喋る豚

@kagikakukakumachine

喋る豚

休日の午後、男は駅のホームでスマートフォンの画面を眺めていた。開いていたのはSNSのアプリ。そこには「タコは知能が高いから食べるべきではない」という記事の投稿と、それに対する賛否のコメントが並んでいた。男は小さく呟く。

「知能の有無で判断するのは優生思想に繋がるので駄目…ふーん?」

すると、すぐ隣から声がした。

「横から突然すみませんが、ユーセーシソーって何ですか?」

男はスマートフォンをぼっーと見たまま返答する。


「え?…まあ、なんか、知能の高さを基準にするなら、知能が低いものは殺してもいい、みたいな感じっぽいですかね」

「なるほど。つまり、優生思想を否定するためにも、タコを食べるかどうかに知能の高低を考慮してはいけない、ということですね」

「うーん、まあ、普通にタコ食べるだろって話ですよね。それより…あなた、どちら様?」


男は、変な人だなと思い、顔を上げて横を見た。


「私ですか? 私は、喋る豚です。」






エンドロールが流れる。




エンドロールを遮るように男は言った。

「いやいや、ちょっと待て。このままでは終われないぞ。私は、私はお前を食べなければならない」

「えー!!? な、なんでですか。私が豚だからですか? 私、豚ですけど、喋るのに??」

「喋るかどうかは関係ない。お前が、人間の言葉を喋ることができるほど知能が高いとしても、知能の高さを基準に、食べるかどうかを判断してはいけないのだ。豚の肉は社会的、文化的、歴史的に食肉として食べられてきた。お前が豚である以上、お前は食料だ。お前の存在は我々人類への挑戦なのだ。私はお前を食べてこの挑戦に打ち勝たなければならない」

「ま、ま、待ってください。ぶ、文化的に、豚を食べることを禁止している宗教もあるはずです」

「イスラム教のことか。生憎、私は生粋の日本人だ」

「日本人でもイスラム教徒はいるでしょう?」

「知らん。どっちにしても、私は普通の日本人だ。あんな連中と一緒にするな」

男はおもむろに鞄から2本の包丁を取り出して両手に握る。

「ひ、ひい・・・!!」

豚は腰を抜かして尻餅をつく。豚は恐怖のあまり失禁していた。

「ど、ど、どうか考え直してください。は、話をしましょう。つまり、優生思想が人間に適用されるのがまずいということですよね。でも、人間には人権があるでしょう。人権を楯にすれば、優生思想に対抗できるはずです」

「お前は何を言っている。お前は人間ではなかろう」

「あ、あなたは私の存在が人類への挑戦だと言いました。それは、優生思想を防ぐためにも、私を食べることで知能の高さで判断しないということを証明する必要があるということでしょう? それならば、あなた方人間は「人権」というもので優生思想を防ぐことができるはずです。だから、私の存在は何ら人類を脅かすものではないのです。だから、だから、私を食べる必要がないのです…!」

「人権が優生思想を?はあ?」

「人間と他の生物で異なる基準を適用すればどうでしょうかということです。他の生物を知能の高さで判断したとしても、それとこれとは無関係。人間は知能の高さで判断されない。なぜなら、人間は等しく平等だからです。」


「ごちゃごちゃうるせえ。俺を論破するつもりか、豚野郎。お前は人間なのか?それとも豚か?」


「あっ…あっ…」


「お前は人間か?豚か?答えろ!」


「…ぶ、豚です」


「豚が…!喋んじゃねえ!!」


男は包丁を振り下ろした。

「ギャ…」

男は何度も包丁を振り下ろした。豚の断末魔が聞こえる。

「ぐえ…痛い、助け…ギャッ…」

「は、話を…」

豚は息絶えた。駅のホームに赤い血が大量に流れている。

男は豚の肉を切り取り、その日の用事も忘れて自宅まで急いだ。男は自宅に戻るとすぐにトンカツを作って食べた。その後、男はどっと疲れて倒れるように寝てしまった。


次に男が目覚めると玄関からチャイムの音がしていた。人の声もかすかに聞こえる。


男は玄関のドアを開ける。


「警察だ。お前は鈴木太郎で間違いないな?大量殺人予告による威力業務妨害の罪で逮捕する」


男は顔面蒼白になる。


「お、俺じゃねえ、俺は何も知らねえ」


「お前は昨日、インターネットに、今日大量殺人を実行するという犯行予告を書き込んだな?」

男は何も言わなかった。


警察が家宅捜索をすると、鞄の中から血まみれの2本の包丁が発見された。


男は逮捕された。


翌日、この男が犯行予告を行って逮捕されたことがニュースに取り上げられた。ニュースキャスターは神妙な面持ちで原稿を読み上げた。


「男は、取り調べに対して、「俺がやろうとしたことは害虫駆除だ。日本を守るためだ。害虫駆除は犯罪じゃない」などと供述しているとのことです」


ある駅のホームで、ある男がスマホの画面に映るこのニュースの動画を眺めていた。男は小さく呟く。

「……ヘイトクライムか。怖いな」


すると、すぐ隣から声がした。


「横から突然すみませんが、ヘイトクライムってなんですか?」


「え、うーん、人種や、宗教、民族など特定のカテゴリーに属する人々に対して、憎悪や偏見に基づいて行われる犯罪っていう意味ですね」


「なるほど。それは怖いですね」


男は、顔を上げて横を見た。


「ところで、あなた、今日はお出かけですか?」


「私ですか? 私は、映画を観に。最近改装された映画館があるんです。昔はなかなか行きづらかったんですが、久し振りに映画館に行ってみようと思いまして」


「それは良いですね。あ、電車来ましたね。乗り降りは大丈夫ですか?」


「はい、ホームと電車の間の隙間も段差もなくなったので、介助なしで、もう一人で大丈夫なんです。それでは、良い1日を」


「ええ、あなたも。良い1日を」

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