愛してるの数
悠二
第1話 幼き日のプロポーズ
・自宅前
家のドアの前に男が座り込んでいる
それを見て不思議な顔をする
すると男が哲平に気がつき、手を広げて走ってくる
哲平M「俺が仕事から帰ったら、家の前に誰かが座り込んでいて、俺に気が付いたと思ったら、手を広げて走ってきて」
男、哲平の手を取ると満面の笑みをする
男 「てっちゃん! 十八歳になったよ! 結婚して!」
哲平M「とかなんとかぬかしやがった。こんな奴見たこともないし、結婚の約束した覚えも無い」
哲平、驚く
哲平M「誰だと問いただしたら」
男 「ちーだよ!」
哲平M「とか膨れて言った」
***
・自宅(リビング)
哲平M「俺が知ってるちーはこんなデッカイ男じゃない!」
ソファに座っている哲平と
哲平 「本当にちーか……」
千尋 「うん。そーだよ? ほら、ここのホクロとかぁ、目の色とか。変わってないでしょ?」
哲平 「確かに、その目の下のホクロと、茶色の目はちーと同じだけど……」
千尋 「へへへぇ」
哲平 「しっかしまぁ、大きくなって……」
哲平M「俺の記憶の中のちーは、もっと小さくて、初めて会ったとき女の子と間違えたくらい可愛くて、なんかこう、例えて言うならウサギみたいで、ふわふわしてて……」
哲平 「こんなになるとは思ってもみなかった……」
哲平、頭を抱える
千尋 「てっちゃーん。僕も男なんだからさぁ、大きくなるのは仕方が無いと思うんだけど」
哲平 「あぁ、まぁ、そうだけど……」
千尋 「ふふふっ」
哲平 「で? 何しに来たわけ? こんな突然。連絡くらい……」
千尋 「だからさっきも言ったでしょー? 僕、十八歳になったんだぁ。だからやっとてっちゃんと結婚できるの! お待たせ!」
哲平 「はぁ?」
千尋 「へへへぇ」
哲平 「へへへじゃなくて、何言ってんだお前」
千尋 「えぇ?」
哲平 「えぇ? って言いたいのはこっちだって」
哲平、笑う
哲平 「そんな冗談はいいからさ、お前ちゃんとおじさ……じゃなかった、
千尋 「……」
千尋、俯く
哲平 「恵ちゃんに黙ってたら」
千尋 「冗談じゃないもん……」
哲平 「へ?」
千尋 「冗談なんかじゃないもん……」
千尋、泣き出す
哲平 「あ、え? おい、なんで泣くんだよー?! 俺なんか悪いこと言った?!」
千尋 「てっちゃんのうそつきー! ばかー! うわああああん!」
哲平 「嘘つきって何で?!」
千尋 「てっちゃ……覚えて……えぐっ……ないの……?」
哲平 「何を?」
千尋 「てっちゃんが僕と結婚してくれるって言ったの」
哲平 「はぁ?!」
***
・自宅(リビング)
哲平M「ここで情報を整理してみようと思う。ちーが言うに」
千尋 「僕が五歳。てっちゃんが十五歳の時に……」
哲平 『ちー! お前ホントに可愛いなぁ!』
千尋 『へへへっ。ねぇ、てっちゃん、てっちゃん』
哲平 『ん~?』
千尋 『僕がね、大きくなったらね、結婚してくれる?』
哲平 『あぁ、いいよ! ふふふっ、かぁわいいなぁ』
千尋 「って言ったんだもん」
哲平M「何てことだ! あんな約束無効に決まってるだろ! っつか! あんなの誰でも言うだろ! 俺は父親のような気分で……!」
哲平 「いや、あの、な、俺達は従兄弟だから結婚できる間柄ではあるが、それは、男女だった場合で、俺男、お前も男。その時点で無理なの! 分かる?!」
千尋 「心配しないでー、あのね、男同士の場合だとね、養子にするんだよ? 年上の方の名字になるからー、僕は
哲平 「……」
呆然とする哲平
千尋、ヘラヘラ笑っている
千尋の肩を掴む哲平
哲平 「ちー、目を覚ませ! どこでそんな知恵を貰ってきた?! ほら、お前顔だけはすんげぇいいんだからさ、女の子の一人や二人や三人や四人いるだろ?! その子達と愛をはぐくんで、健全な家庭を築きなさい。ね?」
千尋 「えー、僕女の人に興味ないしー」
哲平 「え……?」
千尋 「僕、男の人が好きなの」
哲平 「あ……え……?」
千尋 「てっちゃんが一番好き!」
哲平 「……」
哲平M「神様、仏様、お母様。僕は今、金槌で頭を殴られた気分です。助けてください……」
***
・自宅(リビング)
哲平 「百歩譲って、お前がその、ゲイだってのは認める。いや、俺だって偏見あるわけじゃないし、そんなの個人の自由だし、ちーの好きなように生きていけばいいと思う。俺も応援するよ。でもな、俺はその、ゲイじゃないし、お前と付き合うとか、まして、結婚するだなんて、出来ない」
千尋 「……」
千尋、俯く
哲平M「あーあー、また泣いちゃうの……?」
