夜の者
スナコ
夜の者
それは むかし むかしのこと。ある みずのきれいな かわの そばに それはそれは かわいらしい おんなのこのほたるがいっぴき すんでいました。
ほたるのおじょうちゃんは そのあいらしさから たくさんのおすほたるたちに まいにちのように けっこんをもうしこまれていましたが。どんなにかっこいいほたるが がんばっておしりをひからせ ねつれつなあいをアピールしても くびをよこにふりつづけました。
なぜか?こたえは かんたん。おじょうちゃんには すでにすきなあいてがいたのです。
おじょうちゃんほど かわいいおんなのこなら ことわるほたるはだれもいないでしょう。しかし おじょうちゃんは きょうもいっぴき かなわぬこいに ほとほととなみだのあめをふらし じぶんがつくったしおからいうみで おぼれていました。
それも そのはず。おじょうちゃんが すきになってしまったのは おつきさま。おそらにうかぶ だれもがしる あのおつきさまなのです。
はるか てんじょうのつきと ちじょうのほたる。ちいさなちいさなそのからだでは つきどころか そらにすらふれることはできません。
けして かなわぬ むすばれぬ ふもうなこい。いたいほどに わかっていても おじょうちゃんのなかで おつきさまをおもうほのおは けしてよわることなく。つよくつよくもえつづけて おじょうちゃんのおしりを おとこのことまちがわれるほど あかあかと ひからせつづけました。
それは ひとめぼれでした。ふかしてすぐ まわりでたくさんうまれたきょうだいたちのかおよりもさきに めにうつった おおきく ちからづよいひかり。めと こころを いっしゅんでうばいさられたあのしょうげきは あまりにきょうれつで あざやか すぎて。
はねをもつまえ ようちゅうのころから ずっとずっと。おとなになり とべるようになったら おそらまでとびあがって かれのそばでくらすのだと。みなそこで つちのなかにいるときも ずっと ゆめみていました。
きょうも だれよりもつよくかがやき はるかとおくのおもいびとに あふれるあいをとどけんと がんばったおじょうちゃんでしたが。
おしりを げんかいまでひからせようと やってくるのはおとこのこのほたるばかり。おつきさまは おそらにぽっかりうかんだまま おじょうちゃんのもとへすこしでもおりてきてくれるようなことはなく。また おじょうちゃんも そのちいさなはねがちぎれるぎりぎりまではばたいても きのうとんだだけのおそらへのきょりをちぢめることはできませんでした。
どうしたら おそらへいけるのだろう。どうしたら かれをとりまくようにしてかがやく いくたのほしぼしのように かれのそばにいられるのだろう。
もじどおり けっしてとどかぬおもいに おじょうちゃんはいっぴき かんがえこむようになりました。
・・・しかし いいこたえがでるはずもなく。なやみ あせり なげきにくるしむあまりに おじょうちゃんのこころは しらずのうちに やみにかたむいていってしまいました。
おそらをみあげるめは にごっていました。くろく くらく ぐるぐる と。
そのめにうつるのは おほしさま。なにもせずとも うまれつき かれのそばにいられるおほしさまを うやらみ ねたみ にくみ。そのちいさなちいさなむねを こいのほのおとはまたべつの あつくあつく にえたぎるような それでいて くらくくらく ちのそこにたまったどろのような おもたいほのおのおもいが みたして。ちっそくするような うちからあふれるなにかにおぼれるような そんな しょうたいふめいのおもいに おじょうちゃんはひびくるしめられていました。
むねのうちをやかれて のどのおくをふさがれて。こころがばらばらにちぎれてしまいそうなぐちゃぐちゃのかんじょうにふりまわされ つかれはてるまいにち。
そんなとき おじょうちゃんは きいてしまいました。
ほたるたちのきゅうあいの うつくしいひかりとまいは にんげんにだいにんき。じぶんたちのまいおどるひかりと おそらでしんぴてきにまたたくおほしさまのひかりのきょうえんは もっともっとだいにんき。ぴかぴかと きらきら。ふたつのかがやきをみるために まいにちのように にんげんたちはやってきます。
そんななかの ふたりが はなしていたことばを。
「おとうさん、おほしさま、きれいだねぇ」
「そうだねぇ・・・なぁぼうや、しってるか?」
こどものにんげんの うっとりしたこえに こたえて。おとうさんのにんげんは つづけました。
『しんだひとはほしになる。すべてのいきもののたましいは そのいのちをおえたあとそらにのぼり ほしになってきらきらかがやきつづけているのだ』と。
それをきいたおじょうちゃんは あまりのしょうげきに しばらく うごくことができませんでした。
しんだら いきものは ほしになる。しんだら しねば あのひとのちかくにいける。
あのひとの そばに ずっといられる。
それは むくわれるみこみのないこいのじごくにおちてくるしんでいたおじょうちゃんにとって てんからもたらされた すくいのくものいとでした。
ただ おじょうちゃんは かしこかったので。ほしは たくさんあること ほしになれたとしても きっと おつきさまのとくべつには なれないということも わかってしまいました。
・・・それは ふもうなこいでした。けしてかなわないと とどかないと さいしょから いたいほどに わかっていました。
けれど それがなんだというのでしょう?
かなわないから とどかないから ふれられないから むくわれないから。そんなりゆうで あきらめられるくらいならば それは こいとよぶにはふさわしくない。
へだたれても きんじられても たとえ きらわれたとしても。それでもすてきることかなわぬほのおのおもいこそを こいと あいとよぶのではないのですか?
ことばどおり ほしのかずほどの うぞうむぞうにすぎないにしても。あのひとのそばにいられる。おなじそらで いまとはくらべものにならない もっとそばで あのひとをみつめてかがやいていられる。
それだけで おじょうちゃんには じゅうぶんでした。まんぞくでした。
だって あいとは そういうものだから。
みかえりをえられないとわかっていても それでも おさえきれず かってにあふれだしみをつきうごかす ほのお。それは いしでとめられるようなものではないのです。
たとえ てんにあがってちかづいたことで またべつのくるしみがまっていようとも。それでも むりょくをなげき うんめいをのろうことしかできないいまより ずっといい。
・・・けれど おじょうちゃんじしんは なっとくしていても。こころがてにはいらないなら こいなど あいなど いみがないと。ひとびとは おじょうちゃんをわらうでしょう おろかだと。
いくらおもおうと つくそうと ふりかえられることはなく かえりみられることもなく そんざいすらにんしきしてもらえないまま。けしてむくわれぬと わかっていて なおあいてにつくすなど なんになる と。
それでも おじょうちゃんは くびをふってひていしました。
にんしきのひつようがないなら ちじょうにいてもおなじ?とんでもない。じぶんよりも かれにちかしいものがいる。こんなにもこがれているじぶんよりも なにもせずともそばによりそえるものがいる。
おじょうちゃんには それが がまんなりませんでした。ゆるせませんでした。
おほしさまも じぶんのことも。いとしいひとを そらに じぶんを ちじょうに。わかちへだてた うんめいそのものも。
じぶんだって じぶんだって。せめて かのじょたちとおなじように かれとおなじばしょにうまれたかった。
いちばんには なれなくとも。じぶんだけをみては もらえなくとも。それでも おほしさまたちとおなじように かれのそばで むねをやくこいのほのおのいろに みをひからせて あいをうたって。そして ほんの ほんのいっしゅんでいい。そのめに じぶんのことも うつしてもらえたならば。たったいちべつ ほかのおほしさまと くべつがつかなくても。そのめにうつしてもらえるかもしれないという きぼうがある。それだけで きっとじぶんはいきていける。
そんなきたいに みをこがして こいこがれて。えいえんに そうしていられたなら どんなにしあわせだろう。
そのねがいが かなうなら。あいしてやまないあのひとに いまよりすこしでもちかづけるなら。からだも いのちも なにもかもいらぬ と。おじょうちゃんは あいのために すべてをすてるけついを して。
ひゅうっととびあがり そして。
どぼん。
おつきさまがうつる かわのみなも。まるで おつきさまに だきしめてもらおうとするかのように。すいげつにむかって とびこんで ふかくふかくふかくもぐって そのまま。
にどと うかびあがってくることは ありませんでした。
おじょうちゃんが しんじ いちるののぞみをかけるにいたった 『しんだいきものは ほしになる』せつ。
それは ただのめいしん。だいじなひとが いなくなっても そのそんざいをそばにかんじていたいというのこされたがわのにんげんたちのおもいがつくりだした げんそう。
しんだいきもののたましいは いちどてんにはのぼるのはほんとうだけれども ほしにかわるなんてことはなく。くものうえで まっていてくれているかみさまにつれられて またあたらしくうまれるためのばしょへ つれていかれるつうかてんにすぎず。おそらにとどまることはできません。
けれど けれど。かみさまは そして おつきさまも。とどかないとしっても むくわれないとわかっていても それでもおつきさまをいちずにあいし そのために いのちまですてたおじょうちゃんのことを ずっとみていました。
からだをぬぎすて てんにのぼった おじょうちゃんのたましいを かみさまは そのままりんねのわにおくることはせずに そっとひろいあげて。そのまま おそらの たかいたかい いちばんたかいところにまで おじょうちゃんをつれていって。
そうして。こいいろにかがやきつづける たましいのひかりをそのままに。おつきさまの そば いちばんいちばん だれよりもちかいところで。すうひゃくまんのほしぼしのなかでも ひときわあかるく かがやくことを ゆるされたのでした。
まいにち まいふん まいびょう。ひたすらに まぢかで いちばんちかくで あふれてやまないあいを おしりだけではなく そのみすべてをつかって つたえつづけて。
「ああ しあわせ だ」
と。ほたるのみでは けっしてみたされることのなかったおもいをだいて はいて。ようやく おじょうちゃんは こころからわらうことができたのでありました。
夜の者 スナコ @SS12064236
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