第19話 陸戦艇グランフォート
新たな名前を得た「ヴァンガード」は、旧アジトのデータを完全に消去し、車両に分乗して撤収を開始した。
車列はパリ郊外の闇を走り抜け、セーヌ川岸に広がる放棄された工業地帯へと滑り込む。 錆びついたクレーンが墓標のように並び、川面から立ち込める濃霧が視界を乳白色に塗りつぶしていた。
合流地点と思われる広大なコンテナヤードに到着したが、そこに「船」らしき影はない。あるのは、霧に煙る巨大な倉庫や工場のシルエットだけだ。
“准将”が車を降り、懐の端末で短い暗号信号を送った。
ブゥゥゥゥン……。
突如、腹の底を振動させる重低音が響き渡った。 同時に、目の前の「景色」が動いた。 ケイとフランクは、我が目を疑った。彼らが「背景の工場」だと思っていた巨大な影が、輪郭を震わせ、霧を払って浮上したのだ。
それは、全長200メートルに達しようかという、超巨大な陸戦ホバークラフトだった。 視界を埋め尽くすマットグレーの複合装甲は、濃霧とコンクリートの景色に完璧に溶け込んでいたのだ。 艦橋を頂くその姿は、まさしく鋼鉄の城塞(グランフォート)。 船底部では、ホバースカートに代わる最新鋭の浮遊システム——マグネティック・ドライブが唸りを上げ、数万トンの巨体を地上数メートルに維持している。 甲板には、格納状態でも視認できる対空砲塔(CIWS)やVLS(垂直発射システム)のハッチが整然と並び、その威容は小型の航空母艦そのものだった。
「……でけえ……」 フランクが口を開けたまま呟く。 圧倒的な質量感。これが、これからの自分たちの「城」になるのか。
車両ごとグランフォートの広大なウェル・ドックへと収容された。 ケイたちが車を降りると、そこには准将と共に、凛とした空気を纏う女性士官と、アジトから同行してきた白衣姿のスナンが待っていた。
「皆、よく来てくれた」“准将”が頷き、女性を紹介した。
「彼女が、本艦の操舵と運航管理を担当する、オリビア・グリフィン大尉だ」 「ようこそ、グランフォートへ。「彼女が、本艦の操舵と運航管理を担当する、オリビア・グリフィン大尉だ」
「ようこそ、グランフォートへ。准将。……そして、あなたがユウキ・ケイ君ね。話は聞いているわ」 オリビアは流れるような所作で敬礼すると、ケイを鋭く一瞥した。 そのアイスブルーの瞳には、新たなエースパイロットを値踏みするような、厳しくも冷静な光が宿っている。
「やあ、ケイ君、フランク君。無事に着いたようだね。エミリちゃんも、船酔いは大丈夫かい? ……もっとも、この船は波の上を滑るからほとんど揺れないがね」 スナンは、変わらない穏やかな笑みで声をかけた。
その和やかな空気を、緊迫した叫び声が引き裂いた。
「急げ! ルート確保! 先生、ガイ少尉のバイタルが低下しています!」
奥の通路から、ストレッチャーを押す医療班が駆け抜けていく。治療カプセルの中では、保護されたパイロット——ガイが、苦しげに酸素マスクの中で喘いでいた。
「チッ、容態が急変したか!」 スナンの表情が一瞬で医師のものに変わり、医療班と共に通路の奥へと消えていく。 その光景を、オリビアの目が痛ましげに追っていた。彼女の鉄仮面のような冷静さが一瞬だけ崩れ、深い悲しみと憂いの色が浮かぶのを、ケイは見逃さなかった。
そしてもう1人。
ハンガーの隅で、搬入されたばかりのイカロスの周りをうろつき、診断ツール片手に舌打ちを繰り返している無愛想な男がいた。
「チーフメカニックの、リアム・カルバートだ」
彼は“准将”に短く会釈しただけで、すぐにイカロスへと視線を戻した。 リアムは、装甲に刻まれた複数の弾痕、無数の傷や歪んだ装甲を忌々しげに指でなぞり、吐き捨てるように言った。
「ひどい有様だ。ド素人が滅茶苦茶に乗り回したせいで、フレームが悲鳴を上げてやがる」
その言葉に、イカロスの開発者であるリースの眉がピクリと跳ねた。「……緊急事態だったのです。生存を最優先した結果です」
「あんたが開発主任のリースさんかい。話は聞いてるぜ。その若さでイカロスを創り上げた天才様だとな」
リアムは油汚れのついたウエスで手を拭いながら、皮肉げに笑った。
「だがな、お嬢ちゃん。CADの上の理屈と、油と鉄屑にまみれた現場は別物だ。ほんの僅かな金属疲労、マニュアルにないビス1本の緩み、それが戦場では命取りになる。ここは俺のやり方でやらせてもらうぜ」
叩き上げの整備士からの、強烈な洗礼。リースの表情が強張る。年嵩の技術者から同じような洗礼を受けるのは、これが初めてではない。 彼女はプロとして感情を抑え、毅然と視線を返した。
「ええ、お任せします。……ですが、イカロスは私の子供も同然です。丁重に扱ってくださる限り、文句はありません」
リアムはフンと鼻を鳴らした。
「ま、こいつがどれほどの代物か、この手でバラして確かめさせてもらうさ。開発者さん、あんたから見て『ここだけは触るな』ってブラックボックスがあるなら、後で教えといてくれ」
「……分かったわ」
リースは短く答えた。2人の間に、技術者同士の火花散る緊張感と、それにも似た奇妙な敬意が芽生えようとしていた。
“准将”は、その様子を満足げに見ていた。
「リアム、整備のことは一任する。リース君、奴とは古い付き合いでね、口は悪いが腕は確かだ。こき使ってやってくれ」 そして、“准将”はハンガーに集まったケイ、フランク、トニー、サラを見渡し、厳かに告げた。
「さて。役者は揃った。本艦の主力となる、NF小隊の話をしようか」
その言葉は、彼らが「チーム」から「部隊」へと生まれ変わることを予感させるものだった。
***
鋼鉄の城塞で待っていたのは、新たな力。 准将が示したのは、連邦軍の最新鋭機『グリズリー』。 重装甲の盾と、空を駆ける白き翼。 異なる二つの剣(つるぎ)を携え、若者たちは再び一つになる。
次回、『小隊結成』。 伝説の「ファントム」が、戦場に蘇る。
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