愛弟子が可愛すぎてつらい!EP0:BadendFuture

上羽みこと

第1話『護るべきモノ』

 ◆第1話『護るべきモノ』


 デュオスが過去のマナ達の前へと現れた時代から数えて、約25のとある森の中。

 その森の奥には、後から部分的に増築されたような、少しいびつな形をした不思議な小屋と、そこに住む一風変わった家族がいた。


「ああっどうしよう!遅刻しちゃう!」


 慌ただしく小屋の玄関扉を開け放ち、中からパンをかじりながら姿を現したのは、白く長い髪と、そこからぴょこんと飛び出た獣耳ケモミミが印象的な、身長160cm程のややな少女。

 黒を基調とした、赤い刺繍入りの制服風ローブに身を包みながら、急ぎ朝食を咀嚼している彼女は今、まさに学校に遅刻しそうになっていた。


「だから言っただろうキャロル?そろそろ起きなくて良いのかって。はぁ……似たんだか……。」


 そんな彼女を玄関で見送るのは、頭の上に彼女と同じような獣耳ケモミミを持つ、身長180cm程はあろうかという大男。

 どう見ても見た目は20歳過ぎにしか見えないが、彼はなんと今年37となり、すっかりと大人びた姿に成長した、あのダイナ・アスターだ。

 その髪は黒く短めで、デュオスのように顔もやつれてなどいない。

 そんなダイナがキャロルと呼ぶ、ギリギリまで寝ていたらしい少女の慌てた様子に、小さく頭を抱えながらため息を零す姿は、どこかの小さなハイエルフを彷彿とさせる。


ふぁってふぁふぉうへふぉへふぁだって魔法で飛べば──!」

「食べながら喋らない!ほら……落ち着いて飲みなさい。」


 口にパンをいっぱいに詰めたまま、何か言い訳をしようとするキャロルを軽く叱りながらも、ダイナは程よくぬるくなったミルク入りのマグカップを差し出す。

 するとキャロルはそれを受け取るなり、ダイナの言葉など聞いていないように一気飲みして、口の中のパンをまとめて流し込んだ。


「っぷは……!ありがとう!そういえばは?」


 口元に白い跡などつけ、眩しいほどの笑顔を向けつつマグカップを返却するキャロルが、ダイナの事をパパと呼びながら、ついでのように母親ママについても尋ねる。

 どう見ても親子程歳が離れているようには見えず、他者から見れば精々4つか5つ程歳の離れた兄妹が良い所だろう。

 だが彼女がダイナをそう呼ぶのはもちろん、冗談やあだ名などではなく、ダイナが本当にキャロルのであるからだ。



「まだ寝てるよ……。それよりほら、出てるぞ。」


 するとダイナはまたも小さくため息をついて苦笑いを浮かべた後、こめかみあたりから生える、自らのツノを指差した。


「あっそうだった!……でも今日はパパがやるのかぁ……かなぁ?」

「……失礼な。これでもパパも一応、ママと同じなんだぞ?(はもっと強いけど……。)」


 ダイナ《パパ》と同じく身体に幻魔族の特徴を持つキャロルは、その正体を知られない為に自らのツノを魔法で隠し、での種族は半獣人ハーフビーストだという事にしている。

 そして数日に1度程の頻度で登校前、曖昧オブスキュアの魔法によってツノの存在をにし、他者からそのツノしているのだ。

 30数年もの長きに渡り弟子としての研鑽を重ね、ついにはマナと同じ魔術師の最高位である一級魔術師となったダイナではあるが、それでも自身と師匠とのを今でも度々痛感させられていた。


「……はい。これで良い。」

「ん……ありがとうパパ。じゃあ、行ってきます!」


 魔法でキャロルのツノを隠し終えると、ダイナはその頭を優しく一度撫でる。

 そのダイナの手の感触が何だかくすぐったいのか、キャロルはぴこぴこと耳と尻尾を揺らした後、ダイナへ元気よく出発の挨拶をした。


「ああ、行ってらっしゃいキャロル。楽しんで。」


 そして優しく微笑むダイナに見守られながら、キャロルが右手の指をパチンと鳴らすと、その場から一瞬にして姿を消した。


「……もう15……いや、まだ15歳、か。」


 慣れた様子で空間転移テレポートを使い学校へと向かった愛娘を見送った後で、ダイナはひとり呟きながら玄関扉を静かに閉める。

 キャロルを学校へ通わせる、と決めたのは母親マナだったがその決断にはやはり、そうさせてやれなかった事への後悔が大きかったからのようだ。

 そんな2人の一人娘であるキャロルは、ついこの間誕生日を迎え15歳になったばかり。

 だと言うのに学校で習う魔術はもちろんの事、それ以上に様々な魔術を既に十全に使いこなしており、そのキャロルの驚異的な成長速度は、天才魔術師たるマナを師匠に持つダイナから見ても、目を見張る程の物であった。


