恋する乙女

もう桜は散り、青々とし始めた5月下旬。咲芽は両手で顎を支えて目を瞑っていた。

咲芽は恋をしていた。

相手はファミレスの店員。唯斗のことである。

(イケメンだし、気さくそうだし、しかも飲食店で働いてるって!真由美先輩が酔っちゃったときも介抱してあげてたし...。はーかっこいいよー!)

咲芽の頭の上に何かが乗った。

「あうっ」

陽子がファイルを咲芽の頭に乗せていた。

「ぼーっとしてないで仕事しろー?」

咲芽は少しムッとしたが、パソコンに向き直った。


昼休憩。咲芽は弁当を持ってこず、ファミレスに行った。もちろん、唯斗に会うためだ。

2人分のイスがある席に1人で座った。タブレットで和食セットを頼んだ。

和食セットを運んできたのは唯斗だった。

「あ、今日も来てくれたんですね。」

「あ、はい!唯斗さんに会いたくて!」

「ふふっ、ありがとうございます」

机に和食セットを置くと、「ではごゆっくり」といい、裏に行った。

(あ〜〜!!認知してもらえてる〜!嬉しすぎる。てか唯斗さんに会いたくてって言っちゃった。引かれてないかな?...LINE交換してもらえないかな?)

手短に和食セットを平らげると、会計をした。セルフレジなので店員は出てこない。

ウキウキで会社に戻った。これから毎日ファミレスにしようと心に決めた。


次の日もファミレスに行った。今日は洋食Aセットにした。でも唯斗は出てこなかった。食べ終わった皿を片付けにきた店員にたまらず聞いてみた。

「あのっ、今日、唯斗さんっていますか...!」

「唯斗さん...。ああ、犬山さんのことですか。今日はお休みですよ。本職の方が忙しいみたいって店長が言ってました。」

「本職...。それって何してるか分かりますか?」

「さあ、そこまでは分からないですね。すみません、もういいですか。」

「あっ、すみません。」

店員は皿を下げていった。

(本職...か。てか今犬山っていった?鷹田じゃないの?...もしかして結婚してるとか?いやいや、そんなわけ...。...帰ったら真由美先輩に聞いてみよ)

会社に戻り、真由美に聞いてみた。

「えっ...と。腹違いで生まれてきたから、苗字が違うんだ。あんまりこういう話はしたくないんだけど...。」

「あっ、すみません本当に。あと、唯斗さんの本職って分かります?」

真由美は一瞬悩むような顔をしたが、首を振った。

「そうですか...。ありがとうございます。」

咲芽は自分のデスクに戻っていった。真由美はパソコンに向き直った。

(あっ...ぶなー。苗字のこと忘れてたー。本職ってホストのことだよな。話さない方がいいよね。私ったらナイス判断!でも、何で咲芽ちゃんは唯斗くんのことをこんなにも知ろうとしてくるんだ?...もしかして、ファミレスまで行ってるのか?それって唯斗のこと好きなんじゃ...。へぇ。)

コンビニで買ったコーヒーを開け、一口飲んだ。


次の日。ファミレスに行くと、唯斗がいた。

「あっ、唯斗さん!」

「こんにちは。今日も来てくれたんですね」

唯斗はいつも通り笑顔を向けてきてくれる。咲芽は当たって砕けろ精神で、唯斗に頼んでみた。

「あのっ、LINE交換して貰えませんか...?」

唯斗は悩んでいる顔をした。

「仕事が終わるのが5時頃なので、それまで待っていただく必要があって...。」

「あっ大丈夫です!待ちます待ちます」

「それなら大丈夫ですよ」

咲芽は心の中でガッツポーズをして、通された席に座り、食事をした。

5時頃、咲芽はファミレスの前にいた。唯斗が出てくるのを待った。からんからんと音を立ててドアが開いた。

「あ、待っててくれてたんですね。ごめんなさい、お待たせしてしまって。」

咲芽は首を振った。

「大丈夫です。」

唯斗はカバンからスマホを取り出して、LINEのQRコードを出した。咲芽はそれを読み取った。

「ありがとうございます!」

唯斗はスマホの画面を眺めた。

「さくめさん?」

「あ、はい!牛原咲芽と言います!」

「へえ、良いお名前ですね。では失礼します」

唯斗が行ってしまったあと、咲芽はスマホの画面を眺めた。そこには「ユイ」と書かれている。

見るだけで笑みが溢れる。咲芽は会社に戻った。

「あ、咲芽ちゃん!どこ行ってたの」

咲芽は真由美にLINEの画面を見せた。

「...唯斗?」

「はい。さっきLINE交換しに行ってたんです。」

真由美は口を開けたままだ。

「もしかして、好きなの?」

咲芽は頬を赤らめて頷いた。

真由美は尚更驚いた。でも、納得している真由美もいた。

(咲芽ちゃん、イケメン追っかけてたって言ってたしな。頑張ってほしいところだね。なんか微笑ましー。)

でも、少しだけ真由美の心がモヤっとしたのに、気づいていないわけではなかった。

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