終末世界を貴方と一緒に~異星人の残したものは大量の化物と化物のような能力でした~

月輪林檎

第1話 出会いと懐き

 世界は滅びを迎え掛けた。

 その原因は、異星人の襲来。突如宇宙から来た生物が、地球に向かって攻撃を仕掛けて来たからだ。それらに対して、世界の全ての国が協力して反撃した。宇宙人の猛攻に対して、地球側も負けずの反撃。そんな戦争は四年続き、どんどんと世界は疲弊していったが、最終的には異星人の母船を撤退させる事に成功した。

 人類は、元の平和が戻るのだと歓喜した。だが、そんな人類に新たなる危機が訪れる。それは、異星人が残した残り火とも言えるもの。異星からもたらされた病原体だった。

 この病原体に致死性はない。だが、生物を変貌させるという恐ろしい特徴を持っていた。変貌した生物は元の姿をある程度残しているものが多く、基本的に化物と呼べる容姿をしていた。加えて、自分達以外の生物を襲うという凶暴性を持ち合わせている。異星人の襲来で疲弊していた人類は、変異体と呼ばれるこの化物達によって、どんどんと消耗させられていった。

 病原体の唯一の弱点は水中。なので、海や川の中にいる生物は基本的に変異体にはならない。

 そんな変異体から身を守るために、一部の都市にシェルターと呼ばれる避難所を作り出した。変異体にならない魚などを獲れるようにシェルターは、海の近くに作られている。この結果、首都などの大都市や山沿いの田舎などは放棄する事になった。

 ただ、病原体によって変異体にならなかった者もいた。適合者と呼ばれるその者達は、病原体によって身体の造りなどを変えられ、特殊な力を得た。超能力とも呼ばれるその力は、人類とっての希望であり、最後の砦とも呼べるものになっていった。

 その適合者には、大人は少なく、ほとんどが子供だった。政府は、子供達を集めて適合者を作り出し、国を取り戻そうと躍起になる。

 適合者達を戦闘出来るように訓練する育成機関を学校と呼ぶことにして、沢山の子供収容していった。


────────────────────


 廃都市となった東京。そこを走り続ける一人の少女がいた。黒く長い髪に月を思わせるような仄かに黄色い瞳を持つ少女は、如月海月きさらぎ みつき。学校に通う適合者の一人だ。

 海月は、肩にショットガンを掛けたまま走り続けている。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息を切らしながら走る海月は、時折背後を確認する。そこには、身体が全体的に膨れ上がり、あちこちから触手を生やした人型の変異体が走ってきていた。


『ア~……ア~……』


 変異体は、呻き声を上げながら海月を追ってきている。


(怖い……怖いよ……)


 海月は涙を滲ませながらも走り続ける。だが、十分以上全力で走っていたため、道に出来た亀裂に足が引っかかり転んでしまった。


「うぅ……」


 足音は止まらずに海月に向かってきている。恐怖に駆られた海月は、半狂乱になりながら適合者に向かって発砲した。


「あああああああああ!!」


 ショットガンを受けた変異体は、後ろに向かって蹌踉めくが、それだけで倒れない。海月に向かってぶよぶよな手と触手を伸ばしてくる。


『ア~……ア~……』

「嫌……助けて!!」


 そんな海月の言葉に応えるように、人影が飛んできて、変異体の頭をメイスで殴り飛ばした。頭がなくなった変異体は、五秒程手と触手をあらぬ方向に伸ばしてから倒れた。

 変異体を吹き飛ばしたのは、白いショートボブの髪をした少女だった。夜空を思わせるような紫みを帯びた黒の瞳の中に星のような小さな粒が明滅している。

 そんな少女はショットガンを構えたまま固まっている海月に向かって小首を傾げていた。


「頭を吹き飛ばさないと駄目だよ?」


 少女は、海月が変異体の頭を攻撃していなかった事に疑問を覚えていた。


「あっ……えっと……」


 突然の事に海月は返事をする事が出来ない。少女は、そんな海月の目の前に手を出して振る。


「大丈夫?」

「あ、うん……」

「なら良かった。綺麗な瞳だね」


 少女は海月の瞳をジッと見て、楽しそうに笑う。その笑顔を見て、海月は思わず赤面していた。そんな海月を放っておいて、少女は歩き始める。


「それじゃあ、またね!」


 少女はそう言うと、猛スピードで駆け出していった。海月はそのまま見送る事しか出来なかった。


「あはは……あんな子までいるんだ……私には無理だよ……」


 海月はショットガンを握りしめたまま座り込んでいた。いともあっさり変異体を倒した少女と何も出来ない自分。同じ適合者なのに、大きな違いがある。その明確な差を感じて打ちひしがれていた。


────────────────────


 シェルター外における戦闘訓練を終えて、他の適合者達と一緒に海月はシェルター内の学校に戻ってきていた。ショットガンを学校に預けて、寮の自室へと戻ってくる。基本的にはルームメイトが一人いるものだが、海月は長らく一人で部屋を使っていた。同室となる生徒がいないからだ。

 海月は、ベッドに飛び込みたい欲を抑えて、着替えを用意し、共用風呂へと向かう。シャワールームで頭を洗っていると、背後から視線を感じた。何も無いのに感じるようなものではなく、本当に背後から見られているような感覚だった。


(えっ? 何? 怖い……)


 さすがに女子と男子で浴室は分かれているので、確実に男子ではない。なので、こうして覗いてきているのは女子という事になる。そこまで社交的ではない海月に、お遊びで覗くような友達はいない。それが故に、海月は怖いという風に感じていた。

 手早く髪を洗って恐る恐る背後を振り向くと、そこにはシャワールームを覗きこむ少女の姿があった。その少女には、海月も見覚えがあった。そして、それは少女からも同じだった。


「あっ! やっぱりあの時の!」


 タオルを持った少女は、平然と海月が入っているシャワールームに入ってきた。少女は、じーっと海月の目を見てくる。


(小さい……)


 海月は高身長で、少女の頭は胸の辺りにあった。あれだけの強さを持っているので、もう少し大きいのかと思っていた海月は、少し驚いていた。そして、ジッと見てくる少女に戸惑いもあった。


「え、えっと……」

「やっぱり綺麗だね!」


 朗らかに笑って少女が言う。少女は、海月の瞳を気に入っていた。そんな少女の瞳を海月もジッと見る事になる。


「あなたもね」


 これはお世辞では無く、本心から出た言葉だった。少女の夜空を思わせる瞳は、吸い込まれていきそうな魅力があったからだ。


「ありがとう! 私、大空小夜おおぞら さよ!」

「あ、如月海月」

「海月……海月ね。じゃあ、海月、洗って!」

「へ? あ、うん」


 小夜は、シャワールームの中で立って待つ。そうされてしまうと、海月も断りづらく了承してしまう。シャワーを頭から掛けて、備え付けのシャンプーで洗っていく。現れている小夜は楽しそうに揺れていた。


(私より年下だよね……こんな小さな子が、あんな強さを……)


 適合者という存在の歪さを海月は実感していた。まだ幼い子供が、化物と戦うような時代。自分も渦中にいる人間だが、自分にはそこまでの強さはない。だからこそ、小夜という存在を知って、より強くそう思ったのだ。

 シャンプーを洗い流した後、小夜は犬のように身体を振って水気を飛ばしていた。


「ちょっ!? 犬じゃないんだから!」

「むぅ……」


 頬を膨らませる小夜は、ジッと海月の胸を見る。十六歳である海月の胸は、そこそこ大きい。同年代の適合者達と比べても大きいので、海月としては、あまり好きではなかった。


「ど、どうしたの?」

「う~ん……ううん。怒られるからやめとく」

「?」


 どういう事なのか全く分からず、困惑する海月を余所に小夜は、海月を見ながら待っていた。


「えっと、身体も?」

「うん」


 無垢な表情でそう言う小夜に、海月は苦笑する。


(普段はどうしてるんだろう……)


 純粋な疑問を覚えながら、ボディタオルで泡立てて優しく小夜を洗っていく。その中で、海月の身体が小夜に触れると、小夜は海月に寄り添うように近づいてくる。多少洗いにくいが何とも言いづらいので、海月はそのまま洗い続けた。

 洗い終えた後は、シャワーで泡を流していく。


「背中流してあげる!」

「え? うん。ありがとう」


 小夜は、海月がしていたように優しく背中を洗っていった。背中を洗い終えた後は、ボディタオルを海月に渡した。


「ありがとう、小夜ちゃん」

「うん」


 海月が身体を洗っていると、小夜は傍で立って待っていた。


「湯船に行っても大丈夫だよ?」

「ううん。海月と行く」

「そう?」


 小夜が待っているので、海月は手早く身体を洗っていく。


(何か、凄い懐かれちゃった。何でだろう?)


 小夜が自分に懐いている理由が分からず、少し困惑していた。そんな海月は、身体を洗い終えて、タオルを使って髪を纏める。それを見た小夜が自分のタオルで真似しようとするが、上手く纏められていない。

 海月は小夜からタオルを貰って、同じように纏めてあげた。


「お揃いだね!」

「ん? うん。そうだね。それじゃあ、湯船に行こうか」

「うん」


 海月は小夜を連れて湯船へと向かう。共用風呂なので銭湯のような広さがある。二人で並んで湯に浸かると、小夜は海月に寄り掛かった。


「小夜ちゃん、私達前に会った事ある?」


 小夜の懐き方が凄いので、海月は失礼を承知でそう訊いていた。


「ん? 今日外で会ったよ?」

「あ、うん。そうだね。でも、それより前は?」


 確かに戦闘訓練で外に出ていた時に会ってはいる。だが、訊いているのはその前の事だったので、改めて聞き直した。


「う~ん……分かんない」

「そっか」


 結局接点は見つけられなかったが、海月は、小夜に懐かれている事を嫌だとは感じていなかった。なので、このままでも特に問題はないと考えて、そのまま過ごしていった。

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