哲平 「あ、あの、な、あんな昔の口約束なんか、忘れてさ、お前だったらさっき言ったように、男の人の一人や二人や三人や四人や五人、すぐに見つけられると思うぞ? な、俺なんか、顔は普通だし、金も持ってねぇし、こんな狭い家に住んでるし、将来大出世できるわけでもなし……」
千尋 「てっちゃん、彼女いるの?」
千尋、哲平を見る
哲平 「あ、え?」
千尋 「彼女、いるの?」
哲平 「彼女……」
哲平M「そうだ! 彼女! 彼女がいたら諦めるだろ!」
哲平 「あぁ、いるよ! 彼女! いる!」
千尋 「……」
哲平 「だからさ……」
千尋 「その人セックス上手いの?」
哲平 「せっ?! はぁ?! 何言って!」
千尋 「その人より良かったら僕と結婚してくれる?」
哲平 「ちょちょちょ、ちょっと待て! 何だ急に! 何の話をしてんだお前!」
千尋、にじり寄ってくる
千尋 「ねぇ」
哲平 「おい、それ以上近寄るな! 何でそんな話になんだよ!」
千尋 「てっちゃん」
千尋の手が哲平に触れる
哲平 「千尋! いい加減にしろ!」
怒鳴る哲平
千尋の手が止まる
哲平 「お前何考えてんだよ……こんなの、普通じゃないよ……」
哲平、額を押さえて立ち上がる
千尋 「……」
哲平 「あんなの嘘だったって分かる歳だろ、もう」
千尋 「……」
哲平 「俺達ただの従兄弟だろ」
振り返ると、千尋、泣いている
哲平 「ちー……」
千尋 「それでも……僕は、てっちゃんのこと、ずっと好きだったんだ……」
哲平 「……」
千尋 「ずっと、あの頃からずっと、てっちゃんだけが好きだったんだ……」
哲平 「……」
千尋 「あんなの嘘だって分かってても、それでも忘れられなかったんだよ……」
泣いているちーをただ見ている哲平
哲平M「泣きながら、俺に好きだと言うちーは、あの頃と何にも変わってなかった。そういえばこいつは、泣くとき茶色の瞳から涙をこぼして、目じりにあるホクロを濡らしてたなぁと、なんか他人事みたいに考えるしかなかった。俺にこいつの気持ちを受け止めることは、どうやったって出来やしないから。それでも、彼女がいるだなんて嘘をついて、ごまかそうとしたことは悪いなと思った。でも今更、嘘だなんて言えなかった。俺、嘘ばっかついてんな」
***
・カフェ
哲平M「ちーが泣きはらした顔で帰っていった翌日、ちーの父、恵ちゃんが電話をかけてきた。とっさに〝怒られる!〟と思ったが、恵ちゃんは豪快に笑いながら」
恵 『うちの息子を泣かせたのはどこのどいつだぁ?』
哲平M「と言って、また豪快に笑った。この人も相変わらずだった」
先に来ていた
恵 「よークソガキ! 元気だったか?!」
哲平 「おじ……じゃなくて、恵ちゃんもお元気そうで」
恵 「よしよし、ちゃんと覚えてるじゃん」
哲平 「そりゃ、〝おじさん〟って呼ぶたびにケツ叩かれてたんじゃ、自然となるよ……」
恵 「はっはっは! しつけしつけ!」
哲平 「それで、何ですか、昨日といい、今日といい……」
恵 「俺の可愛い愛息子を泣かせておいてその言い草、ちーもなんでこんな奴好きになったんだか」
哲平 「へっ?! 知ってんの?」
恵 「あぁ、もう、そりゃあちーっちゃい時からずーっと」
哲平 「うそ?!」
恵 「嘘じゃねぇよ。口を開けばてっちゃんてっちゃん。うるさいうるさい」
哲平 「な、なんとも思わなかったんですか」
恵 「んー? 別に。恋愛なんか個人の自由だし? それに俺の教育のモットーは何事にもフリーダムだから」
哲平 「だって俺男ですよ?!」
恵 「知ってるよ。そんなこと。ちーならまだしもお前は女には見えないって」
哲平 「う……。全部知ってるってわけですか……」
恵 「えぇ。もう全部。襲おうとしたら失敗したとか」
笑う恵
哲平 「ぐっ……!」
哲平M「こうなった原因ってこの人なんじゃないか……?」
恵 「彼女いるってー? やるじゃん。どんな子? 可愛い?」
哲平 「あ……その……」
恵 「あぁ、嘘か。やっぱりな」
哲平 「あぅ……」
恵 「まぁ、お前の気持ちも分からんでもないわ。っつか、普通の反応なんじゃない?」
哲平 「そう言ってもらえるとありがたいです……」
恵 「でもまぁ、親としては、子を応援するわな」
哲平 「はぁ……」
恵 「迷惑かもしれないけどさ、ちょっとだけ付き合ってやってよ。十四年も思い続けてたんだから。ちーのこと嫌いじゃあないだろ?」
哲平 「そりゃあもう。従兄弟としては大好きですよ」
恵 「ありがとう」
哲平 「いえ、でもいつ戻ってきたんですか?イタリアから……」
恵 「んー、昨日」
哲平 「昨日?!」
恵 「即行会いたくなるほど好きだったってことよん」
笑っている恵
哲平 「……」
恵 「何、ちょっとは可愛い奴とでも思った? 揺らいだ?」
哲平 「……。ホントにちーの味方なんですね」