「……俺、そのうち追い抜かされるかもなぁ。」


 ◆◆◆


 いつものようにキャロルが、空間転移テレポートを用いてで学校へと赴くと、何やら校内の雰囲気がどこか慌ただしい。

 自分の教室へと入った所で、とっくに教室に入っていた様子の、仲の良い学友であるノーラを見つけ、キャロルはこのについて尋ねる事にする。


「……あ、ねえ!何かあったの?先生達の様子がおかしいみたいだけど……。」

「あ、キャロル、おはよう。それがね、少し前に西の海岸線の方に、なんかが現れたとかで……その対応の為に走り回ってるみたい。」


 活発的なキャロルとは対照的に、暗い茶髪にに丸い眼鏡という大人しそうな印象を抱かせる少女、ノーラがキャロルへと応える。

 彼女らの通うここ、アステリアは名前の通り、子供たちが一流の魔術師を目指し日々勉強に励む、それなりに古い歴史を持つ学校だ。

 そんな本校からそれ程遠くない海岸線に不審者の集団が現れたとなれば、学校側としてはやはり生徒の安全を第一に考えざるを得ない。


「そうなんだ……でも大丈夫!いざとなったら私が皆を守るよ!」

「もう、そんな事言って~。」


 どこか不安げな表情を浮かべるノーラの肩に手を置いて、キャロルは真剣な表情で力強くそう語る。

 ノーラはそんな様子のキャロルにはもう慣れっこなのか、軽く笑って流すだけ。

 しかし実際の所キャロルは、このアステリア魔法学校随一の、と言われる程には魔法の才に優れており、本人もその実力に大きな自信を持っていた。

 決して有名な魔術師の家系や、高名な貴族の出などではない彼女がそれ程までの才能を発揮しているのはやはり、共に一級魔術師であるによる影響が大きいだろうか。

 だが母があの天才魔術師マナ・アスターである事はもちろん、キャロルが幻魔族の血を引く存在であるという事は徹底的に隠されており、母親がマナ・アスターである事を把握しているのは校長だけだ。

 そのため、ここアステリア魔法学校でのキャロルの名前は、キャロル・”ライト”というで通している。


「本気だってば!私がその気になれば、どんな悪い奴だって一瞬でやっつけちゃうんだから!」

「はいはい。頼りにしてますよ、様~。」

「んもーっ!」


 程なくして授業開始を告げる鐘が鳴り、生徒たちが一斉に自分の席へ着く。

 それからすぐに教員らしき年配の女性が、やや早足で教室へと入ってきて、教壇へと立った。


「えー……既に聞いている方もいらっしゃるかもしれませんが。今朝、学校近くの海岸線にて不審者が目撃されました。」

「それに伴い本日の授業はまでとし、午後からは各自事前に決めた下校グループに別れて速やかに帰宅するように。また寮生については──。」


 先程ノーラから聞いた不審者に関する情報が、正式に学校側からの通達という形で発表される。

 生徒達の安全を優先しての判断という事なのだが、そんな発表に対しキャロルはひとり心の中で残念がる。

 何故ならば普段あの森で暮らしているが為に、家族以外の者とする機会があまり無いキャロルにとって、ここアステリア魔法学校はと楽しく話せる、唯一無二の大切な場所だからだ。


「むう……。(まったく、先生たちは不審者ごときで大げさだなぁ。今日の午後の歴史の授業は楽しみにしてたのに……。)」



 そうしてあっという間に午前の授業も終わり、そのまま指示通りに集団下校していく生徒たち。

 しかしそんな中でもキャロルだけは少し違っていて、何やら独り自分の教室に居残っていた。


「あーあ……ウチも学校の近くだったら良かったのになー。」


 13歳からアステリア魔法学校へと通っているキャロルは、実家がある森から毎日空間転移テレポートを使って登下校をしている。

 それはもちろんキャロルが、若くしてそれ程のレベルの魔法の才能を持っているという事でもあるが、それ以上に家から学校までのがかなり遠かったからだ。

 同じくらいの年頃の子供の足で歩いたとして、もかかってしまう程の距離である。


「そしたらもっと友達と喋りながら学校来たり、帰ったり……。」


 不貞腐れるように机に頬などつけ、いじいじと指で机の縁をなぞっていると、そんなキャロルを発見して驚いたらしい先生が、早足で教室へと入ってくる。


「……ライトさん?キャロル・ライトさん!貴女、まだ学校に残っていたの?今日はもう授業はありませんから、早く帰りなさい。」

「……はぁ~い。せんせーさようならぁ……。」


 先生に見つかってしまい渋々と言った様子で立ち上がったキャロルは、机の横に下げていた鞄を回収すると、少し落ち込んだような声で返事をしながら指を鳴らし、学校を後にした。


 ◆◆◆


 不審者騒ぎの影響で、いつもよりもかなり早めの帰宅となったキャロルは、リビングのソファにダイナ《パパ》が座っていること外から窓越しに確認すると、テンション低めな様子で玄関扉を開け、ダイナへと声をかける。


