第13話 罠と交渉
陽一は、バーの奥で美咲と向かい合う桐生の姿をじっと見つめていた。桐生は噂通りの男だった。鋭い目つき、無駄のない動き、そして周囲を警戒する仕草。彼が裏の世界で生きてきたことは、一目で分かる。
(慎重に動かないと、こっちが潰される……。)
美咲が桐生と会話を続けている間、陽一はどうやって接触するかを考えた。
直接話をするのが最も手っ取り早いが、突然現れても警戒されるだけだ。しかも、桐生は裏社会の人間だ。何かしらの護衛を用意している可能性もある。
(まずは、美咲を利用して桐生に接触する……それしかない。)
バーの中での会話が終わったのか、美咲が席を立ち、桐生に軽く頭を下げて出口へ向かった。
「……今しかない。」
陽一は店を出た美咲の後を追った。
⸻
美咲はバーを出て、細い裏路地を歩いていた。周囲に人影はほとんどない。
陽一は少し距離を取りながら声をかけた。
「桐生美咲さんですよね?」
美咲は驚き、振り返ると、警戒した目で陽一を見た。
「……あなたは?」
「俺は、あなたの父親に用がある者です。」
その言葉を聞いた途端、美咲の表情が険しくなった。
「父に? 何の用ですか?」
陽一は、慎重に言葉を選びながら答えた。
「彼が持っている“認証キー”が必要なんです。」
美咲は少し困惑したようだったが、やがてため息をついた。
「あなた、何者なの?」
「元・シンカの研究者です。あなたの父親の組織に全てを奪われた人間です。」
美咲は、しばらく陽一を見つめていたが、やがて小さく笑った。
「あなたみたいな人、初めてじゃないわ。」
「……どういう意味ですか?」
「父を憎んでいる人は、たくさんいるってことよ。」
美咲は、冷めた目で陽一を見つめた。
「でも、私に何を期待してるの? 父とあなたを引き合わせろとでも?」
「できれば、そうしてほしい。」
美咲は、ふっと小さく笑った。
「無理ね。父は警戒心が強いし、簡単に会える人間じゃない。ましてや、あなたのような敵意を持った人間に。」
陽一は、美咲の態度から、彼女が桐生とそこまで深い絆を持っていないことを感じ取った。もしかすると、利用することはできるかもしれない。
「なら、あなたが彼から認証キーを手に入れることはできますか?」
美咲は、少し考え込んだ後、首を横に振った。
「認証キーなんて見たこともないし、それが何なのかも知らない。父は、私にそういう話を一切しないの。」
「そうですか……。」
陽一は、一度深呼吸してから、美咲の目を真っ直ぐに見た。
「あなたは、父親のしていることを知っていますか?」
美咲は少し目をそらした。
「……完全には知らない。でも、綺麗な仕事じゃないことくらいは分かってる。」
「あなたは、そのままでいいんですか?」
美咲は黙ったまま、答えなかった。
陽一は、一つの決断を下した。
「桐生を直接動かすのは難しい。でも、あなたが協力してくれるなら、彼に揺さぶりをかけることができる。」
美咲は、警戒しながらも興味を持ったようだった。
「……具体的には?」
「あなたが、何者かに狙われているという情報を桐生に伝えるんです。」
「そんな嘘をつくの?」
「嘘じゃなくなるかもしれませんよ。シンカを潰そうとしている俺が、あなたに接触している時点で、いずれ本当に巻き込まれる可能性は高い。」
美咲は、しばらく考えていたが、やがてため息をついた。
「……いいわ。でも、一つ条件がある。」
「条件?」
「父から認証キーを手に入れたら、もう私を巻き込まないこと。」
陽一は、しばらく美咲の目を見つめた後、静かに頷いた。
「分かりました。」
美咲は、少しだけ笑みを浮かべると、「じゃあ、明日まで待ってて」と言い残し、その場を去っていった。
⸻
翌日、陽一は美咲からの連絡を待った。
そして、夜になり、ついにメッセージが届いた。
「成功した。父が認証キーを持って、指定の場所に来る。」
陽一は、スマホの画面を見つめながら、ゆっくりと拳を握った。
(ついに、手がかりを掴んだ……。)
だが、彼は知らなかった。
その待ち合わせ場所こそが、桐生が仕掛けた「罠」だったことを。
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