いつも睨んでる河原さん

バンゾク

いつも睨んでる河原さん

 あなたの代わりはいない。

 曲 漫画 小説 テレビのCM ドラマ

 いろんなケースでその言葉を聞く。

 でも僕は、僕の代わりはいくらでもいる、と思うんだ。

 

 テストの成績は中くらい。

 知人からイケメンともブサイクとも言われたことのない容姿。

 盛り上がりも悪目立ちもしない運動神経と体力、筋力。

 平凡という言葉さえ使うのが惜しまれる背景のような僕。

 部活の野球も、僕がいてもいなくても、結果に変わりはないだろうから辞めたし、文化祭や運動会だって僕がいなくてもいても、さしあたり変化はないだろう。

 そんな機械のパーツの欠片の一部のような僕だから、このラブレターもお断りしようと考えていた。


 中学2年の夏。

 あと数日で終業式という午後のことだ。

 授業終わり下駄箱へ向かっていたら、僕の下駄箱に女子が何かを入れているのを目撃してしまった。

 僕は驚いた。

 その人は隣のクラスで、結構人気な女子である『桜井 あずさ』さんだった。

 女子に詳しくない僕でさえ知っている、我が学年の人気者。

 そんな彼女が僕の下駄箱に何をしていたのだろう?

 性格は良いって聞いてるし、こんな僕にまさかイジメとは思えない。

 自分の下駄箱に近づき、開く。

 手紙だ。手紙が入っていた。

 もしやとも思いつつも、表面の一番上に『花田 生江へ』と僕の名前が確かに書いてあった。

 ラブレターだ。

 内容は簡単なものだった。

 今日の放課後、大事な話があるから部活が終わったら僕のクラスの教室へ来てほしいという内容。

 「もう部活に入ってないんだよな」

 短い文章を読み終えた僕は、そう呟く。



 帰る前に寄る場所ができた。

 まあ、馬鹿な僕でもこれがラブレターだということは想像できる。

 そして、このラブレターが、誰かが僕を笑い者にするために作った物だとしても、僕が行って言うことは一つ。

 僕よりいい人なんて世の中いくらでもいますよ、だ。

 こんな毒にも薬にもならない人間と一緒にいる時間なんて勿体ないのだから。

 


 校庭を散歩したり、無意味に体育館を覗いてみたりして時間を潰して、僕は指定されたとおりに自分の教室へ向かった。

 

 教室には桜井さんがいた。

 そして、もう一人女子がいた。

 高身長で目つきは鋭く、腕組みをして僕を睨んできた。

 いかにもヤンキーって感じの雰囲気だ。

 桜井さんの付き添いだろうか?なんにせよ僕の言葉は決まっている。

 「お待たせしました」

 お辞儀をしながら教室に入ると、そのヤンキー女子は、桜井さんが止めるのも聞かずに僕の元へと来て、

 「花田 生江だよな」

 と聞いてきた。

 「そうですけど」

 早く断りの言葉を言って、帰りたかった僕はぶっきらぼうに答える。

 すると、ヤンキー女子は「よし、やっぱりそうだよな」と頷き、僕に言い放つ。

 「あたしと付き合え。断らねえよな?」

 すごい眼力で睨まれた僕は、怯んだ。

 「はい。断りませんよ」

 オッケーしちゃった。

 人間、恐怖には勝てないものだ。

 




 夏休み初日、早速僕はヤンキー女子こと『河原 さくら』さんに呼び出された。

 彼女から届いたメールの内容は『暇なら学校の近くの河川敷に来い。11時までにだぞ』である。

 パシリでも必要になったのだろう。

 快適なクーラー環境を捨てて、自転車に跨がり、日射しが強いなか指定された場所に僕は向かった。




 あの日、河原さんから告白をされた、すぐ後のことだ。

 僕の返事を聞いた河原さんは、桜井さんに引かれて桜井さんの後ろに立たされる。

 「ご、ごめんねいきなりさ!えっとね、今のはどこかに行くから付き合えとかじゃなくてね?」

 桜井さんは、僕が即答したことで、勘違いをしたと勘違いしているのか、なにやら慌てた様子で説明をしてくる。

 「それでね、河原さんは生江くんの事が好きで、さっきの付き合えっていうのは」

 「わかってますよ。そういう意味で言っているのだとわかった上で答えました」

 桜井さんの言葉を遮り、僕は自分の意思を示す。

 いや、本当は怖くてとりあえずオッケーしちゃったんだけど。

 すると、河原さんは「わかっただろ?桜井、やっぱ立ち会いなんていらないんだってば」と言ってこちらに来る。

 その言葉に、桜井さんはムッと顔をしかめていた。

 そして、河原さんは自分のスマホを取り出し「おら、アドレス交換すっぞ。夏休みになったら連絡すんだから」とメールアドレスの交換を命令してくる。

 「はいはい」

 言われるがままに、僕も自分のスマホを取り出して、アドレス交換をする。

 「うし、ま、あんがとよ桜井。お前が下駄箱にアレ入れてくれたから花田が来たわけだし、感謝はするよ」

 そう言い河原さんは、教室から出ていってしまったのだ。

 


 その後に、桜井さんから河原さんの話を聞いて、河原さんが僕に告白をしようとしていたから、勘違いをされないために立ち会いを申し出たとのこと。

 

 

 指定された場所と思われる場所へ自転車で向かっていると、見つけた。

 不機嫌そうな顔をして腕組みをし、自転車に座り、河原さんは川を見ていた。

 白のTシャツに紺色のショートパンツというラフな服装。

 黒くて長い髪の毛は、この猛暑だと暑くて堪らないだろうと感じる。

 河原さんの近くに来て、自転車を降りて押しながら声をかける。

 「お待たせしました」

 僕が声をかけると、不機嫌そうな顔をこちらに向けて、ため息をしたかと思えば、座っていた自転車から降りた。

 「…暑いな」

 僕を睨みながら、河原さんは言う。

 なるほど、飲み物が欲しいのか。

 もしもの事を考えて、氷を入れた水筒を2つ用意しておいて良かった。

 「麦茶です」

 僕が口を付けていない方の水筒を差し出すと、河原さんは目を細めて受け取った。

 受け取った水筒を眺める河原さん。

 「安心してください。そちらは洗って水気を取ったものを持ってきたので、清潔な水筒ですよ」

 それを聞いて安心したのか、水筒の蓋を開けて、飲み始めた。

 「…うまい」

 喜んでくれたのだろうか?

