第7話 ご縁さん、巫女舞を舞う
卯月の下旬の昼下がり。
体力をつけようと最近始めた散歩をしていると、背後から声がかかった。
「ご縁さん、背後に見えますわな」
齢7,80になるであろうおばあさまの姿があった。
「こりゃ失礼。私は
最近ここに越してきたんですわ」
突如のことに何事かと訝しむ私を、やさしい眼差しで見つめながら、
「そうじゃな……前世は能楽師か巫女さんといったところか。踊りの経験は?」
(どうして私が踊れるってわかるんだろう……?)
事実、私にはヒップホップダンスのスキルが多少ある。
ただ能楽や巫女舞となると━━
「素質はおありと見受けましてな。じき、声がかかりますでしょうな。
では、私は急ぎますので、これで」
言うと、年には思えない速さで私を追い抜いて行ってしまわれる御婦人。
☆ ☆ ☆
「そんなことがあったんですね、西楽さま」
夕食のスープカレーを食べながら、唯念君が言う。
「そう。でもどうして、私がダンスが出来るなんてわかったんだろう」
「そこはですね、霊感があろうとなかろうと、たとえば楽器なんかでも、目の配り方、姿勢、手の動かし方、それらで判断して、どんな楽器を演奏するかを見事に当てて見せる人もいてはるんですよ」
「ふーん」
と、唯念君のスマホにライソから通知が来た。
「失礼します、木之葉さま……ん、巫女舞の募集?」
「巫女さんが足りないの?」
「近所の稲荷大明神さんの禰宜さんなんですけど、普段から巫女さんもいないし、知り合いにもいないし、募集をネットや張り紙でしてもまったく梨のつぶてという事で……で、ご縁さんである西楽さまにお声がかかってるようです」
私はスマホを手にとって見る。生憎、充電切れだった。
「む、ということはあの御婦人……まさか、本当に見抜いたってこと?!」
ダンスなら得意だ。でも、巫女舞なんてやったことがない。
「西楽さまならお茶の子さいさいですよ」
「だといいんだけど」
「となると、お演じになられるのですね?」
「私はいいよ。でも、誰に教わるの?」
「それが問題ですね。後で詳しく聞いてみることにしましょう」
☆ ☆ ☆
2日後、唯念君が神主さんとのミーティングを設定してくれていた。
稲荷大明神という神社の、
「ようお参りくださいました。ささ、こちらへどうぞ」
境内の一角にある茶室に案内される。
やがて、豪華すぎるとも言える和菓子と抹茶が提供された。
横に座った神原さんに、単刀直入、とばかりに訊く。
「どうして私を選ばれたんですか?」
「道成寺さんという御婦人がいらっしゃいましてね。氏子さんなんですよ」
(道成寺さん?……道成寺さん……あっ!)
私と神原さんの視線が合う。私は両手をぽんと合わせて、
「あ~、だからなんですね! 実はですね……」
道成寺さんと出会った経緯を説明する。じっくりと聞く神原さん。
「お恥ずかしい話、ご当社は何百年という歴史があるんですが、少子高齢化にも拍車がかかっていること、また霊的なお仕事に携わりたいという人が減っているということ、特に神社の氏子さんの数が年々━━まことに残念なのですが、減ってしまっているんですよ」
「はい、はい」
「特に、もう巫女さんなんて雇ってる場合じゃないんです。事実、私も五社、掛け持ちをしているんですよ」
「えっ、そんなに?!」
「はい。こうして西楽さんとの時間を作るのにも難儀しました」
「えー、ライソとかお電話でもよかったのに」
神原さんは本当に申し訳無さそうに、
「いえ、大事な巫女舞ですし、大事なお方ですから、しかるべき対応をさせていただこうと思っただけです」
「あ、ありがとうございます」
礼を述べると暫く無口になった私達だが、
神原さんが口を開いた。
「早速なんですが、巫女舞はビデオを見て学んでいただかなければなりません」
「うーん、大丈夫ですか? 巫女舞を……何と呼ぶんでしたっけ」
「舞姫のことですね」
「そうですそうです、舞姫だった経験をお持ちの氏子さんとかはいらっしゃらないのですか?」
神原さなは目頭を押さえ、しかめっ面をして言う;
「それが、上京してしまったり、就職や結婚で遠方に移住してしまったり、教えてあげられる人がことごとくいないんですよ」
「では、どうすれば……」
「以前の舞をビデオで録画したものがあります。それを見ていただければと」
「映像だけだと難しくありませんか?」
「ご心配は御無用です。3つのアングルから撮影していたので、参照しながら真似ていただければと」
「なるほど。━━わかりました、やってみます」
ここで神原さんがすっくと立ち上がり、私に最敬礼をする。
「あっ、あのっ、いいのに……」
「いえ、快諾していただけるとは夢のまた夢でした。願い叶ったり、ですよ」
「大したことはできませんが、踊りは得意なので、なんとかなると思います。頑張って覚えますので、ご期待ください」
「よろしくお願いいたします」
動画を焼き付けたDVDを、前祝いの品々と一緒に頂き、急いで草案に戻ることにした。
☆ ☆ ☆
それから数日経った夜。
巫女舞自体はビデオを一通り見ただけで覚えることができた。
ただし、なぜ覚えられるのか、なぜ体が動かせるのか、ということが理解できない。
唯念君も、
「ははっ、それは西楽さまがやはりスーパー住職でいらっしゃるからですよ」
と言うのみだ。
「あるいは、神さま仏さまからいただいた『賜物』というやつなのでしょうね」
とも。
「唯念君は見える? 私の前世みたいなもの」
「うーん……見えるとすれば、法師さまの面影が見える、ということくらいかなと」
「とりあえず、輪廻転生の先がこの今の私だとすると、これはもうすでに有り難いこと。――その認識で合ってるよね?」
「左様でございます。さらに、生きている間に仏さまを『聞く』ことができる確率もものすごい倍率でございます。そしてさらに、さらに」
畳み掛けるように喋ったので疲れたのか、唯念君はいったん息継ぎをすると、
「こうしてわたくしが木之葉さまと出会えたのも、まさに奇跡なのですよ」
言って微笑む唯念君は、
「このご縁に、感謝合掌」
目を閉じて言った。私も同じくして合掌する。
遠くで、カラスの長い鳴き声が二度聞こえた。
☆ ☆ ☆
次回は『木之葉ちゃん、バイクに乗る』ですよ。お楽しみに。
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