In the Deep End〜奈落への憎歌〜
燎火
第0話 そうして裂空は開かれた
南北を隔てる巨大な山脈、そのなかの特段大きな山の頂。天高くに浮かぶ巨大な裂け目を見て、青年『名越 碧』は何の表情も浮かべていなかった。
辿り着きたかった場所に立っているはずに歓喜の感情のひとつも浮かばなかった。
あまりにも高い代償を払ってしまった。恐らく、己を許す者はいないだろう。
それでも、この力を求めることに決めたのだ。災厄という名の毒を以て、災厄というこの世の毒を制すと決めたのだ。
「どうだ、契約者。これが欲していた力だ。我は誇らしいぞ、以前はこの冠を拒絶されてしまったからな」
巨大な竜のような姿をした神種が、名越にそう語りかける。
「北方の玉座を勝ち取った者にくれてやるつもりだったが、契約者のように力への渇望に満ち溢れたものがいるなら我もそこにこだわるつもりはなかった」
感謝するぞ、契約者。と、神種が頭を差し出せば、名越はその頭を撫でた。
「俺は奈落を潰せるならそれでいいんだ。そのために協力してくれるのなら、権威でも災厄でもなんでもいいんだ」
そういう意味では、この権威の神種は違いなく名越の味方であると言えることだろう。権威と力を与えても尚、その維持のために傍にいてくれる協力者だ。
紛うことない味方がいるのなら、それで十分だった。
「それより、名前それでよかった?神種に名前がないって聞いて、元の世界で聞いたことのある名前をつけたんだけど」
権威の神種は小さく頷いた。
「ニーズヘッグ、良い名前だ。我は気に入っている。名を与えられるということは重要なことだ。我がどうなろうと、この名がこの世に残る限り、我の爪痕が残るということだ。権威の神種である我にとっては実に喜ばしい」
「そっか、ならよかった」
ニーズヘッグの喜びに安心しながら、名越はある方向を向いた。
天に開いた真上の裂け目とは真逆の、地に開いた巨大な大穴がそこにある。
「Abyss_Ⅴ、奈落領域…………絶対に閉じて見せる」
奈落の災厄として巣食う天使を全て殺し、最奥へ辿り着いて奈落を閉ざす。名実ともに最強に辿り着いた今ならできるはずだ。
「行こう、ニーズヘッグ。この力があればできるはずだ」
ニーズヘッグの背に跨れば、権威の神種はその翼を広げ、空へと飛び立つ。
「うむ。契約者の名声がさらに広がることを願っておる」
こうして青年と竜は奈落へと向かった。
その場に巨大な災厄を残して。
その災厄は、いつか誰かが開けるとされた災厄、かつて一人の男が開きかけた災厄。
権威の神種によってもたらされる、力を求めた末の災厄。
『異なる世界』から願いを叶える力を引き出すそれは、この世に生まれ落ちた6番目の大穴。
これは、Abyss_Ⅵ 裂空行路が開くまでの話である。
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