夢と現実の境で君を想う

@aimiyuki1216

第1話

学生らしい恋愛だった。将来が不確かなまま、今の楽しさだけを求めて、たまに話して気が合うからと付き合って、卒業と同時になんか会い辛くなって別れたような、そんな中途半端な恋を、私と水田君はしていた。

働きはじめて1年、恋愛どころではなく、毎月仕事の運用が変わって無意味と化す業務マニュアルを眺めながら私は帰ってからもぐったりしていた。

そんな日々で水田君を思い出したのは、実際会ったからだ。

ずっと空き家だった隣の101号室に、彼は引っ越してきた。これで別れたばかりの再会だったらストーカーを疑っただろうが、別れてからもう8年たつ。互いに忘れていて、挨拶時に、まさか?と思い出した程度だった。

「こんな偶然あるんだ、えーっと元気だった?」

「うん、まあ、それなりに」

「今日から隣、よろしくね、それ挨拶用のはじめましてメッセージがプリントされたクッキーだけどはじましてじゃなかったね気にしないでね」

「そういうメッセージ選べるクッキー、たまにあるよね」

喧嘩別れというわけでもないので、会話しつつもほんのりとした気まずさだけが残る。

聞けば、職場が近いのでここに引っ越したそう。

私も同じだ、そんなまた引っ越す予定も、転職する予定もない。

つまり今後しばらく自分たちはこのままお隣さんだ。

これが物語なのであれば「再会」になにか意味がある気がした。

私はその日、夢を見た。とっくに卒業したはずの教室に制服姿でいることに夢の私はなにも疑問を持たなかった。

「あ、ひめかー、昨日のお笑い見た?賞とったやつ微塵も笑えなくて」

「落ちた人のほうが面白かったよね」

しばらく雑談をして、その横顔を見ながらどうか今だけは先生も友達も教室に来ないで欲しいと願う。夕日が差し込む教室で、話題が尽きると、そっと近くで寄り添った。互いにその距離感を許していた。

今、今は……?

目をさます。今日は仕事は休みだ。しばらく、自分が学生ではなく、普通に大人で、もう社会人なのかという事実にぼんやりしながら、起き上がって顔を洗った。

ゴミ出しに玄関から出ると

「「あ」」

水田君と同時だった。燃えるゴミを二袋も持っている。

「ゴミ多いね」

「一人暮らしなのに業務スーパーでテンション上がって買って全部腐ったんだよね」

「ほどほどにしないとね……」

二人暮らしならもう少しその買いだめしたのも管理できただろうか?

正直、よりを戻してもいい気がしている。ただただ距離が原因で別れて、今は距離が縮まったのだから。

別れる理由も、よりを戻す理由もなんだかロマンがないが、でも別れて以降ちゃんと恋人を作らずにいたのは、きっとこの時のための……。

「そういえば、もう関係ないことではあるけど、俺今彼女居てさ」

「え?」

「だから、お隣ではあるけど、たぶんそんなに休日会ったりとかはしないほうがいいよな、互いに」

「あ、ああ、そうだね」

「いやほんと隣偶然で驚いたもんな、とりあえず、それじゃあ」

また、夢を見る。教室にいる水田君に話をかける。

「ねえ、私たち付き合ってるんだよね?」

「え?おう、そうだけど、どうした?」

「ううん、確認したかっただけ」

近くに座って、腕に抱きつく。廊下がわいわいと騒がしくなったので、ぱ、と離れた。

一緒に帰ろう、土日は映画とか行こう、バレンタインとかどんなチョコがほしい?

全部相手は私だよね

「ずっと私だよね?」

目をさまして、ゴミを出す時間を遅らせる。出て、水田君に出くわさないとほっとした。

しかし、会えないと会えないでその閉ざされた扉の向こう、彼女と居るのではないか、と思えた。別れて8年、それはなにも悪いことではない。気まずいなら、引っ越すことだってできる。でも……でもなんだろう、この感じ。

夢をみると、私たちは成長していた。卒業して、別れずに一緒に居て、カフェで物件を見ている。

「風呂足のばせるほうがいいよね」

「やっぱ独立洗面台がいいよなあ」

そうして、今現実で借りている部屋を指差す。これは夢?現実?こうやって一緒に選んだ光景がひどく自然なものに感じた。

「水田君」

「みずたくん」

ずっと隣に居たはずなのに。今も、今だって……。

毎晩、毎晩、夢の中で一緒に夕飯を食べて一緒に眠った

起きると一人だった。起きると水田君は……。

ちがう、ちがうちがう。あれ?どっちだっけ、どっちがどっちだっけ。

上司に飲み会を付き合わされた帰り道、夜、すべてが歪んで見えた。電柱は曲がっている、道路は波打っている。街灯は幾重にも重なっている。

そうだ、コンビニで総菜買って帰ろう、どうせ水田くんも、なにも食べてないよね。

101号室の扉に手をかける。

しめ忘れたのか鍵はかかってなかった。あけて、知らない花が飾ってあるのを横目に、酒臭い息を吐く。驚いたような水田君の声と、叫ぶ見知らぬ女性の声が響いていた。

私は今、夢と現実の境に、ただただ突っ立って笑っていた。

もう、どうすることもできないまま。

ただ、愛を求めて。


End

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