ギター少女は負けず嫌い

猫の耳毛

ギタリストは負けず嫌い

「ベース少女は目立ちたい」の続編です。一応読まなくても話は通じますが、読むことをお勧めします。




 私は鈴木詩音すずきしのんという、根っからの陽キャだ。文化祭ライブでも、軽音部よりもかっこいい演奏をした。

 エレキギターを持った私よりもキラキラした存在なんていなかった。

 アイツ以外は!!

天音凛あまねりん!あんたなんかより私の方が才能あるんだから!」

 私は一人ベッドの上で悶えていた。

 私が文化祭で1番目立っていたはずなのに。拍手の数は凛の方が多かった。

 しかも、ベース!

「クソー!ベースなんかルート弾きしてりゃ良いのに!あんな前に出てスラップ!」

 ベースのくせに目立ちたがり屋で...出しゃばって...!

 そして何よりもムカつくのが、あの子はスラップをやったことがない。

 私も色んなバンドに参加したから分かる。

 凛のスラップは叩いて引っ張っただけ。フォームも汚いし、演奏中節々の反射神経が鈍い。

 あの子は、だけでやりきった。彼女は、譜面...いや他人の演奏だろうな。とにかく、他人の演奏を脳内再生しながらそれをコピーした。

 それに加え体力もすごい。いや、根性か。スラップは疲れやすい奏法。スラップ初心者はすぐに腕が悲鳴を上げる。

「どうしよう。明日、凛に話しかけてみようかな...」

 身体を起こし、部屋にあるギターに視線を向ける。

 フェンダーのTLタイプのエレキギター。一切の光を反射しない黒のボディに、それとは対照的な、真っ白なピックガード。

 そして、その横に大量に積まれたボロボロのピックガード。

 ピックガードは、ピックでボディを傷つけないために付いているので、交換が可能だ。もう、何回ボロボロにしたか覚えていない。とにかく、それだけギターをやった。

 凛の音の秘密を知りたい。

 よし。明日、凛の教室に行ってみよう。


 朝、廊下は人で賑わっている。これから授業が始まるので移動する人や、授業の前に他クラスの友人と話す人。

 色んな会話が私の耳に入るが、それは全てかき消される。

 文化祭ライブから、ずっと、凛の演奏が頭から離れない。

 人をかき分け凛の教室へ向かう。

「d組......d組......d組......あった!」

 教室の後ろのドアから顔を覗かせると、そこには凛が一人で座っていた。

 話しかけようと教室に足を踏み入れたその瞬間。

「詩音じゃーん!昨日の演奏マジでエモかった!」

 話しかけてきたのは昭子。ネーミングセンスの欠片もない親に育てられたこの女は、名前だけでなく性格も悪い。

「(え、本当?ありがとう!)あーめんどくせーな話しかけんなよ...」

 ん?あ、あれ?実際の声と、心の声、逆だった?

 すると昭子はごめんとだけ言ってどこかへ消えてしまった。

 ま、いっか!

「えっと...始めまして?私、詩音っていうの」

 私はベースの譜面を眺めてる凛に話しかけてみた。

「ぇ、ぁ、ぁ、ギャルだ怖ぃ...は、始めまして...私は...:"+'+:)::-":$;+-*---&」

 最後に方は何言ってたのか良く分からなかったけど、とりあえずよろしくとだけ言っておく。

「え、えっと私みたいな陰キャに何の用ですか?」

「えっと、私も音楽が好きでね...」

 私がことの経緯を説明しようとすると、凛が大声で遮る。

「ベースやってるんですか!?」

「あ、私はエレキギターやってる」

「ぁ...そうですか...」

 目に見えて不機嫌になる凛を、私は分析する。

 さっき凛が大声を出したとき、同時に手を握られた。

 左手の指先はしっかりと硬い。ちゃんと練習している証拠だ。

 そして左右の手の大きさの比較。凛の手は細くて大きいが、両手が同じ大きさ。ベースを始めて1年も経っていないだろう。

「ベース始めてからどれくらい?」

「え、えっと...2ヶ月くらいです...」

「......」

「......」

 か、会話が続かない!

「あ、もうすぐ授業始まるからあた後でね!」

「あ、は、はい...」

 私は教室を後にした。


「つまり、音の高さは周波数によって変わる」

 先生が授業をしながら、板書をする。

 周波数とか、もうとっくの昔にやったに。"音"に関することはできる限り学んだ。

 先生の言葉は、どれも軽く感じてしまう。凛のベースを奏でる音に比べると、どれも軽い。

 昨日、家で猛練習したが、やはり軽い。

 凛の、不器用で力強い低音がずっと私の心を揺らし続ける。


「やっと授業終わったよ。ねえ詩音、一緒に帰ろ...っていつの間にいなくなってる」

 授業が終わったら、d組に即直行。

 そして、教室を確認するも、そこに凛は居ない。陰キャは帰宅が速いと聞いたがここまでとは。

 と、思っていると、居た。小柄なせいで、人混みをうまく避けられていない。

「凛、一緒に帰ろ?」

「え?あ、はい...」


 とは言ったものの、何の話をすれば良いのか分からず、5分が経過。

 私がここまで話せないことなんて無かったのだが。凛といるとどうも変な気分だ。

「そ、その...」

 この沈黙を破ったのは、凛だった。

「ん?何?」

「わ、私と、今度セッ+_;_+'+;_しませんか?」

 やばい声小さくて聞こえなかった。

 セッで始まる言葉...セッ〇スしか思いつかないけど絶対違う!