 短く感想を言った河原さんの額に汗が流れている。

 そうか、この暑さのなか待っていたんだから、汗も大変だろう。

 ここで僕はタオルを取り出す。

 どんなパシリを命令されようと大丈夫なように、洗いたてのタオルを入れてある。

 「汗凄いですね。どうぞ」

 僕がタオルを差し出すと、河原さんは短く「…おう」と答えて、汗を拭いた。

 そして、熱中症で倒れられて、それが原因で脅されたら怖いので、僕は冷蔵庫で冷やしてあった、熱さまシートを取り出す。

 「首筋に貼ると涼しくなりますよ」

 保冷バッグにもなる僕愛用のカバンは、外の暑さにも負けず、ひんやりと冷えた熱さまシートを提供してくれる。

 「…おう」

 さっきから河原さんは「おう」しか言っていない。

 どこか気力を感じないな…。

 そうか、この暑さで外にいたんだ。

 河原さんは脱水症状一歩手前なのかもしれないぞ。

 「これ塩飴です」

 カバンから塩飴を取り出すと、河原さんは「どんだけ準備してんだよ!」と声を張り上げた。

 「どれだけと言われても、とりあえず河原さんが僕を待っている間に、熱中症や脱水症状を起こしてしまうのではと考えて、その対策になりそうな物はある程度」

 「さっきから花田が出してくる物貰ってるだけじゃん!」

 「そうですね」

 「デートじゃねぇだろこれ!」

 あの文面でデートの誘いだったのか。

 まさかの真実に驚きを覚えた。

 「そうかもしれません」

 デートのつもりで来ていないのだから、デートっぽくなるわけがない。

 「とりあえず、花田が来たら行こうってしてたトコあるから、そこ行くぞ。暑くてたまんねぇよ」

 僕が渡した水筒を、自分の自転車の籠に入れて、河原さんは自転車に乗り、漕ぎだしてしまった。

 カバンのチャックを閉めて、僕は河原さんの後をついていく。



 どこに行くのだろう?疑問を抱きつつ、河原さんの後をついていく。

 僕らの学校の前を通り過ぎて、だんだんと周囲の背景に田舎感が出てきた。

 住宅街の道を、右へ左へ何度か曲がった河原さんは、ようやく自転車にブレーキをかけた。

 「ここだ、長時間居られて涼しいしドリンクも飲み放題。サイコーだよな」

 河原さんが僕を連れてきた場所は、カラオケであった。

 「お昼なのにガラガラですね」

 現在、正午過ぎだ。

 遊び放題の夏休み、その正午にカラオケなんて、学生達には絶好の遊び場だろう。

 しかし、駐車場には車が2台停まっているのみで、自転車なんて見当たらない。

 「ここ、あたしの家の近くなんだけど、ついて来ててわかっただろうけど、すげぇ田舎な上にこんな奥まった場所にあるからいつも空いてるんだよ」

 そりゃあ、いつも空いてるだろう。

 道路に面しているとは言え、河原さんの言うとおり、地元の知る人ぞ知る店って雰囲気だ。

 「凄くいい場所ですね」

 僕がそう言うと、河原さんは目を細め、僕を睨んで、ぎこちなく笑った。

 「…とりあえず入るぞ」

 そのまま百八十度振り向いて、一人そそくさと入店してしまう。

 「褒めたつもりだったけど、癇に触ること言ったかな?」

 河原さんが不機嫌になるポイント、特に睨んで来ている時の事は重点的にメモしてみよう。

 ただでさえツリ目で視線が鋭いのに、睨まれたら怖いったらない。



 「はい、二人です。フリータイムのドリンクバー付きで」

 先に行った河原さんは、女の店員さんに丁寧な口調で話していた。

 「河原さんは、店員さんには丁寧語を使う。と」

 メモ帳を取り出して、書く。

 「かしこまりました。それでは16番の部屋、左手側の通路にあります。ごゆっくりどうぞ」

 店員さんは、部屋番号の書かれたプラスチックプレートとおしぼりを入れた横長の黒い箱を河原さんに渡した。

 「16番だってよ」

 プレートを手に取り、僕に見せながらそう言うと、河原さんはそそくさと左の通路へ行ってしまう。

 少しは待ってくれてもいいだろうに。

 早く歌いたいのだろう、そう思うようにして僕も割り当てられた部屋に向かう。

 その時、店員さんがじっと僕を見ていることに気づいた。

 僕と目があった店員さんは、微笑んで奥へと消えていった。

 「案内とかないタイプの店なんだ」

 


 河原さんが足早に一人で部屋に行った理由がわかった気がする。

 河原さん、とても歌が上手い。

 音程が合ってるっていうのもあるけど、聞き取りやすくて心の芯を揺すぶられる。

 感動した。

 これだけ歌が上手いんだもの、カラオケも好きなのだろう。

 早く歌いたくて仕方なかったんだなと、解釈する。

 河原さんは歌が上手い。メモ帳にそう書き加える。

 「上手ですね」

 僕は褒めたつもりだったが、河原さんは目を細めて睨んできた。

 「…あんがと」

 ありがとうとは言ってくれるのか。

 褒めると目を細める。メモメモ……。

 メモ帳に書き加えているうちに、僕の番がやってきた。

 マイクを取る。

 すると、河原さんは睨んできた。

 下手に歌うなよって脅しか?と思ったがよくよく思い返せば、河原さんは基本的に僕を見ている時は睨んでいるなと、気にしないことにした。


 「明日はきぃっと…私は~ひと~りぃ~~~~~~」

 こぶしと心を込めて、いつもどおり全力で歌った。

 カラオケっていいもんだ。

 ずっと僕を睨んでいた河原さんは、拍手をしながら「これ演歌?」と聞いてくる。

 「演歌ですけど、アニソンなんですよ。穀潰し達の奮闘っていうアニメに出てくるキャラが作中で歌っているのを聞いて、最初はギャグで聞き始めたんですけど妙に良い曲でハマったんです」

 つい、熱が入り解説してしまう。

 河原さんはそんな事を聞きたかったわけではないとわかっているが、好きなことには早口になってしまう。

 案の定、河原さんは僕を睨みながら興味なさそうに「ふーん」と言う。

 

