雨の中の元カレたち
草森ゆき
好きな人の好きな人の好きな人
私も高浜くんも別れようなんて一度も言わなかったけど、高校が離れて一ヶ月もすればメールも電話も勝手に途絶えて顔を合わせなくなった。
自然消滅ってこういうかんじかー、とか呑気に思いながら更に一ヶ月経った梅雨の時期、私は友達との下校中にたまたま高浜くんを見た。近場の駅にいて、ビニール傘を差していて、傘の下には同じ制服を着た女の子を一人入れていた。
「……新しい彼女かな……」
つい口に出した。友達が傘を傾けながら、ひょいと私の顔を覗き込んできた。
「何、知り合い?」
「うーん……知り合いっていうか、元カレ……的な」
「ああ、前にちょこっと言ってたね」
そう、友達数人には高浜くんとの自然消滅についてふわっとだけど話してはいた。学校離れちゃうとなー、むずかしいよねやっぱー、また新しい彼氏作ればいいよー、そんなふうな慰めをもらったことを覚えているけど、なんというか、腑に落ち切れていなかった。
たぶん、心のどこかではよりを戻せると思っていたんだ。メールでも電話でもなんでもいいから連絡がそのうち繋がって、また中学の頃みたいに一緒に過ごせるものだと思い込んでいた。
「恋愛って、うまくいかないねえ……」
私の呟きはばらばら降る雨の音に消された……と、思ったけども、友達は拾ったみたいで笑い声を上げた。笑われるようなことなのかとまごついている間に、友達はふたたび私の顔を覗き込んできた。
「そりゃーうまくいかないでしょ、人間みーんな、考え方も好みも何もかも違うじゃん。似てるとこはあってもさ、まったく同じだったりはしない。でもさー、だから好きになったりするでしょ。好きな人のいろんなとこ知りたくて、傷付いたりなんかもして、ちょっとずつ軌道修正していって……」
「待って待って、言ってることはわかるけども、もっと簡潔に……慰めを込めて簡潔に……!」
「ええ? えーと、だから……」
「だから?」
「だからー……失恋ドンマイ!! 次行こう!!」
友達は勢いよく言ってから、私の肩を指先でとんと押した。本当にかすかだった肩への突きと「失恋ドンマイ」の声量がなかなかにちぐはぐで、私の口からはつられるような笑い声が出てしまった。
笑いながらふと高浜くんのいたところを見たけど、もうどこにも姿はなかった。
胸はちくりちくりと細かい痛みをまだ持っている。それでも友達のおかげで前を見ようという気にはなれていた。
「ありがとうね、慰めてくれて」
素直にお礼を伝えると鼻を鳴らされた。
「次行こうって言ったのはさあ、下心だっつーの、俺の……」
男友達がふいと顔を背けながら言った言葉は雨音を通り抜け、私の鼓膜をきっちりしっかり震わせた。
あ、そういうことか。
気が付けば恥ずかしさが込み上げて、頭が一気に熱くなった。
雨音のうるささを口実にして私も友達もしばらく黙ったまま、ほてりを冷まし続けていた。
雨の中の元カレたち 草森ゆき @kusakuitai
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