第3話 婚約破棄予告

二杯目の薬草茶を出すと、ケイトはすぐにカップを手にして、まだ熱い薬草茶を口に含んだ。


「!」


思ったより熱かったらしく、見開いた目を動揺したように動かした。吹き出したりしないように堪えている様子だ。


そんな様子を眺めながら、ベラドンナはお茶を淹れている間に幾つか考えていた予想の一つを口にしてみた。


「来週の剣術大会とか、何か関係あります?」

「っ……!ゴホッ……!」


ケイトは、むせそうになって慌ててハンカチを口に押し当てた。


「あら、当たってしまったのかしら。」


来週、開催される剣術大会は、卒業を前にした学園生活の最終イベントの一つだ。

騎士科の生徒達の三年間の学びの集大成の場であり、他の学科、別学年の生徒も観覧できる。他にも弓術大会、魔術科の魔導大会などもある。


剣術大会は中でも出場者が多く、注目される大会だ。

上位入賞者には、卒業と同時に騎士爵が与えられるということもあって、

生徒達の間の婚約関係にも影響を与える。


婚約に影響する、と考えてベラドンナは剣術大会を連想したのだ。

騎士爵関連だと、ベラドンナの婚約者も無関係ではなく結構敏感になっていた。

ちなみにベラドンナの婚約者は、参加者が少なめで競争率が低い弓術大会を選択している。

騎士のプライドが強い人達は剣術大会を選ぶ人が多いのだが、ベラドンナの婚約者は違っていた。

ケイトの場合は、そもそもが剣術クラスのトップクラスの腕前なので、プライドがどうこうでもなく当然剣術大会に出場することになっていた。


「……負けたら、婚約破棄するって……。」

「ええ!?」

「……どっちが負けたら、ですか?ケイトが?ダフネル伯爵令息が?」

「……ラッセル・ダフネルが。」

「……。」


何か発言をする前に、少しだけ落ち着こうとベラドンナは、薬草茶を口にした。

あまり感情的になって発言をすると、貴族間の問題になってしまう場合もある。

ほんのりと柑橘の香りが鼻をくすぐる。今日の薬草茶も美味しい。

短い時間、薬草茶の味と香りを堪能した後、ベラドンナは顔を上げてケイトを見た。


「……誤解があったらごめんなさい。それって、『脅し』というものでしょうか。」

「そ、そうよ。そんなのまるで脅しじゃない。ケイト様にわざと負けろっておっしゃってるってことでしょう?」


コニーも、ベラドンナの言葉を受けて、少し怒り気味の口調で言う。


ケイトは顔色を悪くしたまま、長いまつ毛を伏せた。


「……脅しでは無いと……。『手を抜けとは言わない』と言われた。」

「はあ?」


ベラドンナは思わず貴族令嬢らしからぬ声を上げてしまった。

自分でそれに気づき、落ち着かせる意味もあって扇を出して口元を隠した。今更だが。


「ええと……。どういう意味でしょうか……。『手を抜け』とは言わないけど、ケイトが勝ったら婚約破棄すると?」

「『手を抜くなど、騎士のプライドが許さない』と。しかし、負けることも許されないことだと……。」

「はあ……めんど……、複雑な方、ですわね。」


思わず「面倒臭い」と言いそうになって、ベラドンナは一応言葉を選んで言い換えた。


「それって、ケイト様にどうしろってことなんですか?」


コニーは、薬草茶を少しだけ口にしてからカップを置いて、また身を乗り出して訪ねた。


「……全力で戦えば良い、と……。でも、私が勝ったら婚約破棄される。」

「はあ……。何なんですか?それ……。」

「脅しではなく、事前通告だと。あらかじめ伝えておいた方が良いだろうと。」


スゥゥゥゥっとケイトが深く息を吸い込み、それから深く吐いた。


「全力を尽くしたからと言って、私が勝つとは限らないが……。

もしも私がラッセル・ダフネルに勝ったら婚約は破棄される。

私がわざと負けた場合も、騎士の尊厳を貶める行為だとして婚約破棄される、らしい。」


「……なるほど、心理戦ですか……。」

「心理戦?」


ベラドンナの言葉に、ケイトは目を瞬かせた。

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