【短編】Slack Girl

高校3年目の4月。


「じゃあ今日の生徒会活動を終わります。」

椅子を引く音、重たいカバンを背負う私を含めた生徒達、あくびをしながら手を振る後輩、いつも通りの小さな1日。

狭い階段を早く降りていくみんなとは逆に私は上へ昇っていく。


「ハァ…ふう…。」

生徒会長である私は今、屋上へ向かってます。

とある男と約束を生徒会長になった時に交わしてしまったせいで毎日屋上へ向かわねばならないのです。

「キツい......本当に......」

重たい荷物と階段が上半身と下半身にそれぞれダメージを与えていく。

会長になってから始まったこのルーティンには卒業までに慣れるのだろうか。


別に破ったって問題ない約束なのでそのまま帰ることもできるのですが、男が気まぐれで約束を破ったという情報を広め始めたら世間がっこうを生きる生徒達の目線が揺らいでしまう可能性がある。

なので生徒会長でいる以上、なかなか理不尽な約束でも基本的に守らないといけません。


私が乱れれば風紀が乱れ、風紀が乱れれば生徒が乱れる。

私が一発乱れれば、学校の存続にもかかわるかもしれないという大袈裟なプレッシャーをあえて被って生きているのです。

しかしこのカルマを背負うことで、私は安泰した未来を手に入れることができる。


それでいい、それでいいんです。

私が真面目に生きれば生徒は基本的に楽しい青春を送ることができる。

私が青春の犠牲になればいいんです。


そんなこと考えていたら屋上。

基本的に開いているはずがないんですが、男はピッキング能力とか何とかで開けることができるらしいです。

ゆっくりと開ける屋上、春の暖かい風を浴びながら扉を閉めて私はそこそこの声量で声を吐き出す。


「もうそろそろですよ!!!」

屋上に寝転がり、本で顔を隠している彼は無言でサムズアップをする。

それを確認したら私は先生にばれないよう来た階段を戻ってそのまま帰る。

これで私が学校で行うタスクは全部終わり。

後は家に帰って明日の準備と宿題をこなす。


前一回降りる時に屋上の階段付近で教師と会ってしまった時はどうしようかと思ったが、文化祭の準備でという嘘をついたら見逃してくれた。

文化祭終わったばっかだったのに。

でもこんな変な嘘がまかり通るのは普段私が良い子で生きているからである。

良い子で生きていれば、基本的にとがめられない。

変な言い訳も勝手に考察して勝手に理解してくれる。


良い子で生きていればいい。

基本的に失敗は許されない立場だけど、これも全部将来への投資。

私はこれでいいんだ。


次の日も一緒

今日も私は授業でなかなか上がることのない手を堂々と挙げて先生の進めたい授業をスムーズに進める。

しかし挙げ過ぎるのもなんか違うことも私は理解しているので、6時間授業があるうちの3時間。1つの授業では多くて2回。

嫌われ過ぎないようにするのと、ハードルを身の丈よりちょい下に持って行くのも必要なこと。だから教師からの指名で当てられた時は5回に1回くらいは分からないふりや間違えたフリもする。


全部当ててしまったら自分以外に出来る人のチャンスをつぶしてしまう可能性があるし、当てられない奴にキモがられることも知っている。

多少弱いところを見せた方が人は安心する。私自身も実際人の弱いところを見て安心するタイプだ。

でもテストでは基本的に1位、ミスが多くても3位には入るから最終的に「お前すげえなぁ」と言われて嫌がられることは基本的にない。


これ以上こんな話をしていたら普通にキモがられそうなので私は授業に戻ります。

「あっえーっと..ごめんなさい分かりません。」

「あら珍しい、他に分かるやついるか?」

こういうこと。


いつも通りに授業を終え、いつも通り生徒会活動も終える。

そしてまた

「もうそろそろですよ!!!」

…はいサムズアップ確認。


こんな毎日を過ごしている。

生徒会長のルーティン、みんなはなんとなく理解してくれたでしょうか。

それでは私はいつも通りの生活をこれからも進めていくので…またどこかで会いましょう。


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変なルーティンをするきっかけになった、半年ほど前の高校2年生の10月頃。

「ということで生徒会はこれから彼女を中心に活動していく。」

「よろしくお願いいたします。」

緊張しながら始まった生徒会活動の初日、帰ろうとした私は下駄箱から靴をとろうとすると一枚の手紙がヒラリと落ちてきました。


"伝えたいことがあります、体育館裏に来てください"


こんな真面目な私に......?

