落ちこぼれ錬金術師だけど、ダンジョンで本領発揮します! 〜追放された少女が新たな仲間と最凶の迷宮を攻略するまで〜
井浦 光斗
第1話 落ちこぼれ錬金術師
俺の名はロウド。
ダンジョンギルドでもそれなりに名の知れた、Aランクの冒険者だ。
もっとも、自慢するような性分じゃない。むしろ大げさな肩書きに縛られるのは性に合わないとさえ思ってる。
しかし現実問題として、俺たちのパーティはランクAという肩書きにふさわしい成果をあげ続けないといけない。近頃はダンジョンでの仕事が増え、規模も大きくなってきたからなおさらだ。
「……ふう、そろそろ新しい仲間を募集しよう。今の三人だけじゃ少し厳しくなってきた」
俺はダンジョンギルド、冒険者用ラウンジの椅子に腰かけながら、目の前に広げた書類の山を見てため息をついた。
最近はルキウスもアルマも、怒涛のダンジョン攻略で疲労を溜めはじめている。少し前までは三人だけでも何とかなっていたが……流石にそろそろ人手が欲しくなってきた。
仲間の負担を考えると、もう一人増やしてパーティの体制を整えるほうがいいと判断したのだ。
「確かにそうだな! 僕の天才軍師としての作戦を最大限に活かすには、人員が多いほどいいだろう!」
鼻息荒く、そう口走ったのはルキウスだ。淡い緑色の髪を揺らして、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
実力は確かなんだが……自分のことを「天才軍師」だと思い込んでいる超のつくほど脳筋馬鹿である。
「まぁ、優秀な人が入るならアタシは大歓迎よ。……でもヘンなの連れてこないでよね」
そうクールに口を挟むのはアルマ、天才魔法使いとして俺のパーティに参加し、圧倒的火力を誇るエース的存在だ。どこか高飛車なところもあるが、まあアルマの実力を見れば、その態度にも納得してしまう。
「安心してくれ……こう見えて人を見る目はそれなりにあると思っているからな」
俺は二人に向かって微笑みながら、ダンジョンギルドの掲示板に貼る募集用紙を取り出した。そこにはこう大きく記されている。
――Aランクパーティ・ロウドチーム 新規メンバー募集中
――得意分野は問いません。共にダンジョンを攻略できる意欲ある方歓迎!
「よし、これでいいな」
俺は用紙を手に立ち上がり、ギルドの廊下を抜けて、掲示板へ向かった。そして先程の張り紙を丁寧に貼りつける。
「どんな人が来るのか……楽しみね」
「ああ、そうだな」
柔らかい笑みを浮かべるアルマと共に、俺はその張り紙に期待の眼差しを向けるのだった。
※※※
数日が経った頃、俺達は面接を行うためにダンジョンギルドの一角――応接室と呼ばれる小さな部屋に集まっていた。
正直、こんなに早く反応があるとは思っていなかったが、張り紙を見た冒険者がこぞって応募してくれたのだ。
「さあて……僕の天才的な観察眼で皆の戦闘力を計算して差し上げようではないか……! いざ、スキャン!!」
ルキウスは何やら変なポーズを取りながら、怪しげな笑みを浮かべている。
アルマはそれを見て「ほんとバカね……」と呆れた顔をしている。
なお、実際に面談が始まると、来る冒険者たちは意外と優秀な者が多かった。
自信満々の戦士、器用そうな弓使い、回復魔法が得意な僧侶タイプ――どれもそこそこ実績があると聞くと、さすがに俺も耳を傾けざるを得ない。
だが、「この人とルキウスやアルマが上手く噛み合うか」と考えると、決め手に欠ける感は否めないのも事実。
「うーん、正直どの応募者も悪くない。ただ……うちはルキウスとアルマという『強い個性』がもう二人もいてさ」
と俺は苦笑すると、アルマが肩をすくめながら反論してくる。
「あら失礼ね、アタシは常識人のつもりなんだけど?」
一方、ルキウスは「僕の軍略があれば、どんな応募者でも大丈夫だ!」と意味不明の自信を見せていたが、アルマが「黙ってなさいよ」と一喝してその場を丸く収めていた。
何人もの応募者を面談し、一通り見終わったころにはすっかり夕方に近い時刻となっていた。
「ああ、疲れた……今日はここまでかな」
そう言って俺が椅子から腰を浮かせようとした、そのときだった。
「す、すみません……遅れてしまいました……」
蚊の鳴くような小さな声が部屋に響いた。扉の奥からのぞいていたのは、一人の小柄な少女。長い水色の髪をそっと後ろに流し、瞳はやや伏せ気味。
俺は思わず目を瞬く。まだいたのか、とルキウスも少々驚いた様子だ。
「おや、まだ面接に来る人がいたんだな」
俺が声をかけると、その少女は、申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。
「あ、あの、募集を見まして……えっと……」
ルキウスとアルマはお互いを見やり、どうするべきか悩んでいた。本来ならもう面接は終わりなのだが……あと一人くらい問題ないだろう。俺は気にせず、ティーナに向けて優しく微笑む。
「大丈夫、君が最後だ。名前と職業を聞いてもいいかな?」
「あ、はい……ティーナといいます……錬金術師、です……」
錬金術師、と聞いた瞬間、奥のロビーで話を盗み聞きしていたらしい他の冒険者数名が「ん……錬金術?」「ああ、あの太古の文明を滅亡させた原因だとか……」と小声でささやくのが耳に入る。
ティーナ本人もそれを耳にしたのか、目に見えて肩が縮こまった。
「私、あまり強くはないんですけど……錬金術が、少しだけできます……」
彼女がなんとか絞り出した自己紹介は、それはもう頼りなげだった。
「えーっと……錬金術師ねぇ」
「錬金術って――相当危険な術じゃなかったかしら」
ルキウスとアルマも困惑している様子だった。
俺はなんとなく気まずい空気を感じつつも、「じゃあ……どんな錬金術なのか、見せてもらえる?」と提案した。ティーナは「は、はい」と弱々しくうなずき、カバンを探りはじめる。
だが、そこで事件が起きる。彼女は焦ったのか、カバンから取り出そうとした瓶を誤って落としてしまったのだ。
カラン、カラン――と床を転がる小瓶。中身が揺れ、嫌な予感が走る。
その直後――
――ボンッ!
