あなたの好きなトコロが見たいから

平 遊

ごめんね。だけど、大好きなの。

愛美まなみ……私もう、どうしたらいいか分からないよ」


 そう言って大きな目から大粒の涙を流す瑠璃るりを、愛美は優しく抱きしめる。


「大丈夫。瑠璃は可愛いんだから。浮気して瑠璃を傷つける男なんて、こっちから捨ててやんな」


 瑠璃を抱きしめながら、愛美は体中の血が滾るのを感じていた。胸が痛いくらいに高鳴っている。


 瑠璃の彼氏を誘惑しホテルへ連れ込んだのは、他ならぬ愛美。愛美の言うことなら何でも聞くたけるに、現場写真を撮らせたのだ。もちろん、女の正体が愛美だとは、分からないようにして。

 瑠璃に彼氏ができるたびに、愛美はそうしてことごとく破局させてきた。

 それは。


(そうだよ、瑠璃。あなたの涙ほど美しいものはこの世にない。さぁ、あたしのために、あたしだけのために、その美しい涙を流して)


 チュッ


 愛美の胸から顔を上げた瑠璃の頬に、愛美は軽く口づける。瑠璃の流した涙を味わうために。


「ありがと、愛美。大好き」


 涙で潤んだ大きな目を細めると、瑠璃も愛美の頬に軽く口づけた。



「で? 今度はどんな男なの?」

「……あの、もう一回したいです」

「はぁ……仕方ないな。んっ、ちょっと! 跡つくでしょっ!」

「いいじゃん、俺、愛美さんのために頑張ってるんだから」


 瑠璃からまた新たな彼氏が出来たと報告を受けた愛美は、早速相手を猛に探らせた。愛美に惚れている猛は、愛美の言うことなら何でも聞く。勿論、そのご褒美は与えている。

 猛が望んでいるもの、愛美の体だ。


「好き……好きです、愛美さんっ」


 愛美の名を呼び、愛美を抱きしめながら猛は果てる。

 いつものことだ。


「あたしが好きなのは、瑠璃だけだよ」


 その度に愛美は、小さく呟くのだった。



 瑠璃の次の彼氏をどう誘い出すか。

 作戦を練る為にと、愛美はいつものように猛の部屋に呼ばれた。

 だが、約束の時間に到着し、ドアベルを鳴らしても応答がない。電話をかけても、コールの音が鳴り続けるだけ。

 帰ろうとした愛美の耳に、部屋の中から声が漏れ聞こえてきた。

 それは猛の声ではなく、コトに及んでいる時の女の声。そして、その女の声は、愛美の聞き覚えのある――


「瑠璃っ!?」


 ドアノブに手をかけると、あっさりとドアは開いた。愛美は迷わず部屋の中へと足を踏み入れた。


「っ!」


 声にならない声が、愛美の喉から漏れ出た。

 玄関からすぐに見える場所で、肌も顕な姿で猛と睦み合っていたのは、瑠璃。上気した頬、潤んだ瞳で瑠璃は嬉しそうに笑い、愛美を見ているのだ。


「愛美」


 名を呼びながら、瑠璃は愛美に向かって片手を伸ばす。その手に呼び寄せられるようにフラフラと愛美が近づいた途端。


「今よ、猛」


 瑠璃の言葉に素早く動いた猛によって、愛美は体を拘束された。



「うぅっ! ううぅっ!」


 猿ぐつわを噛まされ、両手両足を結束バンドで縛られて床に転がされた愛美の言葉は、瑠璃には届かない。

 その目の前で、まるで愛美に見せつけるかのように、瑠璃は猛に抱かれている。恍惚の表情を浮かべて、愛美を見つめながら。


(なんで……瑠璃、なんで!?)


 この上ない絶望感に飲まれながらも、愛美はどうしても瑠璃から目を離すことができずにいた。


「ねぇ、猛。愛美はどこが一番感じるの?」

「ここ、かな」


 言いながら、猛は指を瑠璃の体の奥へと埋め込む。


「んっ……あと、は?」

「ここも」

「はぁっ……」


 胸の膨らみの頂点を猛の舌で嬲られ、瑠璃の口から湿り気のある吐息が漏れる。と同時に、大きな瞳から一雫の涙が零れ落ちたことに、愛美は気づいた。


(瑠璃……)


 愛美の胸がドクンと高鳴る。


「もういいわ。やめて」


 そう言うと、瑠璃は猛から離れて横たわる愛美の前にひざまずき、猿ぐつわを外して愛美の半身を抱き起こした。


「瑠璃っ、なんで」

「可愛い、愛美」


 うっとりとした笑顔のまま、瑠璃は愛美の言葉を遮るように口付けた。愛美の唇に。

 薄くて熱い瑠璃の舌が、愛美の唇を割って中へと入り込む。愛美はその舌を夢中で貪った。


「私ね」


 唇をぺろりと舌で舐め、瑠璃は言った。


「愛美が私のこと好きなの、知ってたよ」

「えっ」

「だって、私も愛美のことが好きだから」

「じゃ、なんで」

「好きなの、愛美が絶望感に襲われてる顔も。恍惚感に浸ってる顔も。可愛くて……堪らないの」


 愛美の頭を胸に抱きしめながら、瑠璃は続ける。顔に押し当てられる瑠璃の胸の柔らかさに気が遠くなりながらも、愛美は目の前の小さな蕾に舌を伸ばす。


「彼が出来たって言った時の愛美の顔。あの絶望的な顔が見たくて私、好きでもない男と付き合ってたんだよ? でもすぐに愛美が別れさせてくれるって分かってたから、我慢できたの。それでね、別れさせてくれたご褒美に、愛美が見たがってる私の涙、見せてあげて。そうすると愛美は、恍惚感に浸った可愛い顔、私に見せてくれるでしょう? だからもう、やめられなくなっちゃって」


 瑠璃の胸に夢中な愛美には、瑠璃の言葉の半分も耳には入っていなかった。だから、ガバリと瑠璃から体を離された時にもまだ、ぼんやりと名残惜しそうに瑠璃の胸を見つめていた。


「さ、次は私の番ね? 猛」


 愛美の側から離れた瑠璃の代わりに、猛が愛美の側に膝をつき、愛美の上に覆いかぶさる。


「やっ! ちょっと、猛っ?!」


 必死で体を捩る愛美に、瑠璃は言った。


「私の目の前で猛に抱かれる愛美は、どんな可愛い絶望的な顔をするのかな。それとも、いつもより感じちゃって、恍惚感に浸りまくっちゃう? あぁ……悔しくて私、泣いちゃいそう!」


 為すすべもなく、猛に次々と服を脱がされる愛美の姿を見つめる瑠璃の大きな目は、早くも潤み始めている。


(あぁ……なんて可愛いの、瑠璃)


「好きです、愛美さん……」


 瑠璃の見つめる前で、猛の愛撫が始まる。


(いやっ、いやだっ! でも、瑠璃があんなに可愛い顔を見せてくれるのなら……)


 霞がかかる頭の愛美の顔には、次第に絶望と恍惚の入り混じった表情が広がり始めた。


【終】

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