第15話

 俺たちは保健室で治療を受けていた。

 俺も一色も酷い怪我だった。特に凍傷が致命的なレベルで、養護教諭の山本を以てしても長期の治療になるらしい。


「明日まで掛かると思いなさい」


 何が楽しいのか、山本はニッコリと笑って言った。


「今日はもう試合はないので」


 俺はベッドに横たわったまま答える。


「準決勝は明後日なんでしょう? ゆっくり休みなさい」


 山本は妖しく笑って病室――カーテンで仕切っただけの四人部屋だが――を出て行った。


 さて、この病室には他に3人の生徒がいる。


「くそ、くそ……!」


 その内の1人が、ベッドでひたすら悪態を吐いている男。

 何を隠そう雨宮に他ならない。


「僕があんな格下に負けるなんて……!」

「おい病室だぞ」

「あり得ない、断じてあり得ない!」

「あんまり本人いるところで言わないだろう」


 俺が何度呼び掛けても、雨宮は毒づき続けた。


 やれやれ、これでは休もうにも休めない。

 俺は白い天井を眺めてジッと耐えることにした。


 3回戦を勝ち抜き、明後日の準決勝に勝てば本戦出場となる。

 俺のクラスは、当然と言うべきか、大騒ぎであった。


 クラスメイトたちが病室に押し掛けてきて、口々に労いの言葉をかけて、有田などは涙を流して俺の手を取った。

 手荒い祝福は、彼らが山本につまみ出されるまで続いた。


「一色のところにはもう行ったのか?」


 苦笑しながら尋ねると、彼らは一様に「いや……」と気まずそうだった。


「結構重症、らしくてさ」


 そんなのは初耳だった。

 俺は彼女の容態を知らないまま、病室で夜を迎えた。


 一色は無事なのだろうか。準々決勝には間に合うのだろうか。

 能力の相性もそうだが、それ以上に一色には作戦立案や戦術分析で助けられた。

 そしてもちろん精神的にも。


 間違いなく一色がいなければここまで来られなかった。


「無事に過ごしてるといいな……」


 寝苦しい夜だった。



 翌日に完治して保健室を出たと同時、急報がしらされた。


「一色は間に合わない。準決勝には代役を立てる」


 職員室に俺を呼び出した桐島は、普段と変わらぬ冷静な口ぶりでそう告げた。


「間に合わないって……それじゃあ、”連字”はどうなるんですか!?」

「仕方ないが今からどうにかするしかない」

「でもせっかく”故字聖語”が完成したのに……」

「それじゃあ、ズタボロの一色を無理矢理引っ張り出すか?」


 冷徹に詰められて、俺は言葉を失った。


「もう代わりに呼ぶ者は決めている。まあ、察しは付いてるだろうがな」


 入れ、と桐島が呼び掛ける。

 扉を開けて入って来るのは、やはり日野翔也だった。


「ここまで来たら、うちのクラスからは日野を出すしかない」


 桐島の口ぶりは諦め半分だった。


「それは……そうですよね」


 日野がまた何か嫌味を言い放つ――と思いきや、彼は黙って俺を睨むばかりだった。


「上手くやれるか?」

「やります」


 俺が答えた後で、日野も「まあ、負けてえわけじゃないんで」と気だるい声を出す。


「――期待してるぞ」


 俺たちは職員室を出た。




 俺と日野は教室に戻っていた。

 クラスメイトは残っておらず、2人だけだった。


「長手よお」


 日野の声は伸びやかで、不気味なほどの快活さを帯びている。


「勝算はあんのかあ?」

「まだ対戦相手も分からないし――」


 不意に日野は俺を指差した。


「それ?」

「お前と一色が準決勝ここまで残ったのは認めてやる。だがなあ、結局は雑魚が仕掛けた奇襲の域を出てねえんだよお」

「なんだと!?」

「俺が聞いたのはだあ。相手がどうこうなんざ聞いちゃいねえ。だがお前は、勝ち筋を相手に見出そうとしてる。言い方を変えりゃあ、自分のスタイルじゃあ勝てると思ってねえ。違うか?」


 日野の言葉を否定できなかった。

 確かに俺と日野は、相手の弱点を突く形で勝利を重ねてきた。


 もっとも、雨宮と堂島には弱点を見出せず、土壇場で成功させた”故字聖語”によって勝利を掴んだが。


「じゃあどうするんだ」

「お前と一色は能力の補完が良かった。ましてや”故字聖語”にまで行き着きやがってよお……。だが、日野おれとじゃあ相性もクソもねえ。――いっそお前を痛めつけて欠場にしてやろうかあ?」

「――仲間割れしてる場合じゃないだろう」

「んなこたあ分かってんだよお」


 日野は苛立たし気に頭をかく。

 俺と日野の能力は、お世辞にも相性が良いとは言えない。


 日野の痣名「炎」は、火炎を生成して自在に操る属性型。

 俺の痣名「棒」は、棒なら制限なく自在に操れる疑似身体操作型。


 一色のように、棒自体を強化できるならやりようはある。

 しかし例えば棒を炎にまとわせたとして、それでは棒が高温に耐えられない。俺と日野では、補完のしようがないのだ。


「チッ……折れるしかねえか」


 俺が苦悩していると、日野は舌打ちをした。


「おい長手え。お前、俺のために死ねるか?」

「断る」

「いや、死ね」


 これしかねえだろお、と日野は忌々し気に笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

文字が異能になるから最強の文字が欲しかったのに、俺の字は「棒」になっちゃった 東蒼司/ZUMA文庫 @ZUMAXZUMAZUMA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