細蟹姫

「はわぁ…このRYO君ビジュ良すぎ。表情管理完璧過ぎ! 尊すぎる!!」


 興奮のまま、雑誌を天に掲げて拝む。


 ほんのり焼けた健康肌に、チラリと見える腹筋。

 作り込まれた身体とは対照的に、ふんわりとした優しい笑顔に残るあどけなさと緊張感。

 良い。すごく良い。


 ムフフっ。とオタク全開の笑いをこぼしながら、今をときめく高校生モデル【RYO】の特集記事を堪能していると、ふいに私の手から雑誌が取り上げられた。


 雑誌があった場所から、メガネ男子が不服そうに口をすぼめて私を見下ろした。


「アンちゃん、見すぎ。」

「あぁ、その雑誌の発売を昨日から楽しみにしてたのよ!? 今の私の最優先事項なのっ!」

「僕より?」

「そう、リョウ君より。」

「…本人だよ?」

「そーだけど、やっぱりプロのカメラマンさんが出す魅力ってのがあるんだよー。見たい。今すぐ堪能したい。だから、返して。」

「ヤダ。これは僕が帰ってから。今は僕を見てください。」


 自分で言っておきながら「恥ずかしい」と顔を真っ赤に染めてそっぽを向くリョウ君は、幼馴染でもあり、恋人でもあり、有名雑誌のモデル発掘コンテストでグランプリを取って以降、各方で目まぐるしい活躍を見せている時の人【RYO】でもある。


 顔良し、技量良し、頭良し、身体良し、性格良しで業界の有名人に気に入られたとかなんとかで、天下無双状態だと言われる彼は本来、インテリ眼鏡で目立つことの嫌いな陰キャだ。少し前までは色白もやしっ子だった。


 そんな彼が何故モデルなんかやり始めたのかといえば、話は2年前まで遡る。


 あの頃、私はずっと続けていたダンスが伸び悩み、子供の頃から持ち続けていたダンサーになるという夢を諦めかけていた。

 踊っても踊っても満足いく踊りが出来ない私の横を、同期や後輩がすり抜けていくことに耐えられず、心が廃れていた。


「また選抜外れた! 去年入ってきた子に負けた!! もう無理!!! こんなんじゃ絶対ダンスで生きていけない!!!!! もう諦めた方が良いかな…お母さんにも大学受験を勧められた………もう無理なのかも……」


 リョウ君に会うたびに愚痴をこぼした。


「じゃあ僕、これに応募するよ。」


 ずっと黙っていたリョウ君は、ある時唐突に持っていた雑誌を得意げに見せてきた。


「モデル発掘? ガラじゃないでしよ。」

「僕もそう思う。モデルとか絶対に無理。だからさ、うっかり良いトコまでいったら、アンちゃんもダンス続けてよ。有名歌手のワールドツアーのバックダンサーやってるアンちゃん追いかけて、世界旅行するのが僕の夢なんだから。」


 有名歌手のバックダンサーになりたい。

 そんな、自分でさえも忘れかけていた夢を、まだ覚えていてくれたんだなと感心し、心がほっこりした。


「じゃぁ、モデルのリョウ君と私、どっちが先に海外進するか勝負ね!」

「え!? いや、僕は別にモデルになりたいわけでは…」


 励ます為に咄嗟に出した案だったわけだから、本気で応募するつもりは無かったのだろう。リョウ君の顔には既に後悔が表れていた。

 けれど、真面目なリョウ君はその日から徹底して身体を作り込み、コンテスト審査員の趣向を分析し、過去の動向から対策を練り……その結果今では特集記事が組まれる人気モデルだ。


「ど、どうしようアンちゃん…」


 審査が進むたびに、泣きそうな顔でそう言うリョウ君をよしよししながらも、内心そのポテンシャルに恐怖を感じたのは言うまでもない。


 そのおかげもあって、今も私はダンスを続けている。

 一時期あったスランプの様な状態も少し脱して、他者ではなく自分に集中できるようになった。今度、それなりに有名な大会に出る予定だ。


 だけど、どんどん有名になっていくリョウ君を見ていると不安になる。

 雑誌に映る、私の知らないRYOを見れば尚更だ。

 リョウ君の優しさは、格好良さは、私だけが知っていればよかったのに。

 そんな風に思う私を、リョウ君はどう思うのだろうか…。



 ―――



「TUGUMIさんが言うには、私のダンスには華が無いんだって。」


 不安な気持ちを隠すようにベッドにダイブし、両足をバタつかせて布団を蹴る。


「新しい講師だっけ?」

「そう。ねぇ、RYOのキラキラの秘訣を教えてよ。リョウ君はモデルの時何考えてるの?」

「キラキラ…は分からないけど、仕事の時は大体アンちゃんの事考えてるよ。この雑誌の写真撮ってる間もさ、理想の未来を聞かれてて、世界で活躍するアンちゃんの追っかけする事って答えて、スタッフに笑われちゃった。 」


 素直過ぎるだろうこの人。大丈夫かな?

 誰かに騙されたりしないかちょっと心配だ。


「リョウ君って、私の事好き過ぎない?」

「うん。好きだよ。それが僕の全てだもん。」


 当たり前の様にそう言ってリョウ君は、ベッドの端に腰かけて私の頭を撫でる。

 優しい手つきに、切なさが込み上げた。


「私も、リョウ君の事考えて踊ろうかな。 そうだ、そうしよう!」

「ひぇ!?」

「何よ。 リョウ君のキラキラの秘訣が私なら、私のキラキラの元もリョウ君でしょ?」

「恥ずかしい…」


 リョウ君は耳まで真っ赤にして顔をそむけた。そこに、今を時めくスーパーモデルの顔は無い。それが、何だかとても嬉しい。


「はい、これ。今度の大会のチケット。リョウ君の為だけに踊るから、絶対に見に来てね。」

「うん。絶対行く!」

「忙しくない?」

「契約の時に、アンちゃんを最優先にするって言ってあるから大丈夫。」

「わー、ウレシイナ。」


 そういう特別が、当たり前に許される才能が羨ましい。妬ましい。

 この才能に付いて行くのは修羅の道だ。置いて行かれる不安を常に抱きながら、泥臭く喰らい付いて行くしかない。でも……好き。

 だから、努力を続けるしかない。誰にも奪われたくない。



 ――― ねぇアンちゃん。この後ろで踊ってる人すごくカッコいいね。 ―――


 子どもの頃に見た歌番組。

 流行りの曲を歌う歌手と世界的に有名なダンサーとの一夜限りのステージと銘打ったそれを見てリョウ君が言った。

 それが、私がダンスを始めたきっかけ。


(私も存外、リョウ君が好き過ぎるなぁ……)


 いそいそとベッドを転がり、リョウ君の膝に頭をコテンと乗せた。


「リョウ君、好き。」

「僕も好きだよ。」


 曇りのない綺麗な瞳が私を見下ろす。

 そこが地獄であろうとも、この瞳に捕らわれていたい。


 ………頑張るしかない……頑張ろう……


 そっと目を瞑ると自然と落とされたキス。

 ちゅっと小さく立てた音が、胸の痛みを少しだけ和らげていった。

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細蟹姫 @sasaganihime

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