ガラス瓶の見る夢

あけぼの こう

プロローグ


 1


 どこまでも広がる青い空


 ふわふわの真っ白い雲の上に、沢山のガラス瓶があった


 太陽光に照らされて、ガラスがキラキラと輝いている


 瓶の中身は空っぽで、太陽の熱で温かかった


 まるで日向ぼっこをしているような……静かな時が続くかに思えたその時


 想像もつかないくらいの沢山のガラス瓶は、不意に大きな手で掬い上げられる


 一つ残らず……


 大事そうに手の中に収められて、静かに移動を開始する


 ガラス瓶を持っている手はとても大きくて……


 とても優しそうな手だった


ーカチャカチャ……ー


 ガラス同士の擦れる音が響く


ーカチャカチャ……ー


ーねぇ?どこにいくんだろう?ー


ー下へ向かっているようだー


ーカチャカチャ……ー


ーもしかして……捨てられちゃうのかな?ー


ーカチャカチャ……ー


ーガチャガチャ……ー


ーこの神様優しそうだから、捨てるなんてそんな事しないよー


 瓶同士が色々と話しているのが聞こえてくる


 手の主は楽しそうにそれを聞きながら


 静かに両手を下へ降ろしていく


 ゆっくりと下がってゆく手の先に……空以外のものが見えてくる


 それはキラキラと輝き、空とは違った青い色がゆらゆらと動いている


ーガチャガチャ……!!ー


ー水がある!!ー


ーカチャカチャ!!ー


ー海だぁー!!ー


 嬉しそうな声や初めてみる海に驚いている声


ー僕たち……やっぱり捨てられちゃうの?ー


一つの瓶がそう言った途端、一斉に音が止まった


 手の主がそっと首を横へ振る

 


 首を振った時に頭についている長いうさ耳もゆさゆさと揺れていた


ー"捨てないよ?安心して"ー


 揺らぐような優しい声が伝える


ー"君達にはこの海を渡って……長い旅をしてもらおうと思うんだ"ー


ー旅?神様も一緒?ー


 寂しがり屋の瓶が聞く


ー"ごめんね……僕は一緒には行けないんだ。でも、君たちの事は必ず見ているよ"ー


ーカチャカチャ……ー


ーカチャカチャ……ー


ーどうして旅をするの?ー


ーみんなと離れちゃうのは嫌だよー


ー旅の途中で壊れたりしない?ー


 一斉に訴えるガラス瓶達


 それを諭すように、手の主はゆっくりと話し始めた


ー"大丈夫、また会えるから。必ず……全員一緒に"ー


ー"君達は僕が作った魔法のガラス瓶だから、僕が望まない限り形を変えたり壊れたりもしない"ー


ー"僕が出来ない代わりに旅をして……沢山色んな事を経験したり体験したりしながら、瓶の中に沢山の大切なものを詰め込んで、またみんなで集まって……"ー


 そこまで言うと、手の主は自分の両手を自分の顔の前まで持ってくる


 綺麗な色の髪と瞳がガラス瓶達を覗き込む


ー"大きな国を作って欲しいんだ"ー


ー?!?!ー


手の主のキラキラした綺麗な瞳と"長いうさ耳"に、瓶達は呆気に取られてしまう


ー"永い時間の中で経験する事は決して楽しい事ばかりじゃないと思う。悲しい事もあるだろう……でも、君達一つ一つが色んな事を覚えていけば行く程、素敵な色が溢れて輝く国になるんだよ"ー


ー"だから……頑張って行っておいで"ー


ー"帰ってくるのを待ってるからね"ー


 そうして……


 静かに……


 両手を海へと下す


 ずっと音を立てずにいたガラス瓶達は


 手が海面に沈むと一斉に瓶同士を擦れ合って大きな音を立てた


ーうさ瓶の神様ぁ!!待っててね?!ー


ー行ってきまーす!!!ー


 そうして……


 ガラス瓶達は波に揺られながら四方へと分散して行った…


 残った手の主は、静かに微笑む


 ガラス瓶達にとって、自分はきっと"うさぎの耳"と"ガラス瓶"の神様という事なのだろう


ー"うさ瓶の神様"、か……良い名前付けてもらっちゃったな"ー




 2


一体、どれくらいの時が流れただろう……


ガラス瓶達が旅へ出てから、途方もない時間が流れていた


ある瓶は大きなクジラに出会い


ある瓶はカモメの休憩所になり


空っぽだった瓶の中には、徐々に様々な色が集まっていった


そして……


流されながら段々と、ガラス瓶達は自然に一箇所に集まって行く


そこは太陽の光が柔らかく降り注ぐ丸く湾曲した入江


最初は一つだった瓶が……


一つ、また一つと


確実に集まって来る


ーカチャカチャ……ー

 

ーカチャカチャ……ー


ーやぁ!久しぶり!ー


ー君、凄く綺麗な黄色!!ー


ーカチャカチャ……ー


ーカチャカチャ……ー


ー僕は海の色みたいな青い色になったよー


ーわぁ!!君、虹色になってるね!!ー


久しぶりに集まってきたガラス瓶達は、お互いの瓶の中の色を見て楽しそうに、時には悲しげに……


自分達の旅路を話していく


ーカチャカチャ……ー


ーカチャカチャ……ー


ーねえ?神様はどこ?ー


ー早く瓶の色を見せたいなー


自分達を旅へと送り出してくれた、あの……長いうさ耳の神様"うさ瓶の神様"を瓶達は待っていた


そうして、最後のガラス瓶が入江に辿り着いた時


青い空の彼方から、彼らが神様と呼ぶ者が現れる


ーガチャガチャ……!!ー


ーガチャガチャ……!!ー


ーあー!!神様!!!ー


ー僕たち戻ってきたよ!!ー


嬉しそうにガラスをお互いに擦り合わせて、一斉に瓶達が喜び合う


ー"みんな、おかえり。永い時間頑張ったね、有難う"ー


色とりどりになったガラス瓶達を満足気に見つめて、神様は満面の笑みを浮かべる


まるで朝陽が照らすようなあたたかい笑顔


ー"楽しい事も、悲しい事や嬉しい事も..……いっぱい積み重ねて帰って来てくれて、みんな素敵な色になったね"ー


ーカチャカチャ……!!ー

 

 言われてガラス瓶達も嬉しそうにする


ーこれからどうするの?ー


 その言葉に、神様の長いうさ耳が揺れる


ー"これから、みんなにはここで一つの国になってもらいたいんだ"ー


ー"君達が集めてくれた色んな体験の色を魔力に変えて、誰もが幸せに……平穏に暮らしていける国になって欲しい"ー


ーガチャガチャ……?ー


ーうさ瓶の神様もその国に一緒にいてくれる?ー


ー"?!"ー

 

 そう言われて、うさ瓶の神様のうさ耳が驚いたようにピョンと真上に伸びる


ー"僕に……一緒にいて欲しいの?"ー


 そっと聞いてみる


ーカチャカチャカチャカチャ!!ー


 いつもよりも瓶が擦れ合う音が大きくなる


ー一緒にいたい、色んなお話したい、色んなものを一緒に見たい!!ー


 瓶達が一斉に騒ぎ出す


 ピンと立っていたうさ耳が、シュン…と下へ垂れ下がる


 一瞬の間、考えて……


 神様は瓶達に向かって頷いた


ー"一緒にいたいなら、君達と繋がっていられるように僕も国の一部になるよ"ー


ー"君達と共に……この国がどうなって行くのか…見届けなくてはいけないからね"ー


 そう言った次の瞬間


 空から大きな神様の手が現れて、淡い光が瓶達に降り注ぐ


 その光は徐々に光源を増していき……


 "ガラス瓶だったもの達"は眩い虹色の光に包まれ


 形を変えていった……


 その中で一箇所にだけ瓶達が集中して高く集まっていた場所は高く聳える火山へ


 丸い入江に沿って丸い


 まるで丸い瓶のような形で大地が出来て行く


 大地や川へ変わっていく瓶達の意識からは嬉しそうな気配が伝わってくる


 そうして、そんなに時間も経たないうちに


 上から見ると、一つの丸いガラス瓶のような形の国が入江の跡に誕生した


火山が淡い虹色の噴煙をふわふわモクモクと噴き上げる


ーうさ瓶の国だぁーーーーー!!!ー


 火山からそう言う意識が伝わってきて、神様は思わず微笑んだ


ー"うさ瓶ランドか……良い名前だね"ー


 そうして


 国が出来ると、神様は自分の姿を変え始める


 大きかった姿はどんどん小さくなっていき……


 長いうさ耳に全身が柔らかそうな毛並みへと変わる


 そうしてふわふわと……一羽のうさぎがうさ瓶ランドに舞い降りる


ー"今はこの姿だけど、どんなに姿が変わっても、必ずみんなと一緒だよ"ー


 そう告げて、うさぎは大地を嬉しそうに跳ね回る


 神から姿を変えた一羽のうさぎが、この国の最初の住人となった……

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