「ただいまぁ……ねぇパパ、聞いてよ!学校の──」

「ッ!?」


 そんな愛娘の突然の帰宅に、ダイナはかなり驚いたように耳と尻尾をぴんっと立てて小さく固まった後、ぎこちない動きでゆっくりとキャロルの方を振り向く。

 普段であれば小屋へと近づく足音などからキャロルの帰宅をいち早くして、玄関まで出迎えに行くダイナなのだが、今回ばかりは予想外の時間の帰宅だったからか、はたまた気が付かない程していたからなのか、珍しく気がつくのが遅れたようだ。


「あ、あぁキャロル!お、おかえり?どうした?学校はもう終わったのか?」

「うん……パパ?何して──?」

「あっ!いや、は……っ!」

「……。」


 何やら様子のダイナが気になって、キャロルはソファの正面側へと回り込んだ。

 するとそこには、何故か着衣と呼吸が少々いる様子のマナ《ママ》が、ダイナの膝の上にちょこんと座っていた。

 ついさっき起きたのか、未だ寝巻き姿のままのマナは、その小さな背をキャロルの方へと向けて、決して顔を見せようとしない。


「……のは良いんだけどさぁ?リビングでするのはやめてよね……?」

「ち、違うぞ!?そういうんじゃッ……!ね!師匠!?」

「……ワシは少し風呂へ入ってくる。」

「えっ!?師匠?!」


 呆れたような表情を向けてくるキャロルへ、必死に父親としての威厳を保とうと弁明を試みるが、マナはそんなダイナを置き去りにするように、ひとりそそくさと浴室へと逃げて行く。

 そうして残されたダイナは、娘からのどこかを受けて、気不味そうに目を泳がせるのであった。


 それからしばらくして、リビングに居るのが気不味くなってしまったダイナが、逃げるように駆け込んだキッチンで、3人分の昼食を用意している頃。

 本当にお風呂に入っていたらしいマナがリビングへ戻ってきて、ソファに座るキャロルの隣へと腰掛ける。

 そのソファはもちろんマナが長年愛用し続けているあのソファであり、経年劣化によってついに表面に穴が空き始めた現在は、ソファの上から紫色の布カバーが装着されている。


「ふう……おかえりじゃ、キャロル。学校は今日、行事か何かで早かったのか?」

「ママ~!ただいま!それがね、何か学校の近くに不審者が出たとかで……。」

「ほう?不審者とな?」


 マナが隣に座るなりキャロルはすぐにマナにくっついて、まるで自分の匂いをこすりつける猫のようにと、風呂上がりのマナへと甘え始める。

 しかしマナはそんな愛娘の行動には慣れっこなようで、少しくすぐったそうにしながらも優しく頭を撫で返す。


「うんー……それでね、生徒の安全を優先してーって事で、今日は午前中で終わりになって……皆それぞれ帰らされちゃったの。」

「そうか……それは残念じゃったのう。」


 頭の獣耳ケモミミをぺたんと畳み、分かりやすく落ち込んだように尻尾を下げる娘の姿に、マナは優しく微笑んで、その小さな身体で自分より大きな娘を力いっぱいに抱きしめる。

 するとつい今しがたまで落ち込んでいた、キャロルの耳と尻尾がと反応を示し、そわそわと動き始めた。


「くふ……どれ、学校の代わりと言っては何じゃが……久しぶりにワシがでもしてやろうかの?」

「ほんと?!やったぁ!ママ~~!!」


 学校に通い始めてからはあまり機会の無かった、マナ直々の授業が受けられると聞くや否や、キャロルの尻尾は急激にその揺れる速度を増していく。

 さらには昂ぶるテンションのままに、キャロルはマナの首筋へと顔を突っ込み匂いを嗅ぎ始めてしまう。

 父であるダイナがそうであったように、その血を受け継いだ娘のキャロルもまた、マナの匂いが大好きな子に育っていた。


「こっ、これ!年頃の娘がそのような……っ!」

「だってママの匂い好きなんだもーん!特にお風呂上がりのの匂い……っ!」


 ぐいぐいと迫ってくるキャロルを軽くたしなめようとするマナだったが、あまりに直球な愛情表現とその体格差故に押し退ける事も叶わず、ソファへと押し倒されてしまう。


「──あっ!こら!キャロル!」


 そこへ丁度、昼食を作り終えたらしいダイナがトレーを手にリビングへと戻ってきて、キャロルに組み敷かれているマナの姿を発見。

 暴走する娘へと父親らしく立派に叱る、かと思いきや──。


「ずるいぞ!パパも風呂上がりの師匠ママの匂い嗅ぎたい!」

「やーだ!パパはさっきママとしてたでしょ?!だから今は私の番なの!」

「っ……はぁ~……お主らはまったく……。」


 大きな2匹の犬に散々匂いを嗅がれながらも、マナは満更でも無さそうに笑うのだった。

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