お願いがあります


「ラウラの故郷は神聖な場所として記録されているよね。一度は訪れたいと思っているんだ」

「森しかありませんよ」

「美しい場所だと聞いているよ。ラウラの髪と瞳の色が特別なのも、アダンクの血を引いているからなんだね。とても素敵だよ」

「すっ……ありがとうございます」


フィデリオに見つめられたラウラは、思わず視線をそらしてしまった。

喉が渇いていることに気づき、紅茶に手を伸ばす。

ふと、今まで一度も帰りたいと思わなかった故郷が、無性に恋しく感じた。


「本当に、こんな大切なことを僕に話してくれてありがとう」

「フィデリオ様だから話せたんです。私、ここに来て良かったって」

「僕も君がここに来てくれて感謝してるよ。そうだ、何か嫌なことはないかい? 領主に不満があれば、すぐに言っておくれ」


フィデリオが長い睫毛を閉じて軽くウインクをした。


うぅ慣れていたはずなのに……。

一週間ぶりのフィデリオ様はやっぱり格好良すぎる……。


深い意味などないとわかっているはずなのに、ラウラは息が詰まりそうになった。


「そんな、ここで働けて私は変われたんです! 感謝しています!」

「こっちこそ本当に感謝しているんだ。薬草園の雰囲気も、ここ三年でますます良くなってる」

「皆さんいい人たちばかりです!」

「うん、皆良い者ばかりだ。でも、君が王立魔術財団で学んでたのを知ってしまうと、少し申し訳なくなるな」

「とんでもないです、この薬草園はとても素晴らしいです!」


お互いに感謝の言葉を口に出し、遠慮しあっていることがだんだんおかしくなってきた。

顔を見合わせた二人は、思わず吹き出す。

ラウラは恥ずかしくて視線をそらしたが、またすぐに目が合い、笑ってしまう。


「今聞いたことは、もちろん誰にも言わないから安心して」

「はい。でも、生まれ故郷くらいはいつか話せるといいなと思ってます」

「うんうん。そうだね、皆羨ましがるよ。オリヴァー薬師長なんかは特にね」

「たしかに」


また二人で笑い合う。


あーこんなに楽しいことって今までにあったかな。

幸せな気持ちで胸がいっぱいになってる。


「そうそう、大事なこの石を返さないとね。これがなければ、僕もこの屋敷に戻った時にどうなっていたか……」


フィデリオが首飾りをラウラに渡そうとした。

いまラウラの耳には、右側だけイヤリングが揺れている。

目の前にあるのはもう片方、自分が革紐に通して作った首飾りだ。


返してもらう……。


不意に、ラウラの心に不安が広がった。

自分にとって、とても大切な精霊の石。

それなのに、フィデリオから返されることが寂しくてたまらなかった。


「あの、もしフィデリオ様がご迷惑でなければ、あの……よければなんですけど」

「うん」

「首飾り、持っていてください!」

「え? 駄目だよラウラ。これはとても貴重なものだ、君が身につけておかなくてはいけない」

「いいんです、今は二個に分かれていますから。そう、魔よけです!」

「でも、それは申し訳ない」

「今回は良かったですけど、またこんなことがあったら困りますから!」


ラウラの頬が次第に赤みを帯びていく。


「とにかく、私達が困るんです!」

「でも、いいのかい?」

「はい、フィデリオ様に何かあったら、この土地で暮らす人たちも困ります!」


ラウラは顔が熱くなるのを感じ、両手をぎゅっと握りしめた。

「皆のため」と言いながら、話を続けるうちについ本当の気持ちが出てしまいそうになる。

なんとか声を落ち着け、フィデリオをまっすぐに見つめた。

フィデリオの透き通るような青い瞳が、ラウラの言葉を優しく受け止める。


「そうか……うん、そうだね。ありがとうラウラ。では当分これを貸してもらうよ」

「はい!」


ラウラの肩から力が抜け、ほっとした表情に変わった。

フィデリオは大切そうに首飾りを手に取り、自分の首にかけた。

青紫色の石は、光を受けたようにキラキラと輝いている。


「さて、そろそろ君も疲れているだろう。今日はここまでにしようか」


フィデリオがそう言って立ち上がろうとした時、ラウラは小さく手を上げた。


「あの、実はフィデリオ様に、もう一つお願いがあるんです……」

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