と疑いで頭をいっぱいにしながらもドキドキしながら体育館裏へ向かいました。

「…話ってなに?」

そこに待っていたのは別に関わりのない同じクラスの子。

恋愛を全くしてこなかったわけではないですが、こんなまっすぐなルートは初めてで正直とてもドキドキしていたんです。


「…あんたが生徒会長だよな。」

「え?そうだけど…。」

「じゃあこれから毎日、生徒会が終わったら屋上に来てくれ。」

「......え?」

「雨の日は大丈夫だから、マジで頼むな。」

男はあっさりとその場を去り、姿を消した。


「あ、え......ん?」


最初は意味が分からなかったが、約束通り屋上へ昇ったら彼が寝転がって待っていました。


体育館裏からの屋上みたいな恋愛コンボみたいなのがあるのかと思いきやそういうわけでもなく、皆さんに見ていただいたとおりのルーティンがここから始まりました。


毎日屋上まで上がっては終わりを伝えてサムズアップをするだけの繰り返し。

それは二年を終えて三年になってもいつも通り。


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また日にちを戻して4月の中盤。


そんなちょっと他の生徒会長より人手間多い生活にもなれてきた先日、いつも同様に彼の確認をしに屋上へ向かいました。


彼の確認をしようとしたとき、ひとつとあることが頭をよぎりました。


「なんで私こんなことしてんだろう。」


彼から別にお礼もないし、屋上にいることがバレたらただ私の積み上げてきた評価が一発でぶっ壊れるだけのハイリスクノーリターンな行動。


約束を破ることで......とか、青春の犠牲に......とか思ってたけど、にしてもこんな親交も深くもない校則ぶち破り生徒との約束にここまでよりそう必要ある?


彼と約束を破ったところで私が悪いって判断になる?


生徒会長とはいえ、彼の青春の犠牲の責任まで背負う必要ある?


