天使の羽篇
森陰五十鈴
マシロ・マメヅカ
白昼夢
この幸福のまま最期を迎えられるなら、いつ世界が終わろうとも構わない。
天の墜ちる世界について問われたとき、マシロ・マメヅカはそう答える。
朝起きて、パンとコーヒーを食べる。身支度をして、会社へ。仕事は給料分をきちんとこなす。
そんなマシロの一日の本番は、終業時間を迎えてからだ。
会社を出て向かうは商店街。同棲中の恋人と落ち合い、夕食の相談をしながら材料を買う。一日の終わりの残り数時間を二人で作り上げるのが、マシロの一番の楽しみだった。
休日はもっと楽しい。夜だけの楽しみが、一日中続く。
ある日。買い物に帰りに喫茶店に寄った。趣味のものを買ってホクホク顔の彼に、甘い物を突き付けて。自分で淹れるよりもずっと美味しいコーヒーに、ミルクを入れる贅沢をして。窓から見える白昼の景色は美しく、何度も繰り返している他愛のないお喋りは楽しい。
マシロは、今がとても幸せだ。この幸せが潰える不安を抱えるくらいなら、今世界が終わっても良いと思っている。
変わっている、と他人は言う。実際、世界が終わりかけている今、墜ちる空を見上げるだけの人が大半だ。マシロはその例に漏れる。
もったいない、とマシロは思う。どれほど嘆いても、世界が終わりを迎えている事実は変わらない。なら、最期に誰と何を食べたいか、などを考えるほうが、絶望に浸るよりずっと有意義ではないか。
楽しそうにお喋りする恋人に、マシロはカップを抱えて目を細める。口の中はコーヒーの苦みより、ミルクの甘みが強い。
視界の端を、店員がよぎった。つい意識を引かれてしまったのは、盆の上のパフェの所為だろうか。花瓶のように大きなガラスの器に、アイスクリームがたくさん詰められている。三〜四人前といったところか。
「ちょっと……大きくないか」
「食べ甲斐があるな!」
パフェが置かれた隣のテーブル。狼狽える声とはしゃぐ声に、マシロは目を瞠った。天使がいた。後頭部でまとめられた金の髪。水色のワンピースの背に白い翼。絵画で見られるような神聖な存在が、意気揚々とスプーンを振り上げている。
向かいの人間が引き気味に天使の食べっぷりを見守っているのが妙に面白く――思わず口元が緩む。
天使だって、今この世界を楽しんでいる。
「ねえ、カナくん」
あれ食べない、とパフェを指差すと、あまりの大きさに恋人は目を剥いた。
マシロは笑う。
白昼夢のようなまったりとした幸福の中に、たまにはこんな刺激があっても良いだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます