第11話

 俺と一色は医務室で治療を受けた。


 学園の養護教諭は山本やまもと美憂みゆ――痣名は「治」だ。

 養護教諭なだけあって、能力の効果は絶大だ。


 血塗れどころか全頭全身に風穴を開けた俺たちでも、ものの数十分で完治している。


「むしろ2回戦まで深手を負わなかったのね」


 山本は俺たちにそう言った。


「みんなボロボロなんですか?」

「交流戦に出たくてウズウズしてるし、クラスを背負ってるからね」


 当然でしょ、と言わんばかりの口ぶりだった。


 全快した俺たちは再び控え室へ戻った。


「次の相手は?」

「私もまだ知らない」

「そりゃそうか」


 対戦相手は決まり次第控え室に知らされる。

 俺たちは医務室で過ごしていたので、まだそれを聞いていない。


「1回戦は『毒』を最大化した相手、2回戦は飛行戦術を組み合わせた相手……。ここまでタイプの違う相手と渡り合えてるのは好材料だと思う」

「どんな相手がきてもある程度は戦えるってことだな」


 控室に戻ると、次の相手の資料が置かれていた。


 堂島どうじま将太郎しょうたろう――痣名は「鬼」。大谷おおたに彩香さいか――痣名は「弾」。

 俺たちと同学年の他クラスだ。


「こいつらって……」

雨宮あまみやのクラスだね――あいつは出てこないみたいだけど」


 雨宮あまみや玲都れいとといえば、俺たちの学年では日野と並ぶ有名人だ。

 彼の痣名は「氷」で、日野と同じ生成系でありながら「炎」とは対極の属性でもある。

 何かと比較される二人であり、それだけ学園内外からの注目度が高いのだ。


 その雨宮も日野も、代表戦――ひいては交流戦に出場しないという。


「チャンス、だとか思うなよお?」


 不意に声がした。

 そちらを見ると、出入り口に当の日野が立っている。


「チャンスだなんて思ってはいない」

「何しにきたの?」

「ここまで勝って調子に乗ってねえよなって思ってよお。さっき雨宮に煽られたんでムカついてんだ」

「雨宮に……?」

「お前らみたいな雑魚が出てるせいで、俺らのクラスが見くびられてんだ」

「それだけ言いに来たなら帰ってほしいんだけど」


 一色が静かに言った。

 んだと? 日野がわずかに激昂して、周囲に火の粉が舞う。


「お前ら、堂島と大谷の痣名は知ってんのかあ?」

「『鬼』と『弾』じゃないのか」

「正解だあ。――じゃあどんな能力だ?」


 一色は肩を竦めた。


「教えてやんよお」


 日野は吐き捨てるように笑うと、出場者用の椅子にどさりと腰を下ろす。


「まずは堂島の『鬼』だ。こいつは文字通り鬼に変身する――冗談みたいな能力だが、そのパワーもスタミナも桁違いになるわけだあ。お前ら、”故字聖語”のことは知ってるな?」

「痣名の中でも、その異能でしか起き得ない現象を起こす能力。だったな」


 痣名による異能は、突飛なものばかりだ。しかしあくまでも現実で起こり得る範疇に収まっている。

 しかし現実では起こり得ない、超常現象にも等しい能力が存在する。

 それら総称して”故字聖語”と呼ぶのだ。

 堂島の『鬼』を例に出すと、怪物としての”鬼”は超常的存在である。しかし彼の強力な痣名が、それを実現させてしまうのだ。


「お前の棒きれで鬼退治ができんのかあ?」

「やるしかない」

「もうひとり、大谷は?」

「奴の痣名――『弾』は弾の生成だった」

「”だった”? どういうことだ」

「大谷の厄介なとこはその汎用性ってことだよお。拳銃の弾丸も”弾”、野球ボールも”弾”。今じゃ生成できる物の種類が圧倒的に増えてやがんだ」

「――それを”鬼”が投げるから厄介ってことか」


 一色が日野の言葉を引き継いだ。

 鬼と化した堂島が、その怪力を活かして弾丸を投げつけてくるなら確かに脅威だ。

 ”故字聖語”としての理不尽な能力であれば、投擲でも銃弾相当の威力を叩き出せるに違いない。

 遠距離攻撃は俺たちの射程範囲外なのも向かい風だ。


 一方で一色の『変』がある限り、物理攻撃は鎧で弾き返せる。

 彼女の剥き出しの顔面は弱点だが、あらかじめ攻撃が分かっていれば、フードを変形させて頭部防御に充てられる。


 言うほどの脅威ではないことに気付いて希望を見出せた。


 しかし、日野は首を横に振る。


「そこじゃねえ……そこじゃねえんだよお。大谷の厄介なのは、あいつの痣名もまた”故字聖語”ってことだ」

「なんだと?」

「『弾』がどんな風に化けたか――俺もよく知らねえが。あいつの異能は、この世の何物でもないエネルギー弾を生成して、しかもそれを発射するんだよお」

「エネルギー弾……いよいよファンタジーの世界だな」

「それを相手取るんだからよお、お前ら覚悟しとけ?」


 日野はそれだけ言って、俺たちに背中を向けた。


「なあ教えてくれよ」


 その背中に向けて、俺は声を掛ける。


「俺たちはどうすればいい?」

「――てめえで考えんだろおがよ」


 舌打ちを残して、日野は控え室を出て行った。


「どうする?」


 後に残された俺たちは途方に暮れた。

 俺が問い掛けると、一色は静かに考え込む。


「はっきり言って勝ち目は薄い。”故字聖語”じゃあ、私たちがどう頑張っても出し抜くことは難しいと思う」

「だからといって諦めるわけにはいかない」

「先手必勝だ。序盤から棒を棍棒に変化させて、とにかく攻め立てよう」


 入場のアナウンスが流れた。

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