 その後は交代交代で歌を歌い、気づけばフリータイム終了の夜7時。

 僕は激ウマな歌を聞けて幸せだったが、河原さんは僕をずっと睨んでいたし、僕が歌い終わる度に「これもアニソン?」とか「昔の歌だよな」とか質問ばかりで、はたして楽しんでくれたかは不明だ。

 フロントから部屋へ、フリータイム終了の電話が鳴り、河原さんは番号が書かれたプレートを持ってフロントへ行く。

 僕はその後ろをついていく。


 フロントに着いて、河原さんが「あ!」と声をあげた。

 「忘れ物ですか?」

 今までにない大声でびっくりしたが、落ち着いて質問する。

 僕の方を見た河原さんは「財布忘れてきてるわ」と言った。

 「あら、探してきますか」

 部屋に戻ろうとした僕を、河原さんは手を引いて止める。

 「いや、家に忘れたんだよ」

 まさかの言葉に驚く。

 待てよ?そういえば今日、河原さんは何も荷物を持っていなかった。

 財布どころかカバンさえ見当たらない。

 なるほど、やっと今日呼ばれた理由が判明した。

 財布を忘れた事にして、タダでカラオケを楽しみたかったのか。

 そうでなきゃあんな暑いなか、外でずっと待たないよな。

 「なら、僕が出しますよ」

 幸い料金はそんなに高くないし、中学生の僕でも、家の手伝いで貯めたお小遣いで払える金額だ。

 「いい、家近くだし取ってくる」

 河原さんは遠慮するが、河原さんの家がどれくらいの距離かわからないし、それを待つくらいならさっさと払った方が良い。

 なにより「なら早く取りに行ってくださいよ」なんて怖くて言えないし、せっかく僕を誘ってくれたんだ。お金くらい出さないと相手に損をさせてしまう。

 「せっかくのデートですし、デートって男が支払うもんだって両親やテレビで言ってましたし、出しておきますよ」

 それっぽい理由をつけて、僕は二人分の料金を払った。

 すると河原さんは、目を細めて僕を睨んできた。

 あれ?褒めていないのに目を細めた。

 条件の見直しが必要かな?

 「あんがとうな、次デートする時はあたしが払うから」

 「期待しておきます。来週夏祭りもありますしね」

 店から出ながらそう話すと、河原さんは不敵に笑い。

 「夏祭りか、いいな」

 と呟いた。

 





 初デートから1週間が経った。

 その間僕は、メールでしか連絡をしてこない河原さんに、無料のチャットアプリを紹介して、それで連絡をするようになっていた。

 今日は、お昼から近くの神社で夏祭りがある。

 そこに夕方の3時頃、河原さんとデートしに行く約束だ。

 母親に少しお小遣いを貰えないか打診すると「無駄遣いはダメよ。持っている分だけで楽しんできなさい」と言われた。

 「はーい、河原さんにはあんまり無駄遣いできないって言っとく」

 煎餅を食べていた母の手が止まる。

 「河原さんって、前にデートした彼女さんよね?」

 「うん、3時から一緒に夏祭り回る約束してるから、あんまり使えないって言っておかないと」

 スマホでそう連絡しようとしたら、母が僕の手を掴み止めた。

 そして、自分の小銭入れから大量の100円玉と500円玉を出して、

 「これで楽しんできなさい、二人で使うのよ!いい?男は甲斐性を見せてなんぼなんだから!」

 と凄い剣幕で言ってくる。

 僕は怯みながら頷いた。




 現在14時半。

 早めに集合場所である神社の鳥居の前に僕は着いた。

 お気に入りのカバンは、いつもより財布に小銭が多い分重たかった。

 集合場所には、既に河原さんが鳥居に寄りかかり腕組みをして待っていた。

 白いTシャツに紺のショートパンツ。

 格好は前と同じだ。

 集合時間より早く来たのだが、待たせてしまったようで、河原さんは不機嫌そうに人混みを睨んでいた。

 「お待たせしました」

 声をかけると、河原さんは僕の方を見てため息をする。

 「…人多いな」

 「お祭りですからね」

 「…それもそっか」

 「では行きますか」

 「…おう」


 