恵 「そりゃあもう」
***
・自宅前
家の前に行くと玄関の前に女の子が座っている
俯いている
哲平M「俺が家に戻ったら、玄関の前に女の子が座ってた。なんか、デジャヴ……」
控えめに顔を覗く哲平
哲平 「あの……」
千尋 「おかえり!」
ぱっと顔を上げて立ち上がる千尋
哲平 「はぁ……」
千尋 「恵ちゃんと会ってたんでしょ?」
哲平 「あぁ。ちょっとまて、その前にだ」
千尋 「うん?」
哲平 「なんで女装なんかしてんだ……」
哲平M「そこらの女より可愛い……。しかしでかい……」
千尋 「てっちゃんが男が嫌っていうなら、僕……じゃない、私女になるわ」
小首をかしげて笑う千尋
哲平、吹き出す
哲平 「やめろやめろ! 男のままでいいから、とりあえず中入れ。俺疲れた」
部屋の鍵を開ける哲平
千尋 「男でいいの?!」
哲平 「あ、いや、そういう意味じゃなくて……まぁいいから入れよ。その代わり、変なことしたらもう入れないからな」
ドアを開ける哲平
千尋 「えー……まぁいいか。わーい」
哲平 「ふふっ」
***
・自宅(リビング)
哲平、冷蔵庫を開けている
ソファに座っている千尋
哲平 「なんか飲むー? ジュースとか無いけどー、紅茶かコーヒーか」
千尋 「あ、僕お水でいいー」
哲平 「水? いいの?」
千尋 「うん。今ね、水しか飲んじゃ駄目ーって言われてて」
哲平 「何で? ん」
水を渡すとソファに座る哲平
千尋 「ありがとう。あのね、僕ね、お仕事するんだー」
哲平 「仕事? なんの」
千尋 「モデル」
哲平 「モデル?! あー。いや、お前ならありえるか……」
千尋 「へへへぇ」
哲平 「あー、だから帰ってきたの?」
千尋 「ううん、違うよー。てっちゃんに会いたかったから帰ってきたのー」
哲平 「……」
哲平M「たぶん恵ちゃんは仕事させるためにだと思うぞ…」
哲平 「ちーさー、恵ちゃんに何でも話すの?」
千尋 「うん。話すよ? 駄目?」
哲平 「いや、いいんだけどさ。仲いいね」
千尋 「うん!相談するんだー」
哲平 「相談ねぇ……」
哲平M「こいつのこの独特の変な話し方は昔っから全然変わってなくて、よく見れば背が高くなって、ちょっと骨格が男っぽくなっただけで、他は何にも変わってなかった。髪の毛は猫っ毛で、光に当たるとほんのり茶色くなって、肌なんか白くてすっげぇ綺麗。どうしてこんなに恵まれた奴が俺なんかのこと好きになるかなんか、全然見当も付かない」
哲平 「なぁ、ちーでも髭とか生えんの?」
千尋 「なーにー、僕も男の子だよー? 生えるよ」
哲平 「そーかぁ。なんか想像できねぇ」
千尋 「え? なに、てっちゃんって髭フェチ? だったら僕も生やそうかなぁ。でも僕似合わないと思うんだよねぇ。どうしよう?」
哲平 「いや、どうしよう? じゃなくて、別に俺は髭フェチでもなんでもねぇから、生やさんでいい」
千尋 「そうなの? よかったぁ」
哲平 「で、今日は何しにきたの?」
千尋 「ん~? てっちゃんに会いに来たんだよー?」
哲平 「それだけ?」
千尋 「うーん、口説き落としに?」
哲平 「あぁ、そうか、うん。そろそろ帰れ」
千尋 「あーん。もうちょっとだけ!」
哲平 「別にいいけど、お前恵ちゃんと住んでんだろー? 怒られないの?」
千尋 「恵ちゃんが泊まってきてもいいよって言ってたよ? 泊まる?」
哲平 「泊まる? じゃねーよ、仕事は? まだ始まらないの?」
千尋 「ううんー、もうね、打ち合わせ? とかやってるー」
哲平 「その打ち合わせは明日は無いわけ?」
千尋 「あるよー。十時からー」
哲平 「だったら帰れよ。早く寝て仕事に励みなさい」
千尋 「うん。恵ちゃんがね、てっちゃんちに迎えに行ってあげるって言ってたよ」
哲平M「何してくれてんだあのオヤジ!」
哲平 「駄目駄目。俺怖くて寝らんないもん」
千尋 「えー? てっちゃん僕のこと怖いの?」
哲平 「怖いよ!」
千尋 「てっちゃん、いくら僕がてっちゃんのこと愛してるからって節操なく、いつでも襲ったりなんかしないよー。僕このソファで寝るから、てっちゃんはベッドで寝てね」
哲平M「あ、愛してるだと……?!これはイタリアで培ってきたものか?!」
哲平 「……」
千尋 「ん? てっちゃん僕と一緒に寝たいの?」
哲平 「ばーか! そんなわけねぇだろ! んじゃあ寝たらもう俺の部屋入ってくんなよ!」
千尋 「あーん、やっぱなんかケダモノ扱いされてない?」
***
・自宅前
哲平M「その日はホントに何にも無くて、起きたらちーはソファで静かに寝てた。起こそうとして近づいたら、やっぱりこいつは綺麗な顔してて、でも涎が出てたからなんか笑った」
恵 「よーっす。おはよう」
車の中から手を挙げる恵
千尋、車に乗り込んで恵の頬にキスをする
恵 「で? 上手くいった?」
千尋 「ううん、ソファで寝たよ」
恵 「何? けしからん」
車の横に立っている哲平
哲平 「何がけしからんですか。普通反対でしょ?」
恵 「一緒に寝てあげればいいじゃん。もしくはてめぇがソファで寝ろ」
哲平 「そんなむちゃくちゃな」
恵 「はっはっはっは! じゃあねー」
千尋 「またねー」
去っていく車
車に向かって呆れながら手を振る哲平
哲平M「よくわかんねー親子……」
***
・自宅(リビング)
哲平M「それから俺は毎日、愛の告白を聞き続けることになった」
哲平に抱きつく千尋
千尋 「てっちゃ~ん、大好きー!」
***
・スーパー
哲平M「仕事終わりにうちに現れ」
二人で買い物をしている
千尋 「僕ねー、メロンパン好きなのー。買っていい?」
哲平 「あー」
千尋 「あ! メロンパンはてっちゃんの次に好きなんだよ? 一番はてっちゃん!」
***
・自宅(玄関)
哲平M「ことあるごとに」
玄関で千尋を送りに出ている哲平
千尋 「なんで夜なんかにお仕事あるんだろう」
哲平 「そういう仕事なんだから仕方ないだろ、行って来い」
千尋 「だって夜はてっちゃんと一緒にいるためにあるのに……」
哲平 「……」
千尋 「てっちゃん、これだけは忘れないで」
哲平 「ん?」
千尋 「愛してるよ」
***
・会社前
哲平M「好きだの、愛してるだの言われ続け」
会社から出てくる哲平
千尋が会社の前にいるのに気がつく
哲平 「あれ、ちー? どしたの」
千尋 「この近くでご飯だったのー、恵ちゃんが待ってればいいと思うよって!」
哲平 「あぁ、そう」
千尋 「僕ね、てっちゃんに早く会うために頑張ってお仕事してきたんだよ?」
哲平 「そう……それはようございました……」
千尋 「あーん、呆れた顔も大好き」
***
・自宅(リビング)
哲平M「それに慣れてしまいそうな俺も」
ソファに座っている二人
千尋 「てっちゃん、好きー」
哲平 「あー」
***
・自宅前
哲平M「そろそろイカれてきてんじゃないかと思う……」
家の前で千尋を送りに出ている哲平
千尋 「てっちゃん聞いてる?」
哲平 「なにー」
千尋 「愛してる」
哲平 「はいはい、行ってらっしゃい」
千尋 「てっちゃん、愛してるは行ってきますとは別だよ?」
哲平 「お前にとっちゃ同じもんだろー、ほら、恵ちゃん待ってんぞ」
千尋 「もー、じゃあね」
千尋、哲平の頬にキスをする
哲平 「なっ……!」
哲平M「まぁ、これは恵ちゃんにもしてることか……イタリア育ちってつくづく怖い……」
***
・会社
哲平、デスクに座っている
伸びる
哲平 「んー……あと五分……」
同僚A「加々見ー、今日用事あるー?」
哲平 「いや、別に」
同僚B「ねぇねぇねぇねぇ!」
窓際から手招きする同僚B
哲平 「ん?」
同僚B「見て、なんか入り口のとこにすっごいイケメンがいる!」
同僚A「イケメンー?」
哲平 「イケメン……」
三人で窓から外を見る
同僚B「ね! ね! スーツでオールバック! あんな人いないよ普通!」
同僚A「おぉ、ほんとだ、誰の知り合い?」
哲平 「……」
会社の前に黒のスーツにオールバックの千尋がいる
同僚B「いいなぁ、あたしもあんな人とお知り合いになりたいー」
同僚A「無理無理、ありゃ貴族だ貴族」
同僚B「えぇ?」
哲平 「すまん、今日無理だわ」
同僚A「え? あれお前の知り合い?!」
同僚B「うそうそ! 紹介して!」
哲平 「機会があったらなー、っとそんじゃ」
出て行く哲平
同僚B「えー! 絶対よー!」
同僚A「あいつ貴族だったの……?」
***
・会社前
植え込みの前に立っている千尋
哲平が会社から出てくる
哲平 「ちー!」
千尋 「あ、てっちゃーん。お疲れ様ー」
哲平 「なに、どうしたの、その格好……」
千尋 「へへへぇ。カッコイイでしょー?撮影でねー、着させてもらったのー。そしたら恵ちゃんがこのまま会いに行けーって。あとねー、ご飯食べて来いーって言ってたのね。お店予約してるんだって、てっちゃん予定あるー?」
哲平 「いや、無いけど……」
千尋 「……てっちゃんこういうの嫌? 目立つ?」
哲平 「いや、すっげぇカッコイイよ。お前やっぱ一般人じゃねぇな……」
千尋 「え~? でもてっちゃんにカッコイイって言われたらすごく嬉しい~」
哲平M「黒のスーツに髪をオールバックにした千尋は、今までに見たことないくらい、確かに格好よくて、歩くたびに人が振り返るほど、綺麗だった。喋ると普段のふわふわした顔になるのに、黙ってるとこいつはもう大人の男の顔だった」