 もう適当に言ってしまえ!

「うん、良いよ。じゃあまた明日それについて話そう?」

「ほ、本当ですか?や、やった...セッションできるなんて...へへ」

 なんだセッションか。

 ってセッション!?合わせるの!?

 まさか一緒に演奏したいと言われるとは思わなかった。

「えっと...じゃあ今度凛の家行くよ」

「は、はい!」

 その後、私たちは分かれ道でバイバイ。自分の家に帰宅。


 時は流れ、今は一人楽器屋にいる。

 先週、セッションの曲をどうするか決め、それにあったベースを探しているところだ。

 ジャズベースがあまり似合わない曲だから、新しいのを買ってやろうと決めたのだ。一応、じいちゃんが大金持ちだから、ベース一本なんて余裕で買える。

 今練習中の曲はゴリゴリのメタル。となると、プレシジョンベースかな。あ、でもプレベはちょっと個性的すぎるかな...

 うーん...

 悩んでいると、一本のベースが視界に入った。数十本とある弦楽器の奥にある、一本のベース。

 それは、あまりにかっこよかった。

 ベースを選ぶうえで、音は大事だが、一番大事なのは見た目だと考えている。ダサい楽器だと、どうもやる気が出ない。

 だから、私にとって、そのベースは凛にぴったりだと思った。

 真っ白のボディ、そして、黒いピックガード。ピックガードは卵のような楕円。しかも、ど真ん中にどっしりと構えている。私のギターとは対照的だ。

 私は店員に丁寧な梱包をしてもらい、4弦の"コレ"を持ち帰った。


 あれから、色んなことがあった。一緒に何度も練習した。

 そして、なぜか凛の前だと素直になれない。ベースを渡すときも、買ったけど一回も使わなかったという嘘をついて渡した。

 これから、地域イベントで演奏するというのに、心のモヤモヤがぬぐい切れない。

「アンプ、チューニング、エフェクター......全部オッケーだね。さっそく始めちゃうか!」

 しかし、人前での演奏など何回も経験してきた。とりあえず弾かなくては。

「では、さっそく始めちゃいましょう!○○さんの○○です!」

 まずこの曲は私のギターで始まる。

『♬♬♬♬♬♬』

 コードを押さえ、ピックで弦を弾く。勢い余ったピックが、ピックガードに傷をつける。それほど力強く引かなければならない曲だ。序盤はベースは後ろで指弾き。ギターが前に出る。

 しかし、何かが足りない。

 音量、エフェクト、コード、テンポ、全てぴったりなのに、何かが足りない。観客も、殆どの人は「おお」とほんの少し驚いただけ。

 文化祭ライブの凛のように何かが物足りなかった。

 凛のせいでもない。彼女は、しっかりとルート弾きをし、ベースの"支える"という仕事を完璧にこなしている。何か問題があるとすれば私だ。

 私に問題がある。速弾きをしても、力強く弾いても、何かが足りない。

 なんでだ!?

 なんで凛みたいな音が出せないんだ!?

 背後から聞こえる凛の奏でる音色は、私の心を圧迫し、支配していく。

 結局、私は、凛によって用意された音の土台の上で踊らされているだけだった。

 それに加え、凛はまた手強くなった。私が彼女にプレゼントした、新しいベース。

 『Stingrayスティングレイ

 バリっとした力強い低音。硬い音。ロックやメタルにこれ以上ないほどの適応力を持ったベース。

 そして、約一分五十秒ほどが経過。来る。

 凛が一番苦労した場所。

 凛のベースソロが。

『♪x♪xx♬x♪x♪x♪xx♪♬♬x♪xx♬ ♪ ♪x♪xx♬x♪xx♩~♪』

 ベーシストなら誰でも知っている伝説のベースソロのフレーズ。

 凛は待ってましたと言わんばかりの勢いで、スラップを披露する。

 観客は残像を残しながら、4本の弦を強く指板に叩きつける右手に夢中だった。

 凛のスラップは実に見事だった。フォームもきれいになった。本当に綺麗な動きで、私まで見惚れてしまいそうになるところで、思い出す。

 そうだ。私はこの子を潰すためにセッションに応じたんだ。

 私はロックにおいては誰にも負けるわけにはいかないんだ!

 始めて1年も経ってないやつに負けたくない!

『♬♬♬♬♬♬♬♬♬♬♬』

 クソおせーんだよ!スラップは!トロイ音出して勝った気でいんのか!?

 今の私の32分音符での速弾きの方が速い!

「すげー!」

「おおお!」

「はっや!」

 勝った!観客は凛のスラップよりも盛り上がっていた!私の演奏の方が、目立ってる!

 どうだ!見たか!凛!勝ったぞ!

 私に、2回目も勝てると思うなよ!

 私は、ロックにおいて世界一の...


 負けず嫌いだ!


 私は自分の意地を貫き通し、天才に勝った!

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