消えない花
sui
消えない花
春の終わり、ユウは古い温室の片隅に、白い花を見つけた。名も知らぬその花は、どこか儚げで、けれど不思議なほど美しく咲いていた。
「こんなところに花が咲くなんて、おかしいな」
温室はもう何年も使われておらず、ひび割れたガラス越しに差し込む光は薄暗い。誰も手入れをしていないはずなのに、その花だけはまるで誰かが大切に育てたかのようだった。
翌日、ユウはまた温室を訪れた。すると、そこには花とともに、小さな手紙が置かれていた。
「あなたが気づいてくれて嬉しい」
それはまるで、見えない誰かが彼を待っていたかのような言葉だった。ユウは少しだけ怖くなった。でも、同時に胸の奥が温かくなった。
それからユウは、毎日その花に会いに行った。水をやり、小さな言葉をかける。すると、手紙は少しずつ増えていった。
「ありがとう」
「ここは寂しくなくなったよ」
ある日、ユウはふと気づいた。手紙の文字は、どこか懐かしい筆跡だった。幼い頃に亡くなった姉が、よく書いていた字に似ている。
ユウはそっと花を撫でた。「また来るよ」と囁くと、風がふわりと吹いて、花びらがかすかに揺れた。
それから数日後、温室に行くと、花はもう咲いていなかった。けれど、そこには最後の手紙が残されていた。
「もう大丈夫。あなたはもう一人じゃないから」
ユウはその紙をそっと握りしめ、温かい涙を流した。
それ以来、どこにもなかったはずのその花の香りが、ふと風の中に混ざることがあった。まるで、見えない誰かが「ここにいるよ」と囁いているかのように。
消えない花 sui @uni003
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