***
・店
哲平 「な……」
店に入って言葉を無くす哲平
哲平M「恵ちゃんが予約したとかいう店に行ってみると、そこはもう俺なんかが簡単に入れるような感じの店なんかじゃなくって、こんな会社帰りの毎日着てるようなスーツで入ってもいいのかっていうか、入れてくれるのか? と思うような高級料理店だった」
哲平 「ち、ちー……。俺こんな格好でいいの……? ってか俺全然金持ってないんだけど……」
千尋 「大丈夫だよー。てっちゃん何着ててもかっこいいよ~。僕一番スーツが好きだなぁ」
哲平 「や、お前が好きとか嫌いとかじゃなくってね?」
千尋 「お金はねー、僕のおごりー。けいやくきん? が入ったの。いっぱいあるからー」
哲平 「そんな……」
***
・店
哲平M「天井にはキラキラ光るシャンデリアなんかがぶら下がってて、ピアノの生演奏なんかしちゃってたり、窓からはすんげぇ綺麗な夜景が見えるし絶対俺なんかには場違いな場所を歩かされ、通された所は、一番奥の個室だった」
丸テーブルに向かい合わせで座っている二人
哲平、メニューを持って固まっている
哲平 「……」
哲平M「メニューが読めねえよ……ここは日本だよな……」
千尋 「てっちゃん何がいいー?」
哲平 「な、なんでもいい……」
千尋 「じゃあ僕が選んであげるねー。てっちゃんワインは白と赤どっちがいー?」
哲平 「白」
千尋 「オッケー」
哲平M「スラスラなんかよくわかんないものを注文していくちーは、やっぱり俺とはもう別世界の人間に見えた。幼い頃と何も変わらないと思っていたのに、もう何もかもが変わってしまっているんだと分かった気がした。なんか惨めだなぁと、十歳も年下の男を見て思う」
***
・店
食事をしている二人
哲平 「うま……」
千尋 「ねー、おいしいねー」
哲平 「仕事、上手く行ってんの?」
千尋 「うん。楽しいよー、いろんな人がいっぱいいてね」
哲平 「そか」
千尋 「……」
千尋、哲平を見る
哲平 「ん?」
千尋 「てっちゃん、僕が他の人と仲良くするのいや?」
哲平 「はっ? いや、何で? 友達とか出来るのはいいことじゃん」
千尋 「そっかー。てっちゃんはお仕事順調ー?」
千尋、少ししゅんとする
哲平 「あぁ、まぁ」
千尋 「友達いっぱいいるー?」
哲平 「うーん。どうだろな。この年になって若い頃みたいに友達っつーのは中々な」
千尋 「そうなの? 大人って大変だねぇ」
哲平 「はははっ! 何だそれ? お前も十分大人だって。今日なんかびっくりしたし」
千尋 「大人ー? 僕まだ十八歳だよ?」
哲平 「いや、年齢とかじゃなくってさ。あの頃とは全然違うし、お前一人でもやっていけるようになってんじゃん。そういう大人って意味」
千尋 「うーん。そうかなぁ」
哲平 「自覚ない?」
千尋 「うん。だって、送り迎えは恵ちゃんがしてくれるしー、スケジュールも恵ちゃんがやってくれてるしー。僕はただ、写真撮られたり、なんか打ち合わせとか出てるだけだしなぁ。皆ね、いろんなこと言うんだけど、僕何言ってるか半分くらいしかわかんないの」
哲平 「はははっ! そんなんで大丈夫なのか?」
千尋 「恵ちゃんがね、まだ日本のこと分かりませんって言ってればいいよって言ってたよ。でも可笑しいよね、僕日本人なのにー」
哲平 「でも、イタリアに住んでた方が長いじゃん。恵ちゃんが言うのもまぁ一理あるんじゃない? そっちのが上手くいくっていうのもあるだろうし」
千尋 「そーかなぁ」
哲平 「ちーはさ、イタリアと日本だったらどっちが好き?」
千尋 「うーん。どっちも好きー。でも日本のがちょっと上」
哲平 「なんで?」
千尋 「だっててっちゃんがいるもん」
哲平 「あ……そうか……」
千尋 「うん。でもイタリアにはパパがいるからね」
哲平 「うん……」
千尋 「どっちもね、好き」
哲平 「そっか」
哲平M「あー、なんで俺こんな質問したんだろう。ちーがパパって言うのを久しぶりに聞いた。こいつに父親が二人いたことも思い出した。こんな質問するまで、忘れてただなんて俺そんなにちーのこと深く考えなかったのかと、疑問に思う」
***
・店
哲平M「食事ももうほぼ食べ終えた頃に、突然ケーキが運ばれてきた。二人用の、小さなケーキ。チョコプレートに〝ちー誕生日おめでとう〟と書かれていた」
テーブルの上にケーキが置かれている
哲平 「え?! お前今日誕生日なの?!」
千尋 「そーだよー」
哲平 「そーだよーって十八歳になったって言ってたのは?!」
千尋 「僕ねー、誕生日二つあるの。こっちがホント……あれ? あっちがホント?」
哲平 「何だよそれ……なんで二日もあんの? それより、先に言っててくれればなんか用意したのに……」
