悪女と愛と淫らなゴム
明日乃たまご
プロローグ
第1話
正月、子供たちに人気のハンバーガーショップは繁盛していた。普段ならCMソングが流れている店内、穏やかな琴の音が流れている。
「温まるー」
ホットチョコレートのカップを両手に挟んだ十一歳の娘が大人のように言った。
昨年も同じだった。このハンバーガーショップを訪れていた。その時は、チーズハンバーガーを食べる娘に笑みを向けながら、あの人をどうやって殺そう、と考えていた。
ただ殺すだけなら簡単だ。食事に毒を入れても、寝ているときにナイフで胸を突き刺してもいい。でも、自分は捕まってはならなかった。自分には守らなければならない子供がいる。今になってみると、あの不倫契約を結んだのが悔やまれる。でもあの時は、そうするのが最善の策だと思っていた。
……あれこれ悩んだ末に誰かにあの人を殺してもらうことにした。生憎、プロの殺し屋に知り合いはいない。母親の名義の銀行口座を開設し、彼女名義のスマホを手に入れ、マッチングアプリを使って人を探した。この際、見知らぬ誰かに肉体を提供するのはやむを得ない。そうして〝学生〟〝自由人〟〝投資家〟〝ブラック〟〝公務員〟という五人の男性を選んだ。
〝学生〟は世間のことを何も知らない。大麻を使っているという彼は自称芸術家で、セックスのためなら人だって殺しそうだった。
〝自由人〟は三十代後半のニート。すでに人生を放棄して両親に寄生している彼には、守るべき社会的地位もプライドもない。人生の意味を殺人に見出したら、犯罪のハードルを易々と越えてくれるだろう。
〝投資家〟は人生の勝ち組だと豪語し、金のためなら犯罪まがいの仕事も平気でしていた。彼は、金の力をもってすれば何者でも隷属させられる、人の命を奪うことさえ
〝ブラック〟は、世間でも有名なブラック企業で働く会社員だ。彼は、給料を運んでくるのならそれでいいという妻にも相手にされず、世の中を
〝公務員〟は四十代の自称公務員だった。彼は使用した避妊具を持って帰る変わり者だ。猜疑心が強く、ホテルで捨てたら精子が悪用されるかもしれない、と考えているのだ。独身だというけれど、左手の薬指には結婚指輪をはずした形跡がある。そんな彼は、自分の身を守るためなら他人を殺めるかもしれない。
この一年間、彼らと交際して観察し、薬物使用や不倫、横領などの不正の証拠を集めた。同時に、彼らの恋愛感情、独占欲、正義感、社会に対する敵愾心等々、彼らを殺人に駆り立てる動機を探り、
「ねえママ、聞いてる」
娘のくりくりした瞳が見ていた。
「エッ、聞いているわよ」
「私、ママのような美人になるかな?」
彼女が小首をかしげる。
「あなたは今でも美人よ。とても魅力的」
「そう? 良かったぁ」
無邪気に微笑む娘。大人のような口を利くけれど、所詮子供だ。
「きっと、ママより素敵な女性になって幸せになれるわ。そのためには沢山勉強して、運動もして、賢くて強くならないとね」
おだて、諭しながら、私だって幸せを手に入れてやる、と自分を励ました。
「ねえ、パパのこと、どう思う?」
尋ねると彼女はきょとんとした。
「どうして、そんなことを訊くの?」
「だってパパ、いつも留守にしているでしょ。正月ぐらい家族そろって過ごしたらいいのに、顔も見せないし……」
「私、パパなんていらない。ママはママのやりたいことをやればいいのよ」
彼女はアップルパイにかぶりついた。
自分の夢に向かって全力を尽くす。現在の自分自身を認めてあげる。……彼女は学校で、そう教わっているはずだった。自分らしくあるのは子供だけの特権ではないとも……。それを知っているから彼女は、母親を困らせないように精一杯虚勢を張っているのだろう。パパはどうでもいい。ママもママらしくあればいい、と……。
そんな娘の気持ちに甘えた。バッグから母親名義のスマホを選び取る。同じメーカーの二台のスマホは、全く同じ白色のケースに入れてあった。違いがあるのは、殺害計画に使っているスマホケースには透明のシールが張ってあることだ。それは手触りで、二台目のスマホだと分かる。それを手に取ってアプリを開いた。
〖明後日、逢いたい 〗
選んだ相手にメッセージを送った。
彼の返信は早かった。
【了解、午後一時なら行ける 】
「私…………負けないから……」
娘がなにかを言ったけれど、返信に意識を奪われていて聞き取れなかった。「そうね」とあいまいに答えた。
〖大切な話があるの。いつもの場所で、よろしく 〗
返信すると返事を待たずにスマホをしまう。
「今年は良い年になるわよ。ママ、自分を取り戻すから」
彼女に笑顔を贈った。
「ふーん」
娘が関心なさそうに口を尖らせた。
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