万年床ファンタジー

壱ノ瀬和実

万年床ファンタジー

 私の生き様を一言で表すならば『自堕落』という言葉が適しているだろう。

 自堕落サイドからは、「自分はそこまで落ちぶれてはいない」と抗議の声が上がるのは必定である。それほどまでに私の毎日は、そんじょそこらのダメ人間を片足で踏み潰せてしまうほど堕落を極めたものであり、自堕落さんには荷が重いのかもしれない。

 今日もセミダブルのマットレスに布団を重ね、こここそが私の居場所なのだと胸を張って、愛すべき万年床に寝転がる。

 彼氏は欲しくないけど欲望を満たしてくれる都合の良い男は欲しい、でも身体だけの関係とか絶対嫌だからやっぱり彼氏が欲しい、という実にアンビバレントな願望について無意味に葛藤してみたり、お昼は蕎麦だったから夜はお米が良いと呟きながら腹を掻いてみたり、まあ忙しい毎日である。

 昨日は不倫報道で話題の政治家と一夜を共にしたし、居もしない弟はプロ野球でシーズン最多本塁打の記録を作り、最近出来た架空の妹は紛れもないギフテッドで、姉である私の鼻は天狗が驚いて裸足で逃げ出すほどに長い。

 人生は無限大だ。どこまででも行けるし、どこまで行っても誰に咎められることもない。

 あるときはその名を天下に轟かす名女優。

 あるときは完全無欠のアイドル。

 しかしてその実態は、紛うことなき万年床に巣食う悪魔であった。

 時折、布団の上に立ってみる。四六時中天井を見ているのもなかなかに味わい深いものだが、身体を動かしてみるのも悪くはないだろうと思うところは人並みにあるようで、しかし集合住宅の上階、さほど足音は響かせられまい。となれば私のメインステージは布団の上で、これに勝る運動場は存在しない。

 脳内では完全無欠のアイドルなのだから、それはもう見事に踊れているだろうと自身を持って踊ってみるが、なんの気の迷いかスマホでその様子を撮ってみたらば、もう目も当てられないほど愚鈍なブスがそこにいた。洗面所の鏡に映る自分は天女もかくやと言われるほどの美少女であるが、カメラのレンズを通した途端に化け物である。どちらが真実であるかは判断のしようがないので、都合の良い方を採用したいと思う。

 リズム感もキレもない私に残されたものは何一つなく、動画はすぐにゴミ箱送り。困ったことに私にダンスの才はなく、布団の上というステージでのパフォーマンスは一曲で終わりを告げ、うっすら汗の掻いた身体をまたも万年床の上に転がした。

 何故こうなったのか、私にも分からない。

 人生は無限大だ。想像力さえあれば、それは際限なく広がっていく。

 しかし身体がついてこない。心が追いついてこない。

 私の人生は無限大であったはずだ。

 無限の可能性を秘めていたはずの幼少期の頃の夢が何一つ叶っていないのだから、きっと実現できる夢なんて存在しないのだろうが、それはつまり「現実は厳しい」というだけの話であって、人生の充実度とはイコールではない。

 現に、私はまともに踊れもしない自分に嫌気が差しながらも、それ自体を呪おうとは微塵も思っていなかった。

 今日も今日とて万年床で夢想し、脳内で人生を無双する日々に満足を覚えているのだ。

 それでは金は稼げない。だから日々が充実しているとか、生活に支障はないとか、そのようなことを言うつもりはない。むしろどう生きていくかについては考えねばならないと思っている。

 しかしそれも、私にとっては過ぎた夢なのだ。

 ダンスで踊り狂うことも、天下無双の強者になることも、この世界で真人間として生きていくことも全て同じ。

 天井を見上げることしか才のない私は無能を極めた凡人未満の人間であって、妄想力には定評があるが、それだって非凡であるとは言い難く、飯の種にはなりはしない。

 ただ自分の人生が明るく開けていく未来だけを、今の自分では絶対に叶えられない希望に満ちた未来を夢想するのだ。

 現実でどうにもならない私にとって、唯一の希望。

 遮光カーテンで閉ざされた部屋にも光が差し込むことはある。

 ときどき思う。どうにかならなかったのだろうかと。

 過去を振り返り、ifの人生を想像する。

 あのときこうしていたら、あのとき逃げなければ、あのとき迷わなければ。

 そんなことを思いながらも、私は過去に後悔を抱いたりしていない。過去に違う選択をしていても、行き着く先はきっと今とそう変わらなかっただろうと思うからだ。私に起こるバタフライエフェクトは辿るルートに差異が見られるだけの非常に小さなものに違いない。Ifであっても私なのだ。私が変わらないのだから結論も同じになる。希望がないのに何を後悔することがあるというのか。全ての人生はこの布団の上に帰結する。

 朝の八時になった。

 そろそろ眠りにつこうと思う。

 多分夕方頃に起きるだろうから、太陽が昇っている時間帯はほとんどが夢の中。

 これでいい。これしかない。

 明日も明後日もこうやって生きていく。楽しいではないか。死の先に妄想の余地はないのだ。

 無限の妄想も生きてこそ。

 生きてさえいれば万年床でも構わない。

 無限に広がる世界の中で、私は再び、生きるのだ。

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万年床ファンタジー 壱ノ瀬和実 @nagomi-jam

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