千尋 「ホントに? でも僕プレゼント貰ったよー。てっちゃんと二人でご飯食べたし」
哲平 「そんなの普段してるだろ……」
千尋 「ううん。普段とは違うよー。夜景だって綺麗だし、あのマンションからは見えないよー?」
哲平 「あー、まぁ、そうだけどさ」
千尋 「ケーキ食べようよ」
哲平 「あぁ。でもちゃんとプレゼントするから! な!」
千尋 「ふふふっ。楽しみにしてる」
哲平 「あぁ」
***
・店
千尋、窓際に立って外を見ている
哲平 「あーやばい、飲みすぎた……」
哲平、テーブルに肘をついて額に手をやる
千尋 「ずるいなぁ。僕は水しか飲めないのにー」
哲平 「や、だってこんな美味いワイン飲んだことないんだもん」
千尋 「僕が選んだんだよ? 当たり前でしょ?」
微笑む千尋
哲平M「多分すんげぇ値段なんだろうな……誕生日プレゼント何買えばいいんだよ……」
悩む哲平、ふと千尋を見る
哲平 「外そんなに綺麗?」
千尋 「うん。夜景も綺麗だけどね、月が出てるの」
哲平、千尋の隣に立つ
哲平 「あーほんとだ。満月」
哲平、窓に触れる
哲平 「あー、冷たくて気持ちい……」
千尋 「はははっ。僕の手は~? 冷たいでしょ?」
千尋、哲平の頬に触れる
哲平 「うわっ、冷てぇ……なんでこんなに冷たいの? でも気持ちいー」
千尋 「てっちゃんだいぶ酔ってるね」
微笑む千尋
哲平 「うんー」
哲平M「このとき、すぐにでも離れなかったのは、きっと酔っていたからだ」
千尋、哲平にキスをする
哲平 「……」
千尋 「プレゼント、これがいい……駄目?」
哲平M「きっと素面だったら一言怒るくらいしてたはずなんだ」
哲平 「……」
哲平、千尋から目線を外せない
千尋 「今日だけ……ゴメンね……」
少し悲しげな顔をするとキスをする千尋
哲平 「……ん……っ……」
哲平M「ふわふわする頭で、ただ目を閉じながら、俺の体温が熱いから、こいつの口の中は冷たいんだなとか、ケーキの甘い味がするだとか、考えていた」
哲平 「……っぅ……ん……」
千尋 「……ありがとう……」
離れるともう一度軽くキスをする千尋
哲平M「こんなに切ない顔をしたちーを見たのは初めてだった」
千尋 「彼女に悪いことしちゃった……」
少し俯き加減で哲平を見ながら悲しげに微笑む千尋
哲平M「今にも泣きそうな顔をしながら呟いたちーに、こんなこと言ったのも全部、酔っていたからだ」
哲平 「彼女なんか、いないよ……」
哲平、千尋を見ないで言う
***
・自宅(寝室)
哲平M「あれから、家に帰るまで何も話さなかった。店に呼んでもらったタクシーに二人別に乗って帰った。酔っていたせいで、あんなことになったのに、それを思い切り後悔すればいいのに、なんだかそんな気も起こらなくて、やっぱり俺はどうかしてしまったんだと思いながら、土曜の休日を昼過ぎまで布団の中で過ごした」
布団の中で寝返りを打つ哲平
哲平M「その日、ちーは家に来なかった」
***
・会社前
哲平M「あれから一週間経つ。ちーはあれ以来家に来ない。あんなことして、正気に戻ったのかとか、考えた。それはそれでよかったんだとも思った。そうすると、きっとちーはもう一生俺には会いにこないんじゃないかと思う。ちーにはちーの新しい世界があるし、会うのも気まずくなることを、俺達はしてしまったんだ。どっかで寂しく思ってる自分がいる……」
恵 「よークソガキ。てめぇは元気そーだな!」
止まっている車の中から声をかけられる
哲平 「恵ちゃん……」
恵 「んー?それほど元気でもないか」
恵、笑う
哲平、車に近づく
哲平 「全部知ってるんでしょう?」
恵 「いや」
哲平 「へ?ち ーは何も話さなかったんですか?」
恵 「あぁ、珍しいことにな。聞いても教えてくれなかった。とうとうやっちゃった? だからあいつ熱出したのか?」
哲平 「え? 熱? ちーが?!」
恵 「あー、お前なんも知らなかったのか? あいつ熱出して寝込んでんの」
哲平 「知らないです。あいつから、何の連絡もこないし、俺のことももういいのかと」
恵 「ばーか、あいつお前の名前ばっか呼んでるっつーの。とりあえず乗れよ」
哲平 「でも」
恵 「いいから。無理やり連れていかねぇって。話しにくいだろ?」
***
・車
運転している恵、助手席に座っている哲平
恵 「何、やったの、やってないの」
哲平 「やってませんよ」
恵 「なーんだ。じゃあやっぱただの風邪だな」
哲平 「……」
恵 「でも何も無かったってことは無いんだろ?」
哲平 「……」
恵 「何だよ、二人してだんまりか。面白くねぇな」
哲平 「ちーの誕生日。なんで二日もあるんですか」