違和感を感じる前にこの行動がルーティンになってしまったから気づかなかったけど、これ私からしたら全く意味のない行為じゃない。


そう思った時には足が前に出ていて、彼の顔を隠している本のタイトルを読み上げていました。


「美島麗子、ファースト写真集『風にゆられて』」

「!?」


久々に見た彼のちゃんとした顔。

私はムカついていたので思いのままを彼にぶつけた。


「わたしにメリット無くないこれ!?」

「うわぁ、とうとうバレちまったか。」


男はまるで反省していない様子でパチンと音を立てながら手のひらを合わせて「この通り!」と謝った。


「軽っ......もう来なくていいよね!?」

「…あぁ、バレたからな。」

このサボり魔、全然反省していない。

私はムカつきながらも、悪い子にならないように拳を強く握ったままその場を去ろうとした。


「なあ会長さん。」

「なに!?」

「......アンタもサボりたくなったら来いよ。」


聞く耳を持った私がバカだった。

そんなことするわけない、私は良い子でいなければいけないのだから。

笑い混じりの声で「じゃあな」と呟く彼を無視してそのまま屋上を出た。


......数日後。


「はやっ。」

「…私自身も死ぬほど驚いてる。」


私は今、一番心臓を揺らしている。


この1回で今まで積み上げていたものがぶち壊れる可能性がある。


この1回でこれから何も積み上げられなくなる可能性がある。


この1回で何もかも失う可能性がある。


でも来てしまったこの屋上。


いつもと同じ景色のはずで、1色のはずの青空がなぜか歪んで見える。


初めて夜9時よりも遅い時間まで目を開けていた小学生の時のような、ほとんど恐怖でまみれた背徳感を感じている。


「まあ、授業ってわけでもないし怒られねぇだろ。」

「いや、いや…いやでも…でも...。」

「いや、そんなんになるなら戻った方が良いって。」

生徒会のメンバーには少し体調がすぐれないから今日の活動は休ませてくれと頭を下げた。


「健気に言い訳もして来てんだろ?何も言わずにサボっているわけじゃねえんだ。」

「いやでも…」

「どうせお前は信頼されてるんだからさ、一回くらいバレねえよ。」

このサボり魔、どこで私の信頼度を知ったのか。

まあ去年の10月から毎日コールしに来てれば信頼度くらいは伝わるか。


「まあ、初めてサボるならそんくらいビビるよな。」

「…。」

「不安になったら10分後くらいにここ出て、トイレ行ったら治りましたとか言ってスッとした顔で戻ればいいんだよ。」

「…そうよね。」

「じゃ、俺は本の世界に入り込むから。」

彼は気にせずいつも通り寝転がって写真集を読み始めた。

先生が来たらどうなるんだろう。

どんな罰則を受けるんだろう。

生徒会長としてどうなってしまうんだろう。

世間からはどんな目で見られるんだろう。


「…やっぱ戻る。」

「そうか。また暇なら遊びに来いよ。」

私はドキドキしながら階段を下りて生徒会へ向かった。


「…会長、無事ですか?」

「体調大丈夫?」

「…うん、ごめんごめん。」

「良かった、じゃあ今度の体育祭について…」


10分もないほどのサボり。

誰にも気づかれてないかもしれないが、完ぺきだった自分にヒビが入った気がする。

その日はひどく後悔した。そしてもう二度と屋上に行くものかと誓った。


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「…久々だな、2カ月ぶりくらいか?」

「…そうね。」

ジメっとした梅雨の季節に私は屋上へ足を運んでいた。

離れよう離れようと心掛けていたらだんだんその呪いも解けてきて、ようやく振りほどけたと思ったのだが、ある日突然理由もなくあのヒビが音を立てた。


そして、私は理由もなく生徒会をサボってしまった。


「まあ、ゆっくりしていけよ。」

男はそう言うと、また別の写真集を読み始めていた。

「ねえ、なんで君はサボるの?」

「…え?まあ、なんとなく?」


なんとなくで閉鎖された屋上に来てサボる肝っ玉、人生何周しても私じゃ出来なさそうだ。


「まあ強いて言うならそもそも高校行きたくなかったっていうのと、平気な顔のフリをして大人ぶってるやつばっかで本当に気持ち悪いんだよな。」

「…ちゃんと理由あるじゃん。」

最初の理由だけはちゃんと聞き取れたが、中盤から心をグサグサ刺された気がしてまともに頭に入ってこなかった。


「世間の目線気にしすぎなんだよみんな。」

「…まあ」

「嫌われないように必死になって、学生のうちに気使うのなんてバスとか電車だけで十分だろ。」

「…でも」

「そんでマイノリティを見つけてはハブって、やってることってみんながなりたくないって言ってる大人と何にも変わんないじゃん。」

「…」

「っとごめん、自分でもここまで出るとは。」


ちゃんと整理すれば言い返したい部分はあるが、それ以上に理解できる部分が多かったので私は彼の気持ちを受け取るので私は精一杯だった。

「ていうか前聞き忘れてたけど、会長はなんで屋上へ?」

「......そもそもあなたが呼ばせに来なければこんな気持ちにはなってない。」

「ははっ、そいつは確かにそうだ。」


私は自分は悪くないようにと思いこむために彼のせいにしたが、ごめんごめんと笑っていなされた。


