる〟を手放さかったら、成長したのは向こうだったわけだから」
亀田がチクリと刺すように言った。
「おい、おい、亀田さん。そんな言い方は良くないな」
「すみません」
亀田が首を縮めて頭を搔いた。
「剣さん、社長の奥さんはどんな人なの? 葬儀の時には、やり取りがあったのでしょ?」
真子の視線を受けて困惑した。
「葬式では、一言二言交わしただけなので……。とても奇麗な方でしたよ。性格まではちょっと……」
子供や友人の亜里子が悲しみに暮れる中、冷めた様子だったとは言えなかった。
「とてもクレバーな女性だったよ。少しクールというか……」
都留が言った。彼なりに情報を提供しようとしているようだが、歯切れが悪い。
「まだ社長の死を実感できないでいるのかもしれません」
法子は心にもないことを言った。願望に近かいものだ。自立した女性でも夫の死に直面したら、もっと悲観しそうなものだと思う。
「そんな風には見えなかったな」
都留が言って口をへの字に結んだ。
「どうして、そう言えるのですか?」
「会社にある社長の私物は、こっちで処分しておいてくれという話だったからな。……そうだ、忘れるところだったよ。それで午後、社長室の片づけをすることになった。剣さん、行ってもらえるかな?」
「エッ、……私ですか?」
またぁ!……抗議の気持ちを込めた疑問形だった。社長が亡くなったからといって監査という業務がなくなるわけではない。半日が、いや一時間が、惜しい。他の業務を引き受けたら、それに相当する残業をしなければならない。
「秘書の五十嵐さんのご指名なんだよ」
「へ……?」
「気に入られたようだな」
「ハァ……」
気に入られる理由が分からない。とにもかくにも、午後一番に社長室を訪ねた。
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