恵 「あー、何、そのことでもめたー?」
哲平 「いえ、ただ気になって」
恵 「誕生日ねぇ。生まれたのは十一月の六日だよ。で、〝もう一回の誕生日〟が十二月の十八日」
哲平 「もう一回の誕生日って?」
恵 「〝パパ〟が家に帰ってきた日。……あいつの本当の親父が死んだ日だ」
哲平 「え……」
恵 「あいつの親父が俺じゃないってことは知ってるだろー?」
哲平 「えぇ……」
恵 「あいつの四歳の誕生日を三人で迎えられなかったんだよ。パパは病院にいたから。ケーキを一緒に食べられなかった。家にパパが帰ってきて、やっと三人になれたねって。誕生日しようって。あいつが言い出したの。それからあいつの誕生日は年に二日あるようになった」
哲平 「……」
恵 「ただそれだけの話。あいつにとっては年を取るのが十一月、本当の誕生日は十二月のってことになってるみたいだな」
哲平 「だからどっちが本当かわかんないって……」
恵 「やっぱり? まぁ別に二日あるからってどうってことないからな」
哲平 「……ちーは……今家にいるんですか?」
恵 「あぁ、寝てるよー。仕事もさせらんない」
哲平 「……会いに行ってもいいですか」
恵 「どうぞ?」
恵、ハンドルを切る
***
・千尋宅
哲平、千尋の部屋の前に立っている
ノックをする
千尋 『はい』
部屋の中から声がするとドアを開ける哲平
千尋 「てっちゃん?!」
起き上がろうとする千尋
哲平 「いいよ、寝てろ!」
千尋 「てっちゃんこんなとこ来ちゃ駄目だよー、風邪うつっちゃうよ」
ベッドの隣に行く哲平
哲平 「ゴメン。お前が風邪ひいたとか知らなかった」
千尋 「知らせたくなかったのー、恵ちゃんでしょ?」
哲平、控えめに微笑む
哲平 「……なんで、恵ちゃんに相談しなかったんだ?」
千尋 「してもいいの? きっと恵ちゃんからかうよ?」
哲平 「ははは」
声だけで笑う哲平
千尋 「……てっちゃん元気ないねー」
哲平 「え?」
千尋 「後悔してるでしょ? ……怒ってたもんね」
千尋、少し俯く
哲平 「……」
千尋 「僕ね、ずるいことしたもん」
哲平 「……」
千尋 「酔ってたからね、あの時。てっちゃん、抵抗できなかったもんね」
哲平 「後悔……」
千尋 「ん?」
哲平 「後悔、すると思ってたんだ……」
千尋 「……」
哲平 「酔ったせいにすればいいとか、思ってた。俺の方がずるいことしてた」
千尋 「いいよ、それで。それが普通だよ」
哲平 「お前が普通とか言うなよ……」
千尋 「どうして?」
哲平 「一番似合わない言葉」
千尋 「普通が?」
哲平 「うん」
千尋 「そうかなぁ」
哲平 「……」
困った顔をする千尋を見て少し笑う哲平
千尋 「僕ね、誕生日を恵ちゃん以外の人とするの初めてだったんだ。それがてっちゃんでさ、それだけで十分プレゼントだったのに、欲張っちゃった」
哲平 「……」
千尋 「だから罰が当たったんだよね。お仕事にも出らんなくて、恵ちゃんにも迷惑かけちゃった」
千尋、声だけで笑う
哲平 「……ちーは」
千尋 「ん?」
哲平 「ちーは、どうして俺のことなんか好きなんだ……?」
千尋 「……」
哲平 「俺あの時びっくりしたよ。お前すっげぇ格好よくて、綺麗で、見たこと無い顔しててさ、正直、ドキドキしたんだ……」
千尋 「……てっちゃん……」
哲平 「でも、やっぱりお前が俺なんか好きになる理由がわかんなくって、俺はあの時からなんにも変わんなくて、年取っただけで……昔はさ、俺のが年上で、お前はなんかふわふわしてたし、俺が守ってやろうとか、そんなこと思えもしたけど、今はもう俺なんかいなくてもちゃんと仕事だって出来るし、俺が必要な理由なんか見つからなくて」
千尋 「てっちゃん。それちがうよー」
哲平 「え?」
千尋 「人を好きになるのに、好きな人に傍にいてもらうことに、理由なんかいるの?」
哲平 「でも」
千尋 「どうしてもいるなら、言うよ」
哲平 「え……」
千尋 「僕が生きるために必要なんだよ。てっちゃんは」
哲平 「生きる……?」
千尋 「僕はてっちゃんがいるから生きていけるんだよ。この十四年間、てっちゃんだけのことを思って生きてきたんだ」
哲平 「そんな……」
千尋 「きっかけはね、手を繋いだことなんだ」
微笑む千尋
哲平 「手を繋ぐ?」
千尋 「うん。僕が初めて日本に来て、初めててっちゃんに会ったとき、遊ぼうって言って、真っ先に手を差し出してくれたんだ。その手がね、僕の知ってる手だった。僕はその手を二つ知ってる。恵ちゃんと、パパの手。その手は一生懸命に僕を守ろうとしている手。それが同じだった。それから何人もの人と手を繋いだけど、同じだったのはてっちゃんだけだった」
哲平 「……」