「まあ、会長クラスならたまにはサボりてえよな。」

「…なんか疲れちゃってさ。」

彼の人心掌握術というかなんというか、すっと懐に入ってくるような彼のスタンスについポロッと飛び出た言うつもりのなかった言葉。

そこから私の何かが完全に崩れた。


「自分で決めた道だしこれを思うのは私が悪いんだけど、でも生徒会長という肩書が思った以上に異常なプレッシャーで。」

「まあ生徒会長って生徒代表みたいな顔だもんなー。」

「ほんとなんか......もっと本当は青春をしたいんだけど、完璧でいなきゃいけないから。」

「…なんか、大変なんだな。」

「…うん。」


彼は「なんかなー」と言いながら写真集を置いて立ち上がる。


「もう会長って言うキャラクターだもんな。」

「まあ…そうね。」

「着ぐるみの中にずっといたらそりゃたまに脱ぎたくもなるわな。」

「あぁ、はは。」

ありきたりだがピタッとあてはまった例えに、私は笑って返すことしかできなかった。

それにしてもこの男、全然関わりのない私にここまで親身になってくれるタイプだとは思わなかった。


「会長が完璧でいたい理由ってなんなの?」

「理由…強いて言えば将来のためかな。」

「…さすが、ちゃんと将来見てんだな。」

「…うん」

梅雨にしては軽い爽やかな夕方の風が、私の頬を撫でていった。

「…もう生徒会も終わるだろ。」

「…あ!」

「まあ、また息抜き程度で遊びに来いよ。写真集みてっから。」

「…ありがとう。」


ダメな事だっていうのは分かってるけど、サボり始めた時の緊張感もなくなってしまった私は、ただリラックスした心で屋上を出た。



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季節も少し変わって7月下旬、終業式も終わり生徒会も軽く話して終わった。

時間がイレギュラーということもあり、サボり魔の彼から終わったら来てくれという手紙が入っていた。


流石に寝転がると床が熱いのか、彼は歩きながら写真集をめくっていた。

「暑いし部活ないし早く終わるんだからさ、家帰ればいい……ってかそもそも部活やってるの?」

「え?やってないけど。」

「え?」

「ん?」

「え、じゃあなんでいつも早く帰らないの?」

そういえばそうだ。なんでこんなことに早く気づかなかったんだ。

私は生徒会があるから学校に居座る理由があるが、彼がここに居座る理由は全く無いじゃないか。


「うーん、まあ家帰ったら親うるさいしさ。」

「あぁ、まあ…」

「そんで学生服で外フラフラすんのもリスキーだし。」

施錠されている屋上で写真集読んでる男が何言ってるんだか。


「一回家帰ってから外で歩けばいいじゃん。」

「俺は静かな場所で写真集が読みたいの。」

「はあ、なるほど。」

「誰にも邪魔されない、そんで尚且つ風辺りとか日当たりが良いところで読む写真集、最高だぞ?」

彼の癖はいまいち分からないが、理由が分かったところで私たちは屋上を降りることにした。


「ん、会長と…お前は。」

「…!?」

「あ、先生…!」

屋上を出た階段を4段ほど降りたところ。

やばい、二人でこんなところで鉢合わせたらさすがにマズい。


「え?あ、いやちょっと…。」

「…こんなところでなにしてたんだ?」

「…」

「もしかしてお前ら…」


文化祭の言い訳をもう一回使うのはさすがに怪しまれるかもしれない…どうすればいい。

「見回りの手伝いです、会長に一緒に頼まれて。」

とっさに飛び出た彼の嘘。

先生は怪しげな顔で表情をジーッと見つめる。

「怪しいな…本当か?会長さん。」

「え、えぇ…こっちは特に異常なかったので…。」

「.....あぁそう、それはよかった。気を付けて。」


私のその一言で先生はスッと顔を遠ざけてニコッと笑いながら頭を下げた。


「はい、それでは。」

「失礼しますー…。」

私たちはハラハラしながら学校を出た。

「会長の信頼度凄いな。カンストしてんじゃん。」

「そっち信頼されなさすぎだって。」

彼は悪いなと笑ったあと、手を振って真逆の方へと帰って行った。

二人で降りたのは初めてなことに気づくのは家についてから。


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「…あ、いる。」

夏休み中盤、生徒会の用事で来た際の帰り、なんとなく気になった私は荷物もないので軽快なステップで上に駆け上がった。

「…おぉ、会長さんじゃん。」

久々に会った彼はいつもと違う珍しい本を読んでいて。

「夏休みにもくるんだ。」

「あぁ、俺学校好きだからさ。」

「嘘すぎるって。」

何かしら理由をつけてほぼ毎日休んだり、たまに来ても最後まで受けずにトイレに行くふりをして入っちゃいけない屋上に来ているらしいで彼が学校を好きなわけないだろう。


「いや、ものすごい勘違いされるんだけど俺学校は好きなのよ。」

「じゃあ最後まで授業うけなよ。」

「いやそれはね…ちょっと耐えられない。」

「好きじゃないじゃん。」

「いやでも雰囲気はすきなんだよなー。」

まあ確かに、制服に袖を通して感じられる青春というものはこの年齢だけでしか許されない。というかこの年齢だから感じられるものもきっとあるのだろう。青春みたいな曲で大体こんな感じのこと言っているし。


「…てか図書室とか行かないの?」

「図書室うるせーじゃん。」

「そんなわけないでしょ。」

「そのーなんていうのか、静かにしなきゃいけない圧迫感がうるさい感じしない?」

彼が言うには誰にも邪魔されない自然な空気が一番静かで、たまに入ってくる雑音がちょうどいいんだとか。


「てか、よく退学にならないね。」

「あぁ、その話な。」

「え?」

「俺な、多分退学になるわ。」

「…え?」

突如として彼からの宣言、しかし全然へっちゃらそうにして話を続けている。


「まあそら素行不良繰り返してたら退学だよな。」

「…え、嫌じゃないの?」

「あれ、俺前言わなかったっけ?」

「前…?」


私は今までの彼の言動を思い出してみる。

あれでもないこれでもない、記憶をさかのぼって……あ。


「高校行きたくなかったってやつ?」

「そう。マジで普通にバイトでいいから金稼いで家出たかったんだよ。」

「あぁ...そっか。」

「まあでも入った以上は卒業までするべきかとか思ったんだけどなぁ。」


私は会長として失格だと思った。

もっとこっちの世界に引き込めたかもしれない。

もっと彼と一緒に何か出来ることがあったかもしれない。

会長としてみんなに頼られなきゃいけないのに、私は屋上にいる彼に頼っていた。


「...ごめん、私もっと出来たことあったよね。」

「え?俺は会長に何言われても、学校じゃここがホームだよ。」


彼は手提げに詰めていた美島麗子の写真集を渡してきた。


「…これ、やるよ。」

「え?」

「このページ、なんかめっちゃ好きでさ。」

「…これって。」

写真の世界では、学校の屋上に寝転んで本で顔を隠している美島麗子が写っていた。

彼が開いたページは何度も開いたくらい痕がついている。


「ただ水着カットとか見てるわけじゃなかったんだ。」

「っはは、エロおやじじゃねえっつーの。」

彼は笑いながらページをパラパラめくる

「まあ、その時期もあったけど。」

男は写真集を閉じ、はいっと手渡した。

「いや、君の大切なものでしょ?」

「いいんだ、どうせ残る屋上との未練を先に断ち切るためさ。」

夏の昼下がりに何の話をしているのかと我に返り、スマホで閉門の時間に気づく。

わたしはスカートとシャツの裏側に挟んで本を隠し、防弾チョッキをつけているみたいな見た目で下へ向かった。


「よし、バレなかったな。」

「てか、外で渡してくれたらよかったじゃん。」

「確かに、気づかなかったわ。」

明らかに嘘な感じの口調だが、私はグッと飲み込んだ。


「バイトで金溜まったら飯奢ってやるよ。」

「学校来ないのにどうやってさ。」

「そうじゃん、俺学校無いじゃん。」


彼はてへっと笑いながら少し写真集を惜しそうに見つめる。


「......返そうか?」

「いやいい!いいから!マジで気にしないで!」


首を横にブンブン振る彼は未練を断ち切るためか、スッとタイトな深呼吸をした。


「…それじゃあまたな、会長さん。」

「…じゃあね、サボり魔さん。」

夏の大空に立つ入道雲に見つめられて、私たちはこの場所を去った。


「…久々に彼のサムズアップ見たな。」

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夏も終わり秋の暖かい色が木々に色づき始めたころ、私も生徒会長という役目に終わりを告げた。

