七チンマン宝
花森遊梨(はなもりゆうり)
財布ライザップ
春の午後、無職の月島悠斗はパチンコ屋を出た。財布が見事ライザップに成功したというのに、桜の花びらが舞う街角も色褪せる。もはや常連と言ってもいい昼からやっている居酒屋のカウンターに座り、ビールを注文。ちびちび飲む。
「ねえ、兄ちゃん、パチンコ帰り? 目が死んでるよ!」
隣にドサッと座った女性が笑いかけてきた。サラサラの黒髪、くりくりした緑の目。猫のような笑顔。朝比奈春菜だ…ということはまだ知らない。なにかしらの夜勤明けらしく、くたびれたTシャツ姿だ。
「…ボロ負け。もう終わりだよ」と悠斗が呟く。
実はそれほど金を失っていない、元々空っぽの家にいるよりはという気持ちで入店しただけで、わりとすぐに「パチンコ以外のことをしたほうがいいんじゃないか」という気になってきたし、そんな時にパチンコの台からも「銀玉終了のお知らせ」が来るという「消極的意見の一致」というものである。
「ハハ、いいじゃん! 負けた分、熱くなったと思えばさ。昔働いてたお風呂屋さんのおじいちゃんが『負けまくりなのにお前の身体に触れるおかげで生きていける』って泣いてたよ。負けても生きてるだけでよくない?」
悠斗は思わず笑う
「お風呂屋って!どう見ても『客と店員が恋愛脳すぎるお店』の話じゃん!…って、いきなりそんな話をする?同僚の女ならともかく、初対面の異性にって」
「まあ、もったいぶることもないじゃん。それに兄ちゃん。毒気ないもん。ソープ…コホン。お風呂屋さん時代、変な客は唐辛子スプレーで8人撃退した私の勘だから、間違いないよ!」
春菜がウインク。ビールをグイッと飲み干す。
「…そんな話、笑える?」と悠斗が苦笑い。
「笑えるよ! 死にそうなおじいちゃんが私のボディにすっごく嬉しそうに触りにくるの。
「ねえちゃん、へっぺしようなぁ!」で、死にそうなのが触るたびにドンドン生き返ってくる。あの喜び、看護師やってる今も変わらないかな。」
彼女の緑の目がキラリ。悠斗は思わず吹き出す。
居酒屋を出ると、春菜が「夜勤明けでフラフラなんだけど、桜見てこうよ!」と悠斗を引っ張る。近くの桜並木の遊歩道に差し掛かる。春の夕暮れ、桜の花びらがハラハラと舞い、柔らかな春風が頬を撫でる。
「春ってさ、なんか生まれ変わる気分になるよね」と春菜が言う。緑の目が桜に映える。
「昔、ソープやってた時、桜の季節に寂しいおじいちゃんが来たの。『お前みたいな子に触れるだけで、今年も生きよう』って、涙目でさ。ぽっちゃり色白の私、モテモテだったよ! 『触って、触って!』って心の中で叫んでた。」
彼女がクスクス笑う。悠斗は呆気に取られる。
「そんな重い話、こんな明るく言える?」
「だって、もったいぶる必要ないじゃん。生きてるだけで誰かの希望になるって、桜みたいでいいよね。悠斗くん、毒気ないからさ、なんか桜みたい。散ってもまた咲く、みたいな?」
春菜が桜の花びらを手に受け、ふっと吹く。花びらが悠斗の頬に触れる。彼女の指が一瞬、悠斗の手に当たり、慌てて離す。
「私の家、近いから仮眠してきな。変なことしないでしょ? 唐辛子スプレー8人撃退の私の勘、信じなよ!」
文字だけ見ると明らかにヤバいお誘い。春菜の猫のような笑顔に、悠斗は頷いた。桜の光が、モヤモヤを溶かした。
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