現代風落語小噺

ハナビシトモエ

現代風ちりとてちん

 最近の若いやつは煮干しをしがんで食うなんてことをしたがらない。俺の子どもん時は公園の木の皮をちぎって食っていたってもので、噛むほどに味がして、あの木はさくらの味だ。あれはガムだって。

 さくらもガムも誇張はされているが、それだけ公園の木には魅力と夢と無料があった。春に食ったらいけないのは周知の事実ってもんで、食っていると上から毛虫が落ちて来る。上を見上げて木の皮を取ろうとした時には毛が目に入ってしまう。

 おやじさんよ。昔は良かった。

  

 そうだね。修三さん。煮干しはしがまないと味は出ないね。

 修三さんには秋田から来たお味噌を分けてあげよう。


 おやじさん悪いです。ただのじじいの昔話を聞いているだけで味噌を貰えるなんて、それほど申し訳ないことはないです。今や、物価高に安月給。歳だから掃除のバイトで食っていくのはお互い様じゃないですか。


 いいんだよ。修三さん、味噌も塩も醤油も困った時はお互い様ではないですか。容器に二つあっても狭い冷蔵庫には入らない、ならばこうやってお裾分けで助けあいですよ。


 煮干しの話だけなんてもったいねぇ。


 いつかまたしがむほどの長い煮干しが出来たらいいね。


 ペット用ならあるのですが、猫公に悪いというか。


 修三さんは変なところで真面目だね。そう言えば黒部さんは最近どうしている。


 丘の上のスーパーで安いもの巡りですよ。千円買ったら缶コーヒー一円とか、肉はグラム二十円の肉をろくに調理をしないくせに女房に作らせて、いけしゃあしゃあと自分の手柄だって、近所で有名ですよ。


 あそこの犬公も首を絞められて死んだようなもんだからね。


 本当に動物愛護って言葉を知りませんからね。


 そうだ。一度こらしめてみないかい。


 どうするんですか。


 修三さんは私が上げたものを美味しいと言ってくれるが、黒部さんはいつもケチをつけるんだ。いや悪いというわけではないよ。ただね。


 かんに障る。


 まぁそんなことだ。


 でも物価高で何を食わせても高い金がかかるし、それすら文句を言われたら癪ですよ。


 高級品だと言って食わせるんだよ。


 引っかかりますかね。


 けちをつけるくらいだからプライドは相当高いし、有名で珍しくて手に入りにくいと言えば、食いついてくるよ。


 その作戦はいいもんだ。来週あたりまた来ます。今度は上手い醤油持ってきますぜ。


(三日後)


 黒部さん、こんにちは。


 なんだいおやじさん、今米が3000円で朝一に並んでいるんだ。


 ちょっと高級品が手に入ってね。


 今はダメなんだよ。


 かのダイアナ妃も食したと言われているちりとてちんというものでね。


 なんだそのダイアナ妃ってのは。


 黒部さんはダイアナ妃を知らないのかい。大有名人だよ。


 あ、あぁ。聞いたことあったな。ダイアナってお姫様だろう。


 米、終わってからでいいからうちに来ておくれ。


  (一時間後)


 あんた。黒部さんに何を食わせるってんだ。


 お前、冷蔵庫からずいぶん前にうどんを出したろ。


 変色していましたからね。捨てましたよ。


 袋まだあるだろう。あれを出せ。


 嫌ですよ。


 いいんだ。成敗出来る。


 どうする気ですか。


 このうどんを、臭いな。修三さんの足より臭い。


 この料理に失礼ですよ。それで、臭い。


 この上に味噌を絡めて。


 高価なものなのにもったいない。


 鍋で余ったごまだれを混ぜて乾燥した飯は。


 ありますよ。


 飯の上に載せるとちりとてちんの完成だ。


 おやじさん邪魔するよ。


 あぁ、黒部さん。米は捕まえたかい。


 5キロ3000円だ。物価高に対して安いのは備蓄米ってやつだからかね。それでダイアナってのが食ったちりとてちんってのはどこだい。


 ちょうど出来上がったばかりだ。


 なんとも黄色くカラフルだね。そして酸味を感じさせる。おやじさんは食わないのか。


 材料が一人分で高価だから黒部さんの為にとっておいたんだ。


 それはありがたい。それでは。うん、この味噌は?


 秋田物で高い値がつく。それはちりとてちんには必要なんだ。


 なんだこのよく切れる黄色いのはなんの麺だい。


 ちりとてちんは下の米に古うどんをかけて食う。かのダイアナ妃が日本国で口にして、感激したそうだ。知らないかい? ダイアナ妃。


 知っている。よく知っている。さすがこの味が分かるなんてダイアナ妃も通だな。それにしても腹が痛い。


 なにか冷たいものでも食ったかい。早くちりとてちんを食って帰った方がいい。お、一気に食らった。腹も空いていたのか。


 あぁ、高級品のちりとてちんは満足した。今日は米をかついで帰るとするか。


 気をつけて帰るんだよ。かのダイアナ妃はトイレには行かなかったそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代風落語小噺 ハナビシトモエ @sikasann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