彼の名前は学校から消え、クラス内でも2日くらい話題になったが今じゃ元通りで何も変わらない生活を送っている。

あれ以降は本当に屋上へ行っていない。

一回迷ったが、そもそも私にはピッキングの能力がなかった。


生徒会長を終えた後は学級委員を行いながらも良い点数を取り、彼と過ごして分かったことを行動に移すようにした。

「匿名ボックス?」

「はい、名前を出さずにクラスへの不満を書きだせる内容です。」

「みんなが納得できるような内容であれば実行していただきたいなと。」


結構色々考えて設置してみたけど、何回かの冷やかしのメッセージ以外誰も投函せずにすぐ廃棄になった。


彼の言う通り、みんな平気なふりをしているのかもしれない。


------------------


3年の3学期。

私は大学に行くための勉強は綺麗に実らせ、第一志望に合格した。

学級委員としてももちろん真面目に過ごしなんの失敗もしないように完璧な人間として過ごした。


彼と話して私自身少し変われたと勘違いしていたが、実際そんな簡単に変われるもんじゃなかった。

現にあの一回の行動も何も出来ていない。


...ときどき思う。

今の私はあの子が一番嫌ってた周りの目を気にする人間のままだ。

もっとあの子みたいに生きてたら学校も楽しかったのかなって。

わたしに人間味があれば、彼を教室に呼び戻せる世界線もあったんじゃないかって。


生徒会長じゃなくなり、ただ真面目の人間になった私を彼は相手してくれるだろうか。


まあ、。

ちょっとだけ不思議なことがあっただけだ。

数年後の成人式で話すネタの一つにでもなればいい。

「最後、じゃあ笹井号令。」

「起立、気を付け…」


真面目に生きたこの生活に

「…さようなら。」


なんもなかった高校生活だったが、いざこの号令が終わると本当に終わった気分になる。

みんなアルバムに寄せ書きをしたり先生と写真を撮ったりで何か理由をつけて教室から出ないようにしている。

私は生徒会メンバーからもらって満足なので、一足先に教室を出た。

私にはいかなければいけないところがある。


…重たい荷物と階段が上半身と下半身にそれぞれダメージを与えていく。

この感覚は久しぶりだ。


ヒビだ...きっかけを待っていたかのように心にヒビがピキピキと入っていく。

「どうせ開かない…どうせ開かない…。」

小さな希望は現実味を口に出して消していく。

右にひねるドアノブ、前に倒す重心。

「…開…!?」

扉はいつも通りガチャッという音と共に開いた。


「…でも。」

周りを見渡した感じ彼の存在はない。

なら何故開いていたのだろうか。

理由は分からないが久々の屋上で嬉しくなった私は、雪で冷たくなった床に背中を預けて空を見上げた。

しんしんと降る雪、厚い制服とはいえやはり冷たさが徐々にしみ込んで赤くなる肌。冬でもここで耐えていた彼は何者だったんだろう。


生徒会長をやめて初めてきたこの場所。


あの時の彼のように、私も本で顔を隠す。


「…写真に集中しないと寒くて耐えられない。」

そういった意味では写真集を見る場所として最適なのかもしれない。

冷たい風が吹く、3月にしては少し珍しい天気。


もうそろそろ限界を迎えて本を閉じようとしたとき、向こうの方から足あとが鳴った。


「え、やばい。先生?」


私はどうしたらいいかずっと戸惑っていたが、その戸惑いは一瞬で消えることとなる。


「…美島麗子、ファースト写真集『風にゆられて』」

「!?」

聞きなじみのある、懐かしい男の声。

「久しぶりだな、会長さん。」

「...ど、どうやって入ってきたの。」

「制服着てたらバレねえよ。」


顔を写真集で隠しながら、私と彼は話を続ける。

「なにしに来たの。」

「なんとなく....てか、飯だ、飯行こう。」

「...え?」

「あの時なんか約束したろ?」


私が着ていたはずの着ぐるみはいつの間にかどこかで取れていたのか、自分でもわかるほど顔がアツかった。

雪かもしれない。

この顔が熱いのも、鼻水が止まらないのも、背中だけじゃなく心もジーンとしてるのも。


「卒業祝いだと思ってさ、行こうぜ。」

「...」

「...あれ、行かない感じ?」


私は赤くなっている顔を見られないよう、彼に向けてサムズアップをした。



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短編の詰め合わせ 佐久間 ユマ @sakuma_yuma0839

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