カフェ『ふりーどりひ』第五講

あんどこいぢ

カフェ『ふりーどりひ』第五講

英正大学文学部英米文学科院生、堂坂美弥のその声には、多少の、いやかなりの怒気が含まれていた。


「あれでなんにもないなんてあり得ないですよ。あのひとたちのキッツい香水がムンムンしてて、二人ともピッチピチのタンクトップで、それでオリガさんなんか胸の辺りパッツンパッツンで──」


東京の一隅、多摩の山々を削って造った人口の台地にビルディング群がひしめき合っている感じの新興私大の郊外キャンパス──。その麓の街道端にひっそり佇むカフェ『ふりーどりひ』の店内だった。カウンター席で息巻いている美弥の顔を塩顔美人のママ? マスター? 綿貫志麻のフニフニした笑顔が包み込む。


近頃この店の定番となってしまった光景である。美弥が続ける。


「二人とも要は日本のサブカル研究がテーマで、それでオタクの飯島さんに解説してもらいながら宇宙刑事シリーズ全作完走するって話だったけど、いつの間にか戦隊シリーズのほうまで観てるし──」

「戦隊シリーズのほうまで観てるって、それって何か問題あるの? オリガさんは確かメタルヒーロー・シリーズを分析、批評するっていってたけど、そういうことなら戦隊だって、ライダーだって、その頃再開した『ティガ』なんかの平成ウルトラマン・シリーズだって、一応観ておいたほうがいいんじゃないの?」

「それじゃいつまで経っても終わらないじゃないですか。飯島さん、テレ東でも何か始まってたなんていっちゃってて、結局あのひとたちとずっ・・と一緒にいたいってことなんですかね?」

「それはそうなのかもしれなけど……」


(美弥ちゃんが怒るのもなんかヘンかな?)


と続く科白を、志麻は飲み込んだ。


天下無双──。


最近何かと叩かれ捲っているヲタク文化だったが、美弥が問題にしている飯島という男は、文系新興学部、学科で左記文化のガイド的役割りを果たすことで糊口をしのいで・・・・いる男だった。もう少しマニアックなヲタクたちからは“あいつのオタク知識なんて大したことないよ”などと嗤われているのだが、そういったマニアックなひとたちのためにヲタク的コンテンツがハイカルチャー化、聖典キャノン化してしまったことが逆に彼を浮上させた原因で、要するに彼は、ノーマルなひとたちから観て、二流、三流、あるいは四流、五流なのかもしれないが“怖くない”ヲタクなのだった。


それゆえなんとなくヲタク文化に惹かれ表象文化学科、映像表現学科などにやっててきたといったユルい層への受けがよく、またうろ・・覚えながら確かにレアな知識も持っていたりするうえ、さらにそういった断片的知識を繋げていく過程が知的探求にもなっていて、意外とマトモに学生たちを指導している、といった結果にもなっているのだった。


また最後まで彼とつき合った学生たちの感想として、共同作業感がハンパでなかった、というのがあった。


そしてそういったコンテクストの果てに女子学生摘まみ喰い、などといった黒い噂が囁かれるようになり現在に至っているのである。とはいえそれは、飽くまで噂に過ぎないものだったのだが……。


しかし美弥はそんな噂に流され、かつまた呑み込まれてしまっているのだった。


「あの二人、今度はダンスかなんか始めるらしいんですよ」

「ああそれ私も、彼女たちから直接聴いた。子供の頃オリガさん、空手やりたかったらしいんだけど、どうやら女の子らしくないってお父さんに止められちゃったらしくて……。ダンスならいいだろうっていわれてそれでも体幹なんかは鍛えられるだろうからって、そういった理由で彼女も受け入れ……。確かに『巨獣特捜ジャスピオン』ごっこの延長線上の話で、その頃はアクション俳優かなんかになるんじゃなく本当にジャスピオンになるつもりだったんだって……。エマさんのほうも似たような理由で……。もっとも彼女のほうは自分の意志で偽装して、最初っから両親にダンス習いたいっていったんだって……。で、彼の部屋で特撮ヒーローもの観てて子供の頃の熱がぶり返しちゃったみたいな感じで……。そんな風にあの二人、ホントにそういったコンテンツが好きなだけなんだから、美弥ちゃんが心配してるようなことにはならないんじゃないかなって思うんだけど……」

「私は何も、心配なんか──」


このカフェ『ふりーどりひ』の二階部分は三部屋のアパートになっていて、その角部屋に問題の彼、“飯島さん”は住んでいるのだった。


そこに泊まり込んで東映メタルヒーロー・シリーズの一気観を敢行している二人の留学生──。オリガ・ハバロワ──。エマ・ブラント──。


オリガはロシアからの留学生で関東圏の某国立大に籍があり、研究対象こそ“日本の青年文化”だったが表象文化学科、映像表現学科といった諸学科よりは歴史も蓄積もある比較文化学科辺りの教授の指導を受けているようだ。もっとも春からはこちらに根を張ってしまった状態なのだが……。上背があり頭身も当然日本人離れしていて、如何いかにも白人といった美人だった。ただ本人はくすんだブラウンの髪、瞳をちょっと気にしているようだったが……。


他ほうエマは妖精を思わせる美人で……。湖水色の瞳をしていて、髪もまばゆいプラチナブロンド──。肌もまさに抜けるように白く微かに血の色を滲ませているのだった。とはいえあとになって判明したことだが彼女も“お隣り”の城東大学の院生で、やはり日本のアニメなどを幅広く研究しているのだという。しかし飯島と会いケルト系ファンタジーの話題などで盛りあがったあとは、“バブル期前後の日本アニメ、特撮におけるアニミズム表象”などといった辺りで取り敢えず修論を書いてみるつもりなのだそうだ。


オリガが飯島と一緒に観ていたメタルヒーロー・シリーズから一旦スーパー戦隊シリーズへと脱線したのは、『高速戦隊ターボレンジャー』に実際ピクシー風の妖精キャラクターが登場していたからで、さらに『忍者戦隊カクレンジャー』の妖怪、『百獣戦隊ガオレンジャー』のオルグなどがそういったテーマに合っているだろうという話し合いの結果だった。オリガもいずれは戦隊のほうも観ようと考えていたらしい。


そうした経緯はエナジードリンク代わりのエスプレッソを飲むため店に降りてくる二人が語ったことなのだが、ここ数日、美弥もまた問題の特撮マラソンに合流していて、そして……。


「お布団だって一組しか敷いてないんですよ。しかも敷きっ放し──。もう体力が続かないのか飯島さん、PCモニター観ないで寝てることが多いんですけど、でもあの二人だって一時間ぐらい休もうなんていって三人折り重なって寝ちゃったりするんですよ。あの感覚、絶対おかしいですよ」


今日は美弥はいつもより早めに、彼女たち二人の香水、さらに何より熱気にてられこの店に逃れてきたといったところなのだが、やはりどこかに“負けたな”といった感覚があるようすだった。

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