小さなアイドル
@tomeusa
私の推し
人間、誰しも推しというものが存在する。それは、アニメや小説の創作キャラだったり、テレビの中で歌い踊るアイドルだったり、もしかしたら近所のコンビニの笑顔が素敵な店員さんかもしれない。
――推し。それは応援せずにはいられない。愛さずにはいられない。そんな存在。
「うぅっ・・・可愛い。可愛すぎる。」
かくいう私にも、自身の全てを捧げても構わないと思う推しがいる。スマホの写真フォルダーの中には、数えきれない程の推しの写真。それを、見てるだけでいつだって幸せな気持ちになれるのだ。
「ママ、なにみてるのー?」
可愛いを連呼する私が見ているものが気になったのか、娘の明穂が私のスマホ画面を見ようと隣に座ってきた。
「ママの推しの写真見てるんだよー。」
そう言いながら、娘の方にスマホを傾けると、彼女は中の画像を見てニコッと笑みを浮かべ、それから私を見た。
「ママは本当にあっちゃんが大好きだねぇ。」
あっちゃん。それは、明穂の愛称だ。自分の写真を可愛いと言われて、満更でもないのか彼女は自信に満ちた笑みを浮かべている。
小学生になる手前から、徐々に歯の生え変わりが始まり、彼女が満面の笑みを浮かべると数本、間の抜けた歯が見える。それが、また可愛らしくて私の頬は自然と緩んでしまう。
「どうして、ママはそんなにあっちゃんが好きなの?」
「どうしてかぁ。考えたことなかったな。可愛い顔も大好きだし、あっちゃんの上手な踊りも大好きだし、食いしん坊なところも、全部好き。だけど、それが何でなのかはわかんないなぁ。」
スマホを膝に置くと、私に引っ付いてきた明穂の肩を抱いて、彼女の頭の上に頬を寄せる。さらさらの栗色の細い髪。私も、夫も硬く太い髪質だから、いつか彼女の髪の毛もそうなってしまうのだろうか。
「うーん。ママのおなかの中であっちゃんを大事に大事にしてて、それで、元気に出てきて、嬉しくて、大好きなんじゃない?」
私のお腹に手をあてて、彼女はそう言った。小学生低学年らしく、どこか確信めいていて、それでいて文章として、少しおかしいような言葉に私はそうだねぇと返す。
「でも、宿題しなかったり、嘘ついたりするところは嫌い?」
明穂がこちらを伺うように、そう言った。
「嫌いじゃないよ。あっちゃんが宿題しないと怒るのは、嫌いだからじゃないんだよ。約束を守らないのも、嘘ついて怒るのも、嘘をつかれてママが悲しいから怒ってるだけ。嫌いなところは一つもないよ。あっちゃんが、悪いことしても、どうなってもママはあっちゃんが大好きよ。ただ、悪いことしたらママは怒るけどね。」
決して、怒ったからってあなたの事嫌いなわけじゃないよ。彼女の小さな頭を撫でて、私はそう言った。これから先、きっとあなたは反発したり、私とぶつかる事も増えていくんだろう。それでも、あなたはいつまでも私のアイドル。永遠の推しであることに変わりはない。
「明穂が大きくなって、離れてしまっても、ママはずっとずっと明穂が大好きだからね。」
「えーあっちゃんは大きくなっても、ママとずっと一緒にいるよ?」
だって、あっちゃんママ大好きだもんと彼女はにっこり笑った。流石、私のアイドル。ファンサービスが過剰すぎて、ママは天に召されそうです。
だけど、いつかは彼女も、この家を出て自分の人生を生きていくんだろう。その時は、きっと寂しくてたまらないんだろうな。だって、ちょっと、想像しただけで既に寂しいもの。
「ママ?どうしたの?」
「何でもないよ。あ、そう言えば、明穂宿題終わったの?」
「まだー。」
悪戯っぽく笑う明穂に、私が真顔を向けると彼女はソファーから立ち上がった。
「あっちゃん大好きなら、にっこりして。」
「宿題が終わったら、にっこりするよ。」
明穂はちょっとだけ、肩をすくめて苦笑しながらリビングテーブルに広げていたやりかけの宿題へ向かっていく。いつの間に、あんな大人みたいな仕草をするようになったんだろうと思いながら、私は密かに、にっこりと笑みを浮かべた。
小さなアイドル @tomeusa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます