よくある敵に人質にされる男子小学生。実は異世界を救った元英雄だったりする。

巌本ムン

よくある敵に人質にされる男子小学生。


夜22時頃。

なんとなく眠れなくて僕は、なんとなくコンビニのフライヤ―のチキンが食べたくなった。こうたまにあるんだよね。妙に脂っこいのが食べたくなるヤツ。もちろん小学生の僕はこんな夜中に出歩くなんて出来ないし、許可もされない。でもタイミング良く上の姉ちゃんは酔い潰れて寝ているし、母は夜勤だし、飛鳥も寝てるはず。

まあ寝てなくても部屋から出ることはないし僕の部屋に来ることはない。

なので僕はパジャマから着替えると部屋を出て家を出た。近くのコンビニへ向かう。


へへっ、ちょっとした夜の冒険だ。
















あーなんでこうなったんだろう。


「くっ、卑怯よ! その子を放しなさいっ!」


あー、歴史の授業で習った平安期の服装。確か陰陽師の格好をした艶やかな黒髪のお姉ちゃんが僕を睨む。いや正しくは僕を捕らえている……なんだろう。魔物? いやこの世界に魔物は居ない。それなら、なんだろう。妖怪とか。まあそんなんだろうな。この世界に存在するなんてビックリだ。それは2メートルぐらいあった。一つ目の人型だが胸のあたりから無数の触手を伸ばし、そのひとつが僕を捕らえている。

ここは公園だ。家とコンビニの間にある大きな公園で、普段は人も多く騒がしいが今はとても静かだ。というか22時頃でも車が通ったりするはずなのに静かすぎる。また公園を通る人もいるはずなのに姿が見えない。ああ、たぶんこれ結界とか張ってあるなあ。まあ、ともかく。どうしようか。


『愚かだな。退魔師。ガキひとり。無視することも出来ない。実に愚かだ』


まあ、出来ないよな。陰陽師の格好をした綺麗なお姉ちゃん。退魔師か。

正義の味方だよな。

そりゃあ人質を無視できないよ。それでその人質が僕なんだけど申し訳ない。

おっと怖がらないと不自然だよな。


「お、お姉ちゃんっ」

「……っ! 怪魔めぇ……」


退魔師のお姉ちゃん悔しそうだ。ごめん。それにしても怪魔というのか。その怪魔は僕をもう少し強く締め付ける。


「ぐあぁっっ」


まったく痛くないけど悲鳴をあげてみる。いい演技じゃないか。


「やめなさいっ!」


『やめて欲しいのか。このガキを開放してほしいか。いいだろう』


え? いいの?


「……何を考えているの」


退魔師のお姉ちゃんも怪しむ。怪魔はニヤリと笑った。


『脱げ』


「は?」

「え?」


『聞こえなかったか。退魔師。服を脱げ』


「なっ! そ、そんなの……っ!」


『いいのか。人質がどうなっても』


更に締め付ける。痛くないけど不自然って、さすがにこれはなあ。


「やめてっ! わ、わかったわ。ぬ、脱ぐわよ」


『脱ぎます。だろ』


「は、はい……脱ぎます……」


退魔師のお姉ちゃんは懇願して頬を赤くし、瞳を潤ませた。なんと色っぽい。

それから躊躇いがちに衣装を脱ぎ始める。なんと艶っぽい。

でもね。それはさすがにダメだろう。僕は触手を視線だけで切った。


『ぬうっ? なんだと!?』


僕は落ちる。不自然じゃないように転ぶ。完璧だ。


「え? い、今がチャンス! 怪魔調伏」


ピンク色の下着姿のお姉ちゃんは一枚の大きな札を飛ばして、怪魔に貼り付けた。


『ぬうぅっ』


「滅魔! 急急如律令っっ!」


『ギャアアアアアアアアァァァアアアア!!!!』


お札が光り輝き、怪魔は叫んで消滅した。おお、特撮みたいだ。怪魔が消えるとお姉さんは僕の元に駆け寄る。近くでしゃがむ。うわぁ……退魔師のお姉ちゃん。近くで見るとなんという可憐な美少女。エルフみたいだ。

あとピンクの可愛い下着姿のままだ。


「だいじょうぶ? 怪我はない?」

「は……はい。なんとか」


テレビとかで観るアイドルや女優さんよりも可愛くて綺麗だ。

それに下着姿だから分かったけど、胸……けっこう大きい。ピンクのブラに胸の谷間が見える。着痩せするタイプなのかな。近すぎてドキドキする。彼女はホッとした。


「良かった」

「あの怪物は……」

「あれは夢よ」

「へ?」


彼女はニコッと笑うと僕の額に札を置く。


「睡眠符。安心して怖い夢は消えるわ」


これは、そうか。記憶改ざん系か。あー、確かにこんなのが世の中に居るっていうのは知られたらまずいよね。まあでも、すまない。美少女退魔師。僕、そういうの自動的に無効化しちゃうんだ。まったく効かないんだ。でもそれに気付かれるのはまずいので僕は狸寝入りした。


「ごめんね」


退魔師のお姉ちゃんは小さい声で言った。それから短い悲鳴が聞こえ、布の擦る音がする。どうやら自分の姿に気付いたみたいだ。顔を赤くして衣装を着ると札を出して公園に張ってある結界を解いた。それからもう一枚、札を出して退魔師のお姉ちゃんは自分に貼った。すると衣装が変化して学校の制服になる。なんで制服?


「制服にしかならないの。困るのよね」


ため息交じりに呟く。そういう仕様か。しかもあの制服―――飛鳥と同じだ。

見た目から同い年っぽいな。クラスメイトで友達……はさすがにないよな。

やばい。こっちに来る。彼女は寝たふりの僕の前に来て、ぽつり呟く。


「……どうしよう」


あー、寝ている僕をここに放置するのは出来ないよな。

しかも夜だから近くのベンチに置くとかも無理だ。かといって女子高生が小学生男子を移動させるのも一苦労だ。どこに移動させていいのかも分からない。


「ど、どうしよう」


退魔師のお姉ちゃんはさっきからそれだけを呟いている。

かなり困っている。仕方ない。僕は目を開けた。


「ふあぁっ……よく寝たぁー」

「ええっうそっ、あと数時間は絶対に起きないはずなのに!」


マジか。というかそんなものを僕に貼っていたのかよ。

ま、まあ、起きてしまったものはしょうがない。


「え? あれ、ここは……近くの公園?」

「近くなの?」

「う、うん。近く」


退魔師のお姉ちゃんは安堵した顔だ。僕は立ち上がってお姉ちゃんと別れた。お姉ちゃんは家まで送ろうかと言ってくれたけど、万が一を考えて何かあってこの美少女退魔師に家を知られるのは困る。そして僕は反省する。

夜更かしと無断外出はしちゃダメだ。


それにしても怪魔か。こんなのが居るとはなぁ……ああ、魔物を思い出す。

そして魔物が居た世界を思い出す。


1年前。僕が救った世界のことを思い出してしまう。


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