シャチホコ9匹目 願いごとは叶えたいのならば、書くべし書くべし書くべしっっ!

「甘いわね」

 はい?

 あれ、煙草の煙が流れて来て……。

「理想の相手なんて、そうそう簡単に出会えるわけがないでしょう」

 ……。またのっけから、きっついことを言いながら、登場されましたわね。

 しかも、煙草の煙を吸いながらですよ。

 きれーな黒髪をショートカットにされていて、サングラスをされている……女性の方ですわね。

 ちょっと、ぱっと見、男のような格好をされているから、迷いますけど、まあ、それでもやはり体のラインは女性です。

 でも、なかなか「かっこいい」格好をされて―

「あ、あんたはんは……!」

 えっ? M様がえらい真っ青な顔になられましたよ!? M様、どうされ―

「まったく、あなたは、相変わらず馬鹿なことをおっしゃっているのね。M様」

 おおおっ、外見とは打って変わって、何とも女性らしいそのお声。

 まるで「風の谷のナウシカ」の「ナウシカ」のようですわ。

 しかーし、おっしゃっている内容は、まあ何と言いますか……。

「わて……わて、帰らせてもらいます!」

「Mちゃん?」

「いったい、どうしたんや」

 一方のM様は、驚愕というか、恐怖と言うか。K2様もL様も困惑されて―

「わても、一介の人間どす。相手はんに求めてばかりはいかんとはわかっておっても、納得できへんことはあるんどす!(号泣)」

 はい?

 エ、M様?

「そうして、相変わらず馬鹿な幻想を抱いていらっしゃるのね」

 煙を吐きながら、そう申される女性の方は何と申しますか、えーらい、冷めていらっしゃいません?

「そんなん、わての勝手ですわ! あんたはんには大変すまんことをしてしまったという自覚はあります。でも、わてとて、夢はありますのやっ! 長い間抱いてきたものが、たとえ幻想だったとわかっていても、抱き続けたいと言う思いはありますのや~!(号泣)」

 脱兎のごとく、走り去るM様。

 ……はい?

「甘いわね、本当に」

 そうして、携帯灰皿を取り出しつつ、煙草をぎゅっと消されている女性の方。

 けっこう、礼儀正しいお方のようです。

「日本の女性が、おしとやかで慎ましいなんて。それこそ、笑止千万だわ」

 ……言っていることは、すごいですが。

 それこそ、「風の谷のナウシカ」の「クシャナ姫」の声の方が言うと、しっくりくる内容です。

 ですが……どちら様ですか? 

「M式部よ」

 また新しい煙草を出されながら、答えられた名前は。


 ―間。


 はいいいいいっっっっっっ!?

「お、お屋形様、しっかりなさってください!」

 だああああ、今度はK2様がお倒れにっっっ! 

 って言うか、N様いつの間に復活されたのですかっ!

「そんなことより、お屋形様がお倒れにっっっ!」

「う、嘘だわ……これは、何かの悪夢よ……!」

 K2様、真っ青なお顔になられています~~~!

「しっかりなさってください、K2様! N殿、これはいったい……!」

「無理もありませぬ、K3殿。あのような、面妖なものを見てしまえば、幾らお屋形様とは言え、衝撃を受けるの必定」

 おいおいおいおい~!

 お気持ちはわかりますが、さすがにご本人を前に本当のことを言うのは、どうかとわたくしも思いますわっっ!

「あんたも、十分失礼やとうちは思うで」

「本当ね。何よりも、偽りの姿に夢を見て、それが破れたからと言って、私を責めるのは不条理と言うものだわ」

 カウンターパンチ、炸裂っっっ!

 す、すいません。

 貴方様は、ほんとーにまことに、あのM式部様なのですか!?

「K子よ」

 はい?

