木之葉ちゃん・弐

博雅(ひろまさ)

第1話 片手念珠の頒布を企画する二人

場所は日本に位置する西憶寺さいおくじ。まだ肌寒い卯月の初旬のとある水曜日の朝食後に、私・木之葉このはは草庵にて、愛弟子とちゃぶ台を囲んで談笑していた。


「ねぇねぇ唯念ゆいねん君、そろそろこのお寺で採れた桜の木の在庫がなくなりそうよ」


桜の木の在庫、とは、倒木してしまった境内の桜をお念珠にして、門徒さんをはじめとして「すべての人に」その念珠を届けようという一大プロジェクトのことを言う。


「ええっ、もうですか?!」


私たちは今まで梱包作業をしていたが、次第に念珠のひな形・もといサンプルの大もとを作るようになった。倉庫にある各種材料から選り分けて作っており、この寺でそうして作られた見本は久遠寺くおんじさんをはじめとした職人さんや、兵庫、そして京都にいらっしゃる工房の方々に送られ、そこで量産されるという体勢である。


せんべいを食べていた唯念君が動揺したのか、齧っている最中で少しむせてしまった。


「あら、大丈夫?」


「え、ええ」


「正確には、乾燥を待ってるのがあと少しあるんだけどね。このままだと受注はできても予約待ちが数年、下手すりゃ来月あたりに予約完売とかいうレベルになっちゃうよ」


「では、在庫が一番多い栴檀せんだんを使ってはいかがでしょう。」


私は目をぱちりと閉じて、開ける。


「せんだん?」


「はい。……こういうものですね」


唯念君が懐から一本の念珠を取り出した。これまで私がよく接していたものとは造りの違う、本式念珠とよばれる、宗派専門の念珠だ。木目が独特で、明るめの茶色をしており、所々濃淡が見られる。


「このお念珠の略式版を作るのです。──そうですね、親玉に、うちの寺紋を入れてはいかがでしょうか」


「なるほど、それはいい考えね」


「とはいえ、掘るのは至難の業です。白か淡い黄色を焼き付けていきましょう」


「焼きを入れるのね」


「恐ろしい言葉ですが、そうですね、ふふ、押していくんですよ」


今回もまた、念珠製作師の免許を持って居る久遠寺さんに協力をいただくことにした。彼女には以前、倒れた桜から数珠を造る際、とてもお世話になって今に至る。


「そういや私、なんにも君江さんにお礼できてないなぁ」


「わたくしはそうは思いません。お念珠は人の思いを届けるものですから、お造りに携わられた西楽さまの思いも、久遠寺さんに届いていると思いますよ」


「そうだといいけどねぇ」


「何かご不満ですか?」


「いや、なんかこう……形として、お礼がしたかったなぁ、って思ってさ」


ここで唯念君が両手をぽんと叩き合わせる。


「そうだ! カレーをご馳走してさしあげる、というのはどうでしょう?」


「そうそう、芋掘りに行ったこと、まだ覚えてるよ!」


「珍しいのがいいかもですね。でもレシピは…そうですね、せっかくだから、少々珍しいものを我々で考えましょう」


「大丈夫?」


「大丈夫です。ググ先生というホームページがありますので」


「じゃ、早速検索してみるかな」


ここで、思わず私のお腹が「ぐぅ」と鳴ってしまった。


「西楽様、朝食を召し上がって間もないのに……はしたない」


「こらっ、唯念君!」


わざとらしく怒った顔を見せてみると、


「す、すみません! ちょっと図に乗りました」


私はその照れ隠し具合に思わず顔がほころんだ。


「わかればよろしい。ふふふ」


「うふふ」


「うッフフフ」


今回、新たに作る西憶寺謹製の数珠は、唯念君も言った通りまったく新しい素材を使うことになる。値段設定には苦戦を強いられそうだ。


「西楽さま、桜の数珠の頒布という企画は大成功です。ですが、やはり『別のバージョンも欲しい』『違う素材のものが欲しい』という声も最近聞くようになりました。この機会に、改めてオフィシャルショップを立ち上げてはどうかと」


「それはいい考えね。──また、お任せしてもいいかな?♡」


「お願いするわ、とは、おっしゃらないのですね?」


悪戯っぽく微笑む唯念君。


「こらっ! また私を困らせるつもりね!」


からからと小気味良く笑う唯念君。その頬を指で突く。

こんなやりとりをいつまでも続けていたいな、と思う私だった。


☆ ☆ ☆


次回は、『お寺を買いに来たサラリーマン』ですよ。お楽しみに。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る