千尋 「それで、あの時結婚してねって言ったら、ぎゅーって抱きしめて、いいよって言ってくれたの。恵ちゃんとパパも同じだったよ」
哲平 「恵ちゃんとパパも……?」
千尋 「うん。恵ちゃんとパパ、結婚したんだよ」
微笑む千尋
哲平 「え……」
千尋 「あれ? 知らなかったの?」
哲平 「あ、いや、……うん」
千尋 「そっかー。じゃあ恵ちゃんは秘密にしてたのかなぁ? 怒られちゃうねぇ」
哲平 「あぁ……」
笑う千尋
千尋 「大きくなるに連れてね、あの時の約束はもしかしたら嘘かもしれないとか、もう忘れてるかもしれないとか、思ってたけど、でも会いたいって気持ちのほうが大きかったから」
哲平 「それで俺は、忘れていたし、嘘だって言ったのか……」
千尋 「はははっ」
哲平 「ごめん」
千尋 「いいよ、だってキスしたの、後悔してないんでしょう?」
哲平 「……うん」
千尋 「それは僕のこと好きってこと?」
哲平 「……正直俺自身わからない……」
千尋 「そっかー。でも嫌じゃなかったんだよね?」
哲平 「うん……」
千尋 「てっちゃん怖かっただけだよ」
千尋、哲平の頬に触れる
哲平 「え?」
千尋 「誰でも知らないところに行くのは怖いでしょ? どうなるかわからないの怖いでしょ? でもね、僕がその怖いの取ってあげる」
千尋、哲平に軽くキスをする
哲平 「なっ……!」
千尋 「軽くだったら風邪うつんないでしょ?」
哲平 「そういう─」
千尋 「でも僕にとってキスなんか日常茶飯事でー」
哲平 「俺は日本育ちなんだ!」
千尋 「あははははっ! うん。わかった。ごめんね」
哲平 「ごめん。こんな時にする話じゃなかったな。お前しんどいのに」
申し訳なさそうにする哲平
千尋 「いいよ。もう明日には治りそう」
哲平 「え? なんで?」
千尋 「てっちゃんの魔法のキスで治っちゃうから」
哲平 「お前恥ずかしいことを軽々と……」
千尋 「恥ずかしい?」
首をかしげる千尋
哲平 「いや、なんでもない、きっとお前には一生わかんない」
千尋 「え~?」
哲平 「じゃあ俺帰るよ。しっかり寝ろよ?」
千尋 「は~い」
哲平、部屋を出ようとする
千尋 「てっちゃん!」
哲平 「ん?」
千尋 「愛してるよ」
哲平 「お前は……」
千尋 「へへへ」
哲平 「受け取っておくよ」
***
・玄関
恵、玄関で車のキーを振り回している
恵 「送りますよー」
哲平 「それは珍しい」
***
・車
恵、運転している
助手席に座っている哲平
哲平 「恵ちゃんの謎が一つ解明された気がするよ」
恵 「は~? 何」
哲平 「俺ずっと恵ちゃんの名字がどうして急に変わったのか不思議だったんですよね」
恵 「あいつ、言いやがったか」
哲平 「はい」
恵 「まぁそういうことだな。別に隠してたわけじゃねぇけど、大人は全員知ってたしな」
哲平 「じゃあ正式にはちーの兄ってことになるんですか?」
恵 「んー、戸籍上は」
哲平 「そうですか」
恵 「類は友を呼ぶってやつだな」
笑う恵
哲平 「……」
恵 「でもお前がそうってことは血かもしれねぇな。兄貴には黙っといてやるよ」
哲平 「まだそうなったわけではないです」
恵 「同じようなもんだろ、お前帰ったらうがいしろよ。軽くでもうつるぞ、風邪」
哲平 「は?! なんで知って?!」
恵 「勘。当たってたか」
笑う恵
哲平M「恵ちゃんは相変わらず豪快に笑っていたけど、どこか嬉しそうだった。恵ちゃんには黙っていたけど、実はもう一つ分かっていた。どうして親戚連中が恵ちゃんと少し距離をとっているのか。恵ちゃんがイタリアからちーを連れて帰ってきた後から皆がどこかよそよそしくなっていた気がしていた。それは昔から豪快なことをしでかしていた恵ちゃんだからまた何かしたんだろうとか思ってはいたけど、そんな簡単なことではなかった。俺もそれに片足突っ込んでることになるんだ」
***
・自宅(寝室)
ベッドに寝転びながら手を天井に向けている
千尋 『それから何人もの人と手を繋いだけど、同じだったのはてっちゃんだけだった』
哲平M「この手があいつをそんな気にさせたのは、きっと何も知らなかったからだ。よそよそしくはなったけど、はっきりと拒絶をしなかった大人たちは、ちーのこともはっきりとさせなかった。全く血が繋がらないであろう、ちーを疎外もしなければ、心から受け入れようともしなかった。それをちーは幼いながらに感じ取っていた。守ってくれる手を知っていたから」
哲平 M「俺がもし、その頃ちゃんと、事情を知っていたら、どうしてたんだろう……」
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