「私の本名は、K子。M式部は、私にとっては仮の名でしかないわ」

 どうやら、ご本人のようです。

「お、お屋形様っっっっ!」

 K2様は、完全にあちらの世界に行かれました……。

「なーんか、えーらい大騒ぎしとるけど、何やの、いったい。K2ちゃんはK2ちゃんで、気い失ってしまうし。あんたら、何でそこまでして騒いどるん」

 いえ、この騒ぎのなか落ち着いているL様こそ、わたくしはすごいと思うのですが。

「……うちまで騒いでいたら、はっきり言って収集つかんで」

「いますわよね。周りが騒げば騒ぐほど、冷静になる方」

 そうして冷静に突っ込む、御本人様。

「あんたさんは、冷静すぎや……しかし、話してみても、そこまでヘンテコな部分なんてないやん。ちょっと、冷静過ぎるかいなあっちゅうぐらいで……って何やねん、その遠い目は」

 L様……L様のお国にもありますでしょう。

 いえ、どこのお国にもあると思います。

 いわゆる、「様式美」というものです。

 「サンタクロース」と言えば、赤い帽子と赤い服を着た、白い髭のおじさん。

 「イエス・キリスト」と言えば、十字架。

 わたくしたちにとって、いえ、わたくし達の国の者達にとっては、「イエス・キリスト」が十字架ではなくて、エレキギター持って、ゴルタゴの丘でなく、ライブハウスに行って、賛美歌じゃなくて、ゴテゴテのパンク歌っているようなもんなんですよっっっっっ!

「……なるほど」

 このM式部様―K子様は、あの我が国が誇る世界初の長編小説を書かれた方なのですよっっっっ。

 目くるめく平安文化の香りがするあの恋愛長編小説をっっっっ。

 後々の時代に多大な影響を与えたこの方は、誰もが、誰もが、十二単を着て、長い黒髪を持ち、手には筆を持っていると信じて疑わないんですよっっっっ!

「それなのに、今は筆ではなくお煙草を手に持たれ」

「髪は短く、まとうご衣裳は、今の時代の方々の物……無作法なわしですら、衝撃ですぞ、N殿……!」

「それならば、あなた方がその格好をすればよろしいのでは?」

 はいっ?

「重さ二十キロもある、あの重い衣装と長く歩きにくい、髪をやれば良いのですわ。長い髪も、度が過ぎれば半端なく重いですわよ」

 どわっっっっっ~!

 し、しかし、二十キロもあったんですね、あの御衣装。

 二十キロと言えば、ほぼ小学生の低学年ぐらいですね。

 だいたい小学二年生ぐらいでしょうか……んでもって、髪も長ければやはり、重さもありますよね……。

 よーするに何ですか、小学生低学年の子ども一人背負っているような状況ですか。 それも、ほぼ、毎日。

「そ、それは……!」

「わしらも戦の時は鎧を着けておったが、子どもを毎日背負っている状況であったとは……!」

「嫌やで、うちは。そーんな重苦しいもん付けて、生活できるかい」

 まあ、L様の生きてきた環境で、十二単は絶対に着ない方がいいですわね。

 って言うか、着れませんって!

「作れるもんは、ぜーんぶ作るのがうちの生きてきた環境やからな。まあ、しかし。いいかげん、本題に入らんといかんのやない?」

 って、そうでしたわ。

 驚きのあまり、読者の皆様のことを、すっかりかっ飛ばしていましたわっっっ~~~~。

「御自分の不始末を、まるで、私のせいのように言われるのね」

 えっ? そ、そんなつもりは……。

「何と申しますか……どぎつい方ですな」

 そうして、こういう時に爆弾を投げるのは、ええそうです、天然総オトボケ男の方ですわっっっ!

 ああああああ、K子様がきっとなったことが手に取るように~~~

「そこまでにしとき、K。あんたは、うちと一緒に今日の分の続きをするで。K3はんは、K2ちゃんが気が付くまで、ついとってもらえるか?」

「あ、はい」

 え、L様?

「そんであんたさんは、こん人の相手をすればええ」

 L様!?

「うちの時と同じように、『開運』のお話をすればええ。ちゅうか、するべきでっせ!」

 L様~~~~!

「これを使えば一発や!」

 そうして、で~んと置かれたのは、日本酒。それも、大吟醸っっっ!

 L様~~~~~~!

「酒はすべてを解決するんやでっ! ほな、きばりやっっっ!」

 何ですか、その典型的な九州人の思考はっっっっ!

 そうして残されたのは、わたくしとK子様と、大吟醸の瓶一本。

 どうせろと!?

