第1話
柔らかな風が吹き抜け、淡い桜の花びらが舞い散る四月の午後。
西島透華は、その日、自分が恋に落ちたことを静かに悟った。
高校へ通うようになって、もう一ヶ月が経つ。新しい環境に戸惑っていた日々は過ぎ去り、少しずつ馴染み始めた頃だった。クラスメイトの名前も覚え、決まりきった朝の挨拶が交わされるようになった。
そんな中、透華は生徒会からの勧誘を受け、書記として活動することになった。
そして迎えた放課後——透華は、初めて生徒会室の扉を叩いた。
深呼吸をひとつ。
扉を開けると、そこには生徒会の面々つまり先輩達がいた。
窓から差し込む春の陽光が、室内を優しく照らしている。ふわりとカーテンが揺れ、心地よい風が入り込んでいた。
「書記の西島透華です。お力添えになれるよう努め——」
「えー、堅すぎるよ! もっと砕けた感じでいこーよ!」
透華の言葉を遮るように、弾むような声が響いた。
明るい笑顔を浮かべる少女——宮永もも。ひとつ上の学年で、生徒会副会長を務めるらしい。透華が言葉を選んでいる間に、ころころと表情を変え、まるで春風のようにその場の空気を軽やかにしていた。
「もも。顔合わせなのだから、今くらいは大人しくしてちょうだい」
落ち着いた声音が場を制する。
その声の主を目にした瞬間——透華の鼓動が、ひとつ強く跳ねた。
鬼龍院澪。
端整な顔立ち。すらりとした立ち姿。物腰は柔らかいのに、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。
透華は、自分の容姿にある程度の自信を持っていた。それでも、彼女の前では妙に小さく感じてしまう。
「ごめんなさいね、西島さん。続きをお願いしてもいいかしら」
そう言って微笑む澪の表情に、一瞬、意識を奪われる。
「あ、はい……よろしくお願いします」
言葉が遅れて口をついて出た。
自己紹介が終わり、役員たちの紹介が続く。その間も透華は、澪の姿を目の端で何度も追ってしまう自分に気づいていた。
やがて顔合わせが終わり、それぞれが帰路につく時間になった。
透華も席を立ち、生徒会室を後にしようとしたが——
窓のそばで、澪が静かに外を見つめていた。
遠くの景色を眺める横顔は、どこか物憂げで、淡い光に包まれているようだった。
(あの人が……生徒会長……)
ふと、胸の奥がざわめいた。
そして、その感覚と共に——
透華の記憶の奥底に沈んでいた、ある風景がゆっくりと浮かび上がる。
まだ春の訪れが遠かった、あの寒い夕暮れ。
階段の踊り場の影で——
「あの、大丈夫ですか?」
透華は、あの日、あの場所で、彼女に出会っていた。
少女は春 @Siaru-
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