 僕らは隣り合って歩き、出し物を巡る。

 メモ帳に書いた事や、最近ビデオ通話をして知ったが、河原さんが不機嫌そうに何か睨んで腕組みをしている時、これは緊張している時にそうなるんだとわかった。

 小学校の頃の発表会など、そういった人の前に立つエピソードを話している時の、河原さんの反応が『睨んで腕組み』であったから、そう仮定した。

 自惚れだろうが、河原さんは僕の事が好きなんだと桜井さんから聞いた。

 ならば、好きな人に告白する時やデートの待ち合わせの時間なんて緊張して堪らないだろう。

 条件に合う。

 

 「花田。焼きそば食べるか?」

 「そうですね。2つ買ってきます」

 河原さんは、僕の袖を掴んだ。

 「1つに、しないかな」

 「…わかりました。分け合いっこをしましょうか」

 河原さんは、僕の言葉に目を細めた。

 この反応。嬉しいんだ。

 河原さんは嬉しいことがあると、目を細めて睨む。

 これも僕が好かれているという自惚れが大前提になるが、河原さんを褒めた時や、楽しいエピソードを話している時に、河原さんは『目を細める』ことがあったのだ。




 石階段に座り、買ってきた焼きそばや、カステラを二人で分けあった。

 まだ1週間だが、河原さんと話をして判明したことがある。

 河原さんは可愛いのだ。

 容姿もそうだが、反応が可愛い。

 目つきがキツイから勘違いをしてたが、緊張している時の反応、嬉しい時の反応、それらを知ると、河原さんは実はわかりやすい人だとわかり、それが近づき難い雰囲気とのギャップ萌えになっている。

 



 辺りは暗くなってきて、そろそろ夏祭りのメイン、花火の時間が迫ってきていた。

 「ちょっと、手洗い行ってくる」

 河原さんはそう言って、近くにある公衆トイレへ行ってしまった。

 見える位置にあるし、わざわざ前で待つ必要はないなと考え、僕は石階段に座り、お祭り独特の喧騒を楽しむ。

 「あれ?生江くんじゃん」

 名前を呼ばれてそちらを見れば、僕らを巡り合わせてくれた桜井さんがいた。

 「こんばんは」

 「こんばんは。お一人?」

 「いえ、河原さんと来てます」

 その言葉に、桜井さんはニマニマと笑ってくる。

 「あらあら、もう二人はそんなに仲良しさんですか」

 「かもしれませんね」

 桜井さんは僕の隣に座り、頬杖をついて話をする。

 「でも良かった。あの日の生江くんの反応さ、逃げたくてとりあえずオーケーをした風に見えてたから」

 微笑みながら桜井さんはそう言う。

 「人を見る目があるんですね」

 「え?」

 「僕はあの時、河原さんに睨まれ、ただ怖かったから勢いでオッケーをしちゃいました。本当は、僕みたいな人間と一緒にいる時間なんて勿体ないから、誰だろうと告白は断るつもりだったんです」

 桜井さんは、僕の言葉にひどく焦った様子だ。

 「え、えぇ!それってマジなの?」

 「はい。誰かと付き合う気なんてありませんでした」

 「そ、そっかぁ」

 桜井さんは、落ち着かない様子で相づちを打つ。

 僕は構わず続ける。

 「でも、オッケーして良かったと、今はそう思います」

 「おお!?本当?」

 「ええ、本当です。河原さんて一緒にいて楽しいんですよね。緊張すると言葉足らずになったりして、こっちにもその事が伝わってきて、とても可愛いですし」

 目を閉じて、意を決して僕は振り向き、話す。

 「こんな僕でも、好きだって思ってくれる人がいるんだなって嬉しくなるんです。だから、河原さんとはこれからも、ずっと仲良くしていきたいなって、僕はそう思っていますよ。河原さん。」

