第7話 酸味と希望のグラス

旅の終わりは、いつだって少し寂しいものだ。カウンターに置かれたサワーエールのグラスを見つめながら、青年・隆二はぼんやりと泡が弾ける音を聞いていた。すっきりと透き通った琥珀色の液体は、ほんのり赤みを帯びている。鼻を近づけると、フルーティーな酸味が心地よく香った。


「どうだい、その味は?」


隣の席に座っていた中年の男が声をかけてきた。頬には無精ひげがあり、厚手のコートを脱ぎ捨てた肩はどこか疲れている。それでも、その目にはどこか柔らかい光が宿っていた。


「ちょっと酸っぱいですけど、意外と悪くないですね」


隆二がそう答えると、男は笑った。


「サワーエールってやつさ。酸っぱいのが特徴でね、ベルギーやドイツで昔から作られてきた。酵母や乳酸菌が自然に働いて、独特の風味が生まれるんだよ。酸味が苦手なやつもいるが、クセになると手放せない。人生と同じさ、苦さや酸っぱさも味わいだ」


その言葉に、隆二はハッとした。旅に疲れていた自分に、その一言がすっと心に染み込む。


「確かに、そうかもしれないですね。ずっと順調なわけじゃないし、うまくいかないことも多い。でも、その酸っぱさも含めて自分なんだなって思いました」


男は軽く頷くと、グラスを掲げた。


「俺もさ、若い頃はいろんなことに挑戦したが、失敗も多かった。だけど、振り返ってみると、失敗があったからこそ次の一歩を踏み出せた。酸っぱい思い出も悪くないもんだ」


グラスを合わせる音が、静かな店内に響いた。サワーエールをひとくち飲むと、最初の酸味の後に広がる奥深いコクが喉を通り抜けていく。気が付けば、その酸味が心地よく感じられるようになっていた。


「旅は終わっても、次の旅が待っている。酸味を楽しむコツを覚えたなら、どこだって行けるさ」


そう言って男は席を立った。隆二は背中を見送りながら、もう一口サワーエールを飲んだ。これまでの旅の中で感じた孤独や不安さえも、この酸味のように味わっていけるかもしれない。


外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。澄んだ夜空に浮かぶ月を見上げて、隆二は少しだけ笑った。


「酸味も、味わいだよな」


もう一歩踏み出す勇気を、サワーエールは教えてくれた気がした。


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