第16話 裏切りの連鎖

 スマホの画面に映る美咲のメッセージを見つめながら、陽一は迷っていた。


「どういうこと? 父が何か仕掛けたの? 私は知らなかった!」


美咲は本当に何も知らなかったのか? それとも、これはさらに深い罠なのか。


「どうする?」


加藤が低い声で尋ねた。


「美咲に返事をするのか?」


陽一は数秒間、思考を巡らせた後、慎重にメッセージを打った。


「お前の父親は俺を殺すつもりだった。お前は何も知らなかったのか?」


すぐに既読がついたが、しばらく返事はなかった。


沈黙が続く。


やがて、美咲からの返信が届いた。


「信じて。私は何も知らなかった。でも……話したいことがある。」


「……会うべきか?」


陽一は加藤に尋ねた。


加藤は腕を組んで考え込む。


「リスクは高い。だが、シンカに潜り込んでる彼女の情報は貴重だ。会うなら、俺も同行する。」


「いや、俺一人で行く。」


「……バカを言うな。お前一人じゃ何が起こるか分からん。」


「美咲が本当に裏切っていないなら、二人で行けば余計に警戒される。それに……この話は、俺自身で確かめたい。」


加藤は渋い顔をしながらも、しばらく陽一を見つめた後、ため息をついた。


「……分かった。だが、必ず連絡をよこせ。何かあればすぐに動く。」


「ありがとう。」


陽一はスマホを手に取り、美咲に返信した。


「分かった。場所は?」


美咲からの返答はすぐだった。


「ホテル・グランヴィアのラウンジ。23時。」



------23時、ホテル・グランヴィア


陽一は、落ち着いた雰囲気のラウンジに足を踏み入れた。


店内には数組の客がいたが、奥の席に座る美咲の姿はすぐに見つけられた。


彼女はいつもと違い、どこか落ち着かない様子だった。


「待たせたな。」


陽一がそう言って席に着くと、美咲はすぐに口を開いた。


「お父さんが、あなたを殺そうとしたなんて……信じられない。でも、もう分かったわ。シンカは、私が思っていたよりもずっと危険な組織だった。」


「お前は何も知らなかったのか?」


「……私は、シンカの研究が倫理的に問題を抱えていることには気づいていた。でも、お父さんがそこまで非道な手段を取るとは思ってなかった。」


美咲は不安げに視線を落とした。


「私、お父さんともう話せない……。でも、あなたに協力するって決めた。」


「それで?」


陽一が問い詰めると、美咲は小さなUSBメモリを差し出した。


「これは?」


「シンカの研究データの一部。私のアクセス権でダウンロードできる範囲だけど……あなたの研究と関係している情報もあるはず。」


陽一はそれを慎重に受け取る。


「ありがとう。だが、美咲、お前は本当に大丈夫なのか?」


美咲は苦笑した。


「……分からない。でも、もう後戻りはできないわ。」


その言葉に、陽一は静かに頷いた。


しかし、次の瞬間——


ラウンジの入口に、黒いスーツの男たちが現れた。


「……クソッ!」


陽一はすぐに立ち上がった。


「美咲、逃げるぞ!」


しかし、美咲は動かない。


「……無理よ。」


「何?」


美咲は、震える手でスマホを見せた。


画面には**『桐生からの着信』**と表示されていた。


そして、次の瞬間——


美咲のスマホが音声メッセージを再生した。


「美咲、お前の裏切りは全て分かっている。陽一と共に捕まれ。そうすれば命は助けてやる。」


陽一の背筋が凍った。


美咲は涙を滲ませながら、かすかに微笑んだ。


「……ごめんなさい。」


その瞬間、スーツの男たちが一斉に動いた。


陽一は、テーブルを倒して遮蔽物を作りながら、美咲の腕を掴んだ。


「何をしてる! お前まで捕まる気か!?」


美咲は首を横に振った。


「逃げて……! 私はもう、逃げられない……!」


陽一は歯を食いしばった。


(ここで美咲を見捨てるのか? それとも——。)


しかし、次の瞬間、ラウンジの窓ガラスが砕け散った。


「!!?」


黒い影が飛び込んでくる。


「陽一! こっちだ!」


加藤だった。


加藤は手際よく男たちの間をすり抜け、陽一の腕を引っ張った。


「美咲は!?」


「無理だ! 今はお前が逃げるのが先だ!」


陽一は必死に振り返る。


美咲は、桐生の部下たちに取り囲まれながら、静かに微笑んでいた。


「行って……!」


陽一の拳が震えた。


だが、今は——。


「……クソッ!」


加藤に引っ張られるまま、陽一は夜の街へと飛び出した。


背後で、美咲の姿が遠ざかっていく。


美咲はもう戻れない。だが、陽一は誓った。


——このままでは終わらせない。必ず、全てを覆す。

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