床から煙がぷしゅうと立ち上り、周囲にいた人たちがあたふたと騒ぎはじめる。幸い大きな爆発には至らなかったが、俺の隣にいたルキウスは「うわっ、危ねぇ!」と叫び、アルマも「これは酷いわね……」と呆れた様子。
騒ぎを聞きつけた他の冒険者たちも「また爆発かよ……」とティーナの姿を見て冷笑していた。
ティーナはいたたまれない表情で俯き、消え入りそうな声で「す、すみません……」を連呼している。
「や、やっぱり……私なんて、向いてないですよね……」
ティーナは肩をガタガタ震えながら、今にも泣き出しそうにしていた。俺はその様子を見て、ひとまず煙が晴れるのを待つ。
「……ティーナ、君はどうして錬金術師をやってるんだ?」
俺はゆっくりと問いかける。ティーナは膝を小さく曲げて、何かを思い出すように視線を落とした。
「えっと……母が、錬金術師だったんです。私は子供の頃から母の背中を見て憧れて……でも母は病気で早くに亡くなってしまって……それでも諦めたくなくて、初心者向けのパーティーに入ったんですが、そこでも失敗続きで……結局追放されちゃって……」
その言葉を聞いた瞬間、俺はとある過去を思い出し……胸が締め付けられた。
錬金術師は危険、という世間の偏見は確かに根強い。太古の文明を滅ぼしたなんて言われるほど忌避されてきた歴史もある。まして失敗続きなら追放されるのも無理はない。
「それでも、私は母のようになりたいんです……。母みたいに、錬金術で人を助けられると信じて、勉強を続けていました……。さっきの爆発も、火のマナが過剰に混ざったせいだと思います。改良すればもっと安全に使えるかもって……」
ティーナの言葉は小さいが、必死に光を求めているようにも見えた。これまで出会った冒険者たちが高らかに「俺は最強だ」と言い放つのと違い、彼女は自信がないながらも何とか道を模索しているように思える。
「なるほど……興味深いな」
「えっ……?」
ティーナが驚いた顔でこちらを見る。
「錬金術ねぇ……実は俺も興味があったんだよね。どうしてそこまで忌避されなければなかったのか……気になるんだ」
その言葉に、様子を見ていた周囲の冒険者たちがざわつき始めた。
ルキウスとアルマもわけが分からないと言わんばかりに、目を白黒させている。
「それに俺の直感が言うんだ、この子には可能性があるってね。母の意思を継ぎたいって強い気持ちと、マナの混合を分析できるだけの知識がある。きっと伸びると思う」
俺は微笑んで手を差し伸べる。そして、ティーナに向けてはっきりと言った。
「合格だ、ティーナ。俺たちの仲間になってほしい」
驚きと戸惑いが彼女の表情を彩る。
「え……え、いいんですか……? わ、私、全然優秀じゃ……」
「大丈夫、君を歓迎するよ。これから補えばいいだけさ。母親のような錬金術師を目指すんだろ?」
ティーナは感極まったように目を潤ませ、
「は、はい……わ、私、がんばります……!」
と消え入りそうな声で返事をする。
周囲にいた冒険者たちはさらに驚きを隠せず、「本当にこの娘を採るのか……」「Aランクパーティも堕ちたもんだな」「いや、ロウドなら何か考えがあるのかもしれない」と憶測し合い、小さなどよめきが広がる。
だが俺は気にしなかった。ティーナの中にある諦めない意志を信じてみよう、と心が動かされたのだ。彼女ならきっと何かを成し遂げるだろう――根拠は曖昧だが、俺の直感がそう告げたのだ。
「それじゃ、改めて……ようこそ。俺たちのパーティーへ」
それが俺と落ちこぼれ錬金術師の出会いだった。
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