これってアリですか?

@MSTMOON

第1話

7:20。

チラッと壁の時計を見てから、いつもの流れで棚を確認する。


ミントタブレット。

常温の水。

ペットボトルのブラックコーヒー。

カカオ72%のチョコレート。


そうだ、今日は月曜日だから

7枚入りのマスクも。

ベージュカラーは・・・あるある。よし。



商品在庫を目視で確認してから

レジの定位置に戻った。




7:25。

ドアオープンのチャイムと同時に入ってきたのは

スラリとした長身のお客様。

今日もパンツスーツが素敵だな~・・・



少し気温が高くなってきたからか

いつもハイネックだったインナーが

今日はスクエアネックのカットソーに変わっていた。



なんて美しい鎖骨。芸術品なのかな??

そんなことを思いながら、吸い込まれるように彼女を見ている間に

レジに別のお客様が並んでいたようだ。

「あの・・・」と声をかけられて、慌てて我に返る。



そう。誰にも言えないけれど

私はこの女性に恋をしている。



恋という表現が正しいのかは、わからない。

誰にも相談したことがないし

過去に一度も彼氏(ましてや彼女なんて!)がいたこともない。



それでも、今の私は

彼女のことを考えない日はないし

想像するだけで胸がドキドキするし

会えばその姿に吸い込まれてしまうのだ。



私の人生において、彼女は

いわゆる【最推し】という存在だと思う。

一方的に興味を持ち、勝手に彼女という沼に落ち、

気付いたら底なし沼にズブズブと沈んでいて


今も現在進行形で、沈み続けている。

現代の底なし沼だ。


彼女にとっては、毎日立ち寄るコンビニの店員、ただそれだけの私だけど

私にとっての彼女は「この世で一番好きな人」

立派な一方通行だが、この感情はきっと「恋」なのだと確信している。



いつも通りの順番で商品を手に取り

彼女がレジに近付いてきた。


2つあるレジのどちらに来るか、、

これはもうその時のタイミングで。


ごく自然に、彼女が私の立っているレジを選ぶように仕向けるのは

なかなか難しいことなのだが

平日毎日、そのミッションをこなしていると、だんだん慣れてきて

今では8割以上の確率で

私が彼女のレジを担当できるようになった。

(よくやった、自分!!)



「ホットコーヒーのレギュラーを」


アルトが私の耳をくすぐる。


「かしこまりました」


レギュラーサイズのカップを渡しながら

今日は少しお疲れなのかな??と心配になって

ちらりと顔色を窺ってみたり




いや、もう、、これって危ない人だよね、、

自分の行動を戒めつつ

手早くレジを済ませる。


支払いはいつも電子決済。

レジ袋は無し。


「ありがとうございました」

の声に、いつも軽く会釈を返してくれる。

嬉しいのは、ちゃんと目を合わせてくれることで

気のせいか、最近その目の色にちょっと親しみがこもってきたように思うのだ。



片思いの勝手な妄想あるある、である。。




彼女の名前は、上条礼さん。

たまに公共料金の支払いをコンビニでしているので

名前を覚えているのだ。



ちなみに

こちらから名前を見た、のではなく

作業をしていて見えてしまった、のだ。

見た、と見えてしまった、では大違いなので

誤解のないように大声で伝えておきたい。




お顔にぴったりの綺麗なお名前・・・

上条、って絶対にお金持ちのお家だよね、、

なんの根拠もないのだが、私にはそう感じられたのだ。



それは私が、いわゆる「貧しい」家庭に育った故の

勝手な偏見のようなものかもしれない。




20歳で一人暮らし。

早朝コンビニでバイトをしてから、専門学校に行き

学校が終わった後は居酒屋でバイトをして

深夜に帰って、また早朝から働く。

そんな生活を高校卒業以来、ずっと続けている。


趣味や友達との遊びは全くと言っていいくらい、していない。

外食も全くしないし、バイトと学校、それだけしかない生活だ。

なぜかというと、そうしないと生活ができないから。



物心ついた時から施設で育ち、高校卒業と同時に施設を出てからは

ずっと一人で生きてきた。

必死にバイトをしなければ、学費も生活費も捻出できない。

将来的にどうなるか、なんて考える余裕もなくて

正直なところ、毎日をどう生きるか?それだけで精いっぱいなのだ。



そんな私にとって、上条礼さんは

憧れで、絶対に手の届かない存在である。

いつもパンツスーツを素敵に着こなして・・・

スーツの仕立ての良さは、そういったことに超疎い私が見ても

「これ絶対に高いやつ」とわかるようなお品なのだ。


カバンも、アクセサリーも、ブランドロゴこそ出ていないけれど

きっと高級なものだと思う。


朝のコンビニは、みんな急いでいて

機嫌が悪いお客様も多いのだが

彼女はいつだって無駄のない所作で朝からとてもクール。

なのに爽やかでどこか品があって。

バタバタと時間が流れる店内で

彼女の周りだけは「優雅オーラ」に包まれているようにすら感じる。



話したり、身につけているものをひけらかさなくても

育ちの良さがにじみ出ているような

私とは対極に存在する人だと思う。



「憧れが度を越えると、恋愛に発展するんだね・・・」

わかったようなわかっていないようなことを独り呟きながら

今日も美しい上条さんを見送り、はーっとため息をついた。



お仕事は何をしているんだろう。

どうやって通勤しているのかな。車かな。電車かな。

今日は可愛いパッケージのチョコレートを3つも買っていたから

誰かにあげるのかな?ランチの時にわけるのかも。

ランチは何を食べるのかな。

お弁当とかは作らなさそうだけど、、

もしかしたら、意外とお料理上手だったりして。



妄想劇場が止まらない。

こんな時、普通の20歳なら

「ねぇ、聞いて~。好きな人がいるんだけど、、」

なんて、恋バナを咲かせたりするのかもしれないけれど

そんな友達もいなければ

ましてや対象が女性だなんて、、

誰にも言えるはずがない。



せめてもの慰めに

上条さんと同じマスクを、同じ月曜日に買うのが、私の習慣だ。

節約一辺倒の私には、コンビニのおしゃれマスクは贅沢品だけど

せめて、それくらいは。

(勝手に)お揃いにさせてもらってもいいよね??と納得しているのだ。




そろそろ8:50。

今日も学校までダッシュして

終わったら居酒屋までダッシュして


いつもと同じ一日が終わる・・・、はずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

これってアリですか? @MSTMOON

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