 しばらくの間、静寂が訪れる。

 ドドーン!と花火が上がった。

 綺麗な花火に照らされて、河原さんが物陰から姿を見せる。

 「気づいてたんだ?」

 桜井さんは、がっかりしたように聞いてくる。

 「はい、桜井さんが頻りに僕の後ろを気にしていましたし、なんか視線を感じていたので」

 河原さんはバツが悪そうにして、僕らの方へ来る。

 「悪かったな、試すような事してさ」

 「いえ、お気になさらず」

 僕は微笑みそう言うが、河原さんは堰を切ったように突然叫ぶ。

 「気にするよ!お前ずっと敬語だしさ、あたしの事なんて…好きじゃないんだろ」

 河原さんは俯いてしまった。

 「桜井みたいに服装に気を遣ってないしさ、口調は荒いし、ヤンキーだし、デートにテンパって何も持たずに来ちゃうし、あたしなんかより桜井の方が好きだろ!」

 「そんなことありませんよ」

 「嘘つけ!お前気づいてないだろうから言ってやるけど、桜井と話してるとき笑顔だったんだ!あたしと居る時なんか、ちょこっとも笑わないくせに…」

 それはお互い様のような気もする。

 「笑顔でしたか」

 「ああ、良い笑顔してたよ」

 「そうか、そうなんだぁ」

 「なに、自分だけ納得してるんだよ。ほら、あたしに言いたいことあるだろ!さっさと言っちまえよ!」

 「はい、わかりました」

 僕は、一歩河原さんに近づく。

 河原さんは今にも泣きそうな顔だ。

 「……言えよ」

 河原さんは、きゅっと目を閉じて僕の言葉を待つ。

 「河原さん。僕、やっぱりあなたの事を好きになったみたいです」

 「……え?」

 「僕、笑顔だったんですよね?それは、あなたの事を思いながら話していたからですよ。家族からも笑わないなって言われる僕が笑ってた。それほど、河原さんの事が好きなんですよ。今わかりました」

 河原さんは、目を丸くして、次第に赤面していく。

 「な、なななな、そんなお世辞」

 「いえ違います。お世辞で人の事を好きだなんて言うタラシじゃないです」

 河原さんは目を細めて僕を見つめる。

 「これが僕の言わなきゃいけないことです。嬉しいですか?」

 「そ、そんなわけないじゃんか!」

 「嬉しいと目を細めちゃうんですよね」

 指摘されて、河原さんは自分の目を手で隠して、僕に顔を見せないように踞る。

 「そんなことない!」

 「照れることないじゃないですか、僕ら付き合ってるんですから」

 「平気でそんなこと言うなぁ!」

 いやいやと首を振る河原さん。

 すると、僕らのやり取りを見ていた桜井さんが、ため息をした。

 「はあぁ~あ!アホらし!さくらが不安だって言ってたからこんな芝居打ったのによぉ!見せつけてくれやがって!」

 桜井さんの豹変ぶりにぎょっとした。

 普段のおしとやかな振る舞いはどこへやら、頭をかきながら吐き捨てる。

 「ラブラブじゃんか!さくら!あんたのそのクヨクヨ考える癖、さっさと直さないと本当にフラれるよ!たくっ、一目惚れしたその日に手紙書いて告白しようって行動力はあるんだから、しっかりやんなさいよねホント!」

 「うぅぅ、桜井ぃ~」

 河原さんは涙目で桜井さんを見上げる。

 「まったく。今日はタクヤとのデートを断ってきたってのに、あー!アホらし!」

 桜井さんは心底呆れたように満天の夜空を見上げる。

 そして、僕の方を向いて叫ぶ。

 「いくえっ!あんたの気持ちは、よくわかっけど、もし気が変わったなんて言ってさくらを捨てたら」

 桜井さんはそこまで言うと、自分の首に親指を立てて横一閃して「かっ消す!」と僕を見下しながら吐き捨てて、怒りながら人混みに消えた。

 呆気に取られている間に、言いたいことを言って桜井さんは行ってしまった。

 「別人だ…」

 戦慄する僕に、河原さんは説明をしてくれた。

 「桜井の家って昔から極道なんだよ。だから桜井もあんな感じに育ったんだって」

 グスグスと泣き、河原さんは言う。

 僕は、河原さんにハンカチを渡した。

 せっかくのデートだ。泣いていられたら楽しいものも楽しくなくなる。

 





 僕の代わりなんていくらでもいる。

 その考えはまだ変わらない。



 「ほら、手を握ってください」

 河原さんに手を差し伸べる。



 それでも、この人にとって、僕は代わりがいない人になれたら、だだそれだけで僕は幸せなのだと思う。



 河原さんの手を引いて立たせる。

 「落ち着きましたか?」

 「おう、悪かったな。カッコ悪いところ見せちまって」

 「気にしないでください。お互いに知らない事がまだまだありますから、少しずつお互いを知っていきましょう」



 僕らは手を繋いで夏祭りを楽しんだ。

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