「……頂いてよろしい?」

 はっ? って、K子様、お酒を飲まれるのですか!?

「おかしいですか?」

 いえ……まあ、女の方も昔から飲んでいた方は、多かったとお聞きしたことありますし。

 ただ、のままで飲むのは、強すぎると思います。

 ―って、何おもむろに、日本酒セット(グラス+氷+ポット)を出していらっしゃるのですかっっっ!

「さあ、ご相伴してください」

 いえ、さすがにすきっ腹に流し込むのは―って、しっかりとおつまみも出されますかっっっ! 

「良い酒には、良いお魚が合いますわね」

 しかも、御自分のペースで進められますしっっっ!

「さ、早く」

 ……断れません、この雰囲気は断れませんっっっっ!

「で、あなたがご存知の『開運』の方法って、何ですか?」

 ええと、何でしょうか、この緊張感。

 例えて言うならば、学校の先生と二人っきりで、御飯を食べているような感じですわっっっ!

「私の話を聞いていますか?」

 あああああ、えええと、聞いてごじゃりますっっっ~~~~!

「では、教えてもらいましょう。あなたのご存知である、『開運』の方法とやらを」

 ええっと~~~~。

「ただ、その前に条件があります」

 じょ、条件ですか????

「ええ。その方法は、手間がかからず、お金もかかわず、そして苦痛にもならないことが条件です」

 また、どえらい条件ですね。

「ええ。今までご紹介された開運方法は、確かに『無料』のものもありましたけど、手間がかかっていらっしゃいます。また、そこまで手間はかかりませんけど、お値段がそれなりの方法もありました」

 ようするに何ですか、あまり労力をかけないで、「開運」する方法がお知りになりたいのですね。

「それが、この体験談を読んでいらっしゃる方々の本音でもあるのではないかしら?」

 まあ……ないこともないですが。

「あるのですか!?」

 どわっ、大きな声で叫ばないでくださいませっっ。

「お金もそこまでかからないのですか!?」

 ええ、まあ……上手くいけば、二百二十円ですみます。

「手間もかかからないのですか!?」

 まあ、最初はかかりますが、慣れてしまえば、ほんの数分ですみますね。

「毎日するとかではなくて?」

 まあ、思い出した時にすればよいと言うか、そっちの方が効果高いと言うか―

「その方法とは何なのですか!?」

 どわわわわ~ふ、服を掴むのはお止めくださいっっっっ!

「さあ、教えるのですっっ。楽に開運するその方法をっっっっ!」

 落ち着いてくださいっっっ~~~~。

 服を掴まれていたら、しゃべることもできませんっっっっっ!

「ふっ。失礼しました。私としたことが、興奮してしまいましたわ」

 お願いですから、声だけは本当にナウシカなんですから、切れないでください~~~(号泣)

 ただでさえ日本人のアイデンティティ崩壊させていらっしゃるのですから、あの日本が世界に誇る名作の―

「そんなもの、私には関係ないでしょう? それよりも、その方法はどうやるのですか?」

 ………。(はとがまめでっぽうの顔)

 も、もう、ここは一人わたくしは大人になりますっっっ。

 ええ、なってやりますともっっっ!(号泣)

 ええと、まず、用意するものが二つあります。

 ① お気に入りになりそうな、長く使える手帳一冊。

 ② 三色ボールペン。

「それだけなのですか?」

 お酒を片手に問われる、K子様……。

「あなたもお飲みなさい。しかし、この程度であれば、現代の方は誰でも持っているのではないのですか?」

 渡されてしまいましたよ、杯……。

 えーと、はい。

 確かに手帳もボールペンも手に入りやすい時代ですが、できれば「お気に入り」の手帳とペンを用意した方が良いと思います。

「何故ですか?」

 だって、自分の願い事を書く手帳ですよ!?

 そんなどこにでも手に入れやすい物に書いてどうするんですかっっっ!

 まあ、お値段云々は横に置いといても、てきとーなものに書くのは、お勧めできませんっっっっ!

「なるほど……それは、真理ですわね。ならばわたくしは、これに書きますわ」

 そうして取り出したるわ、和紙の束!!

 そうして手に持つのは、筆っっっっ!

 な、何と申しますかっっっ。

「で、次は何をするのですか?」

 あ、えーと、もうこうなったらさくさく進みますっっっ! 

 次に、願い事を三十個ぐらい書きます。

「三十個も?」

 まあ、書けそうにないならば、無理に三十個も書かなくても良いとは思います。

 ですが、できれば今回は初めてですから、書いてみた方がよいと思います。

「それもそうですわね……」

 そうして、チャッチャッチャッと、見事な筆さばきで何かを書かれます、K子様。

 何と書かれたのですか?

「これですわ」

 そうして、見せてくださいますが、すいません。

 あまりにも達筆すぎて、現代人のわたくしには読めませんっっ!

「あ、そうですか。それは失礼しました。これはですね、『毎日、日記をつける』と書いたのです」

 K子様……。

「おかしいですか? ですが、やはり文人としてはこのくらいのことはせねばならないと―」

 その書き方はまちがっておりますことよっっっ!

「えっ!?」

 いいですか!? そのような、小学校で新学期が始まるたびに書かされた、「目標」みたいな書き方を、この「魔法の手帳」ではしてはいけませんわっっっ!

 絶対に願いごとなど叶いませんっっっ!

「はいいいっ!?」

 そのような書き方では、はっきり申し上げますが、単なる「目標」ですっっ。

 「しなきゃいけないリスト」ですっっっっ!。

 正直にお聞きいたしますがK子様、そのようにお書きになられて、やる気など起こりになられます!?

「率直な方ね……。それでしたら、私も率直に申し上げましょう。そーんなメンドクサイこと、したくありませんわっっっ!」

 本音丸出しになられましたね……。

「だいたい、私のトレードマークだったあのずりずりと引きずる衣装も、長ったらしい髪の手入れも、めんどくさくてめんどくさくてたまらなかったのよっっっ! だからこそ、どれだけ周りの方々に嘆かれようとも、今の方々の格好をするようになったのに。そんな私に、毎日日記を書くなんてこと、メンドクサイの一言だわっっっ!」

 じゃあ、何故、「日記を毎日つける」などと書かれているのでしょうか……。

「それはそれ、これはこれよっ」

 はあ……。

「で、この書き方でダメなら、どう書けばいいの?」

 まあ、簡単に言えば、「棚ぼた式」で書くんです。

「棚ぼた式?」

 ようは、「偶然叶っちゃった。ラッキー★」って感じで書くようにすればいいんですよ。

 例えば、K子様の書かれた「日記を毎日つける」だったら、「毎日、日記が書きたくなる日記帳が手に入る」と書くんです。

 こう書けば、何か、ドキドキしてきません!?

「……」

 って、フ、フライングですか、わたくしっっ? 

「素敵ですわっ!」

 はあ!?

「毎日、日記を書きたくなるぐらいの日記帳なんて……もう、考えただけでドキドキですわっっっ!」

 な、何か、性格がこの章の最初の時と随分違うような気が……

「この願い事を書けば、願いが叶うのですねっ!」

 あ、それは……

「叶わないのですか!?」

 まあ、叶わないお願い事もあるには、あります。正直申し上げて。

「なんですってぇ!!!」

 あ、でも、叶った願い事もありましたよ。

「どっちなんですか!?」

 まあ、どっちもあるってことですよ。

「……」

 って、K、K子様、何を握り拳をされているのですかっっ。

「せっかく願い事が叶うノートを作っても、効果がないのでしたら、意味がありませんわっ!」 

 あ、あのですね、ちょーと、落ち着いてくださいませ! 

 何もこの「願いごと手帳」に書いても、願い事が叶わないっということではないのですよっっ!

 って言うか、書いていれば、叶う可能性はあるってもんです!

 その証拠に、わたくしはこの「願いごと手帳」で、転職先を見つけましたっっっ!

  しかも、自分が望んでいた通りの職種・条件でっっ。

「何ですって!?」

 でも、叶わなかった願い事もあるし、未だに叶っていないものもあるんですよね~。

「どっちなんですかっっ」

 どっちも言えるってことかもしれません。

「―はいっ?」

 この「願いごと手帳」は、結局、「身近にあるものから始めよう」ってことなんですよ。

 例えば、わたくしはこの「転職先」以外にも、「おいしいケーキが見つかる」とか「オークションで出品したものが、高値で落札される」なんてことも書いていたんです。

 そしたらですね―

「叶ったのですか!?」

 「おいしいケーキが見つかる」は、もうすぐに。

 この願い事を手帳に書いてすぐ、用事があって出かけたショッピングモールで、移動式のケーキ屋が入口にあったので、好奇心もあって買ってみました。

 それがおいしくですね~。

 後で、雑誌にも紹介されていることを知りました。

「そ、それは確かに叶っていますわね……!」

 後、「オークションで出品したものが、高値で落札される」は、ちょっと変わった叶い方をしましたわ。

 実は、私がその時書いたものは、結局百円で落札されたんです。

「……高額ですの? その金額は」

 やかましいですわっ! 

 たとえ百円であっても、無料よりマシですわっっっ。

 それよりも続きですけれどっっつ、それからしばらくして、他の出品したものが落札されました。

 それも、一万円でっっ!

「!、そ、それは……! たかだか庶民の身には大きい金額ですわねっっ!」

 何かよけーなことを言われたよーな気もしますが、しかし、その通りなのですわっっっ!

 まあ、全部その月の携帯代に流れましたけど……。

「でも、それって結局は、偶然ってことではないのですか?」

 まあ、そうかもしれないです。

「おいっ!」

 でも、K子様。

 運って拾うものだって思われません?

「拾うもの?」

 はい。よーするに、運ってものは、待っていても来ません。

 自分で、下に落ちている幸運ラッキーを見つけて、拾うのが、正しい「幸運」の恵まれ方なのかもしれませんわ。

 わたくしたちは、ついつい「幸運」を空から偶然落ちてくるものだと考えがちですが、そうではなく、常にわたくしたちの足元に落ちているのですよ。

 ですが、「幸運」は「偶然空から落ちてくるもの」と思っているから、それを見過ごすのです。

 この「願いごと手帳」とは、そのことを気付かせてくれるものだと、わたくしは思います。

「なかなかおもしろいことを言う方ね。気に入ったわ!」

 そうして、差し出されるは……ウォッカ!?

 け、け、けっ、K―子様、幾らなんでも強すぎですっっっっ!

「まあ、そうなの? わたくしには、ちょうどよいのだけど」

 すいません、アルコール度数が半端ない酒をちょうど良いと言わないでくれませんこと!?

「その意見には、同意できないけれど、先ほどの意見には、同意しますわ」

 そうして、ぐいっとウォッカの氷割りを飲まれるK子様……。

「確かに、わたくし達人間は、ついつい大きな『幸運』を望みすぎて、足元の『幸運』を見落としがちですものね。その大きな『幸運』も、端から見ているほど良いものではなかったりするのに、そして自分の足元に落ちている『幸運』はたくさんあるのに、それを持っている人を妬んだりする。……哀しいし、愚かなことかもしれませんが、それもまた、人間の業なのかもしれませんわ」

 K子様……

「昔のわたくしは、そのことがよく見える人間でした。まあ……何と申しますか、父は、『お前は頭が良すぎる』と言っておりましたが、どうも、人よりもわかること、見えることがありすぎたようなのです」

 まあ、そうでなければ、あーんな千年経っても、日本中で、いえ、世界中で読まれる物語を紡ぎだす事はできませんわ。

 人が羨むものを全て持っていながら、しかし、幸せになれなかった男の物語。

 口で言うと簡単ですけど、深いですからね~あのお話は。人生の全てが濃縮されているといっても、過言ではないですわよ。

「あら。慰めてくれているのですか?」

 本当のことを言ったまでですわ。

「そうやな。あんさん、女傑やで!」

 どわっ、え、L様っっっ。

「その気質を生かして、きちんと後ん世に残るもんこしらへはったやないの。大したもんやで! 並大抵のお人には、できへんことや」

「何をおっしゃるのかしら。あなたこそ、幼い頃から未開の地で育ち、御自分のお力で、ありとあらゆる物を作ってこられ、そのご経験を、あのような素晴らしい作品に仕上げられたわ。わたくしは、ただ、座り込んで己の見てきたこと、感じてきたことを文章にしただけのこと。つまらないものを書いてしまったと、自分では思います」

「何を言ってはるの! うちの書いたもんより、千年も長うたくさんの人に読まれはった作品を書いたお人が!! K2ちゃんなんか、あんさんの書かれたもんを、それはそれは楽しみにしてはったんやで」

「まあ、そうなのですか?」

「あんさんの作品を読んでいると、どんなにつらいことがあっても、忘れることができたんやて。K2ちゃんは、うちとは違う場所で、厳しい戦いをしたお人や。そんお人の心が慰められたんや。あんさんは、すごいお人やでっっっ!」

「―そう言ってくださると、わたくしのやってきたことも、少しは意味があったのかもしれませんね。……生きていた頃、わたくしは自分が大嫌いでした」

 はっ? い、今、何とおっしゃいましたか????

「わたくしは、あの物語を書きたくて書いたのではないのです。わたくしには、他にできることがなかったから、書いていたのですわ」

 どどーん!

 そ、それも衝撃の告白です……!

「だから、りっぱな方を夫として持たれ、その方に妻として大切にされている方が羨ましくてたまりませんでした。いいえ、夫となる方の身分はどうでも良かった。身分が低くても、妻として愛おしんでくだる方を、夫として持ちたかったのです」

 あ~まあ、この方の旦那様って、二十も年上の方でしたが、まあもてるタイプの方でしたからね~。

 奥様も何人かいらっしゃった方ですし。

「わたくしは、決して美しい容姿とは言えませんでしたし、父の位では、受領が精一杯。性格も、かわいいものではありませんでした。だから、『こんなわたくしを愛する方はいらっしゃらない』と思って、あきらめていたのです。現実は、そんなものだと。……だからこそ、あんな物語を書いたのかもしれませんね。やんごとなき身分の方と、さまざまな女性の恋愛。世の女性達があこがれる、いいえ、わたくしこそが憧れた世界を書いたのです」

「なるほど……しかし、あんさんは、そこを夢物語だけにせんかった。そう……現実・・を書きはったんや。全てを持っとはったはずの主人公はんは、結局、幸せにはなれんかった。そらそうやな。あの主人公はんは、自分の手元にあった『幸運』を失くしはるまで、気付かんやったさかいな」

「ええ……自分の書いた、そして憧れた世界ではありましたが、夢物語だけに浸るのは、わたくしのプライドが許さなかったのです!」

「あんさん、漢やな!」

 はいっっっ?

「自分の夢に逃げず、自分の作品には拘りつづけたその意気、まさしく漢やで!」

 そ、そーなのですか!?

「そう言ってくださるとうれしいですわ。……生きていた頃のわたくしも、この方が紹介してくださった、『願いごと手帖』みたいな考え方をしていたら、少しは違ったかもしれませんわね」

 K子様……。

「もしかしたら、わたくしの書いた物語の結末も、違ったものになっていたかもしれませんわ。わたくしの書いた物語の主人公も、わたくしと同じで、結局、ないものねだりをし続ける人でしたから」

 でも、それだからこそ、あなたのお書きになった物語は、千年経った今でも、たくさんの方々に読まれているのです。

 きっと、人は昔からそうなのかもしれませんね。

 足元にある幸運に気付かず、空から降ってくる幸運ばかりを求めて、そして足元にあった幸運を失って初めて、そのことに気付く。

 だからこそ、たくさんの人々があなたの物語を読んで、感動を覚えるのかもしれません。

「それが、生きていた頃のわたくしの幸せの一つだったのですね。生きていた頃には気付かなかった『幸運』ですわ」

 ふふっと笑って、お酒(今度は大吟醸)を飲まれるK子様。

「飲むで!」

 そして、どーんと、大吟醸を再び出されるL様っっ!

「お付き合いしてくださるのですか?」

「ここで知り合ったのも、何かの縁やっ!一緒に飲むで!」

「そのお誘い乗りますわっ!」

「あんさん、やっぱり漢やでっっっ!」

 何と言いますか……何と申しますかっっっ!

 酒盛りネタで今回は〆ることになるんですの!?

 ほんとーに、ほんとーに、何時になったら、きちんとした〆ができるようになるんですの!? ど、どなたかお答